第3部 永遠の影
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七度目の九月一日。
キングス・クロス駅の喧騒は、どこか現実味を帯びずに私の周りを流れていく。
プラットホームを埋め尽くす、期待に胸を膨らませた下級生たちのキラキラした瞳。
それを見ていると、自分がもう、このホグワーツという特別な場所から旅立つ日が近いのだという事実を、改めて突きつけられるようだった。
最後の年。
この古い蒸気機関車に乗るのもこれが最後になってしまう。
今年の夏休みは例年以上に長く、そして重たく感じられた。
なぜなら私の卒業後の進路という、現実的な問題に直面していたのだ。
「カレン、あなたももうすぐ卒業なのだから、そろそろ将来のことを真剣に考えなさい」
実家のリビングで、父が少し心配そうに言った。
母も隣で頷いている。
窓から風が入り込み、レースカーテンをたなびかせる。
「魔法省なら安定しているし、あなたのような真面目な子には向いていると思うのよ。記録管理部あたりなら、きっと…」
両親は、私の将来を案じてくれているのは分かっている。
でも、私の心は上の空だった。
魔法省、安定した仕事。
それは、多くの魔法使いにとって理想的な道なのかもしれない。
でも、今の私にはそれがひどく色褪せた、魅力のないものに思えてしまうのだ。
私の心はまだホグワーツに、そして、あの影を纏った人に囚われたままだった。
「…もう少し考えたいの。」
私は曖昧に返事を濁した。
両親の心配そうな視線が、グサリと痛いところを刺されているようで、居心地が悪かった。
どこか宙ぶらりんな気持ちで過ごしていた夏休みのある日。
私は日刊予言者新聞で、ある少年の記事を目にした。
『生き残った男の子 ホグワーツ入学か!? ダームストラングかボーバトンかの憶測は空振りに』
そんな扇情的な見出しと共に、ぼんやりとした写真が載っていた。
ハリー・ポッター。
赤ん坊の頃に「例のあの人」を打ち破ったという伝説の少年。
彼が今年ホグワーツに入学してくるらしい。
その名前を知らない魔法使いはいない。
私ももちろん、彼の物語は知っていた。
けれど、それはどこか遠い世界のおとぎ話のようなもので、自分とは縁もゆかりもない世界のことだと思っていた。
彼が、同じ学び舎で過ごすことになる。
そう思うと少しだけ、不思議な気持ちになった。
彼はいったい、どんな子なのだろう。
彼の存在が、これからのホグワーツに何かいい風を巻き起こすのだろうか。
私がそちらの世界と関わることはないだろうが、そんなことを考えていた。
夏休みに意識を飛ばしていたが、すでにホグワーツ特急は、見慣れた景色の中をひた走っていた。
窓の外を流れる景色は、見慣れた緑の丘陵地帯から、次第に険しい山々へと変わっていき、秋の気配が色濃く漂い始めていた。
「…大丈夫?」
隣に座っていたミランダが、私の顔を覗き込んだ。
「なんか、上の空だよ」
「ううん、何でもない。ちょっと、考え事してただけ」
私は誤魔化すように微笑んだ。
「ほんとに?今年は帰ってくるんでしょう?あの人。」
ミランダにはクィレル教授から手紙のやりとりをしていることは伝えていなかったが、教授が1年間の世界旅行に行っているのは周知の事実であり、今年帰ってくると噂になっていた。
「そうみたいだけど、マグル学にはバーベッジ教授がいるし、復職されるのかな…?」
彼の手紙を受け取ってかなり心配だった点は彼のポストだ。
「でも防衛術の先生、かなりのおじいちゃんだったよね?まさかとは思うけど防衛術なんじゃない?」
「まさか…」
いや彼はとても優秀な人であるが、防衛術…という感じではない。
助教授となるのか?それとも新しい科目ができるのでは?バーベッジ教授がクビなのか?
あーでもないこーでもないと話しながら、やがて列車は速度を落とし、深い緑の中に聳え立つホグワーツ城のシルエットが見えてきた。
ああ、帰ってきたんだ。
私の、最後の学び舎へ。
汽車は、夕闇が迫るホグズミード駅に到着した。
夜の闇が辺りを包み始める中、私たちはセストラルが引く馬車に揺られ、懐かしいホグワーツ城へと向かう。
そびえ立つ尖塔に灯りがともり、まるで巨大な生き物のように私たちを迎え入れてくれた。
ホグワーツに到着し、新学期開始の宴が開かれる大広間へ足を踏み入れる。
大広間は何百という蝋燭の光でキラキラと輝き、生徒たちの期待と興奮のざわめきで満ち溢れ、ゴシック様式の高い天井にこだましている。
七年生として、上級生のテーブルにつく。
これが本当に最後の宴になるのだと思うと、胸にじんと熱いものが込み上げてくる。
ミランダや他の友人たちと、少しだけ感傷的な気分で言葉を交わした。
くびを伸ばして教職員テーブルに彼の姿を探す。
あれ、いない…?
やはり、戻ってこなかったのだろうか。
一人狼狽するわたしを置いて、組分け儀式が始まった。
新入生たちが、緊張した面持ちで、古い組分け帽子の前に一人ずつ進み出る。
そして新入生たちの中に、ひときわ注目を集める少年がいた。
その額に稲妻の傷を持つ少年が現れた時、大広間の空気が一変した。
ハリー・ポッター
小さな男の子が壇上に上がり、帽子が「グリフィンドール!」と叫んだ瞬間、大広間は割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。
彼がグリフィンドールと叫んだ帽子を取り、割れんばかりの歓声に包まれに行った。
誰もが「生き残った男の子」を一目見ようと、身を乗り出す。
グリフィンドールのテーブルは、まるで英雄を迎えるかのように熱狂していた。
彼がグリフィンドール寮に決まった時の、地鳴りのような歓声。
まるで伝説のワンシーンを目の当たりにしているような、不思議な感覚だった。
私は、その光景を遠くから眺めながら、夏の日の新聞記事を思い出していた。
彼がこれからここで過ごすであろう日々は、きっと私の知らない、特別なものになるのだろう。
そんな予感がした。
組分け儀式が始まった。
私も、彼のこれからの運命に、漠然とした興味をハリー・ポッターに向ける。
全ての組分けが終わり、ダンブルドア校長が穏やかな声で話し始めた。
新学期の挨拶、いくつかの注意…。
そして、最後に新しい「闇の魔術に対する防衛術」の教授について触れた。
「今年度、このポストには、昨年までマグル学を教えておられた、クィリナス・クィレル先生が就任されることになった」
先生が…! 戻ってきた! やっぱり、あの手紙は本当だったんだ!
安堵と喜びで、胸がいっぱいになる。
私は、固唾を飲んで教職員テーブルに視線を向けた。
彼が立ち上がるのを、今か今かと待ち構えていた。
ダンブルドアに促され、一人の男が、おずおずといった様子で席を立った。
そして、私は息を呑んだ。
全身の血が、すっと引いていくような感覚。
そこに立っていたのは、私の知っているクィレル先生ではなかった。
彼はたまにターバンを巻くことはあった。
だが、それはお洒落、ファッションような感覚であり彼によく似合っていた。
だが、大きな、異様に大きな紫色のターバンが、彼の頭部を完全に覆っている。
その下から覗く顔は、まるで病人のように蒼白で、生気がない。
身体は小刻みに震え、何かにひどく怯えているようだ。
彼は生徒たちの方を見ようともせず、ただ俯いて、弱々しく一礼しただけだった。
(…嘘…でしょ…?)
隣に座っていたミランダが、私の腕を掴んだ。
「カレン、あれ…本当にクィレル先生…?」
彼女の声も驚き裏返っている。
変わり果てた姿。
あの夏休み前、少しだけ穏やかさを取り戻したように見えた彼はどこにもいない。
あの「旅」で、一体何があったというの?
あのターバンは何?
なぜ、あんなにも怯えているの?
混乱と衝撃で、頭の中が真っ白になる。
ただ、彼のその痛々しい姿から、目が離せなかった。
彼が席に戻る時、ほんの一瞬だけ、彼の視線がこちらを向いたような気がした。
その虚ろな瞳の奥に、何か、冷たく光るものが宿ったように見えたのは、私の気のせいだろうか。
(先生…)
心の中で呼びかけても、もう、彼には届かないような気がした。
祝宴のご馳走も、友人たちの会話も、何もかもが遠い世界の出来事のように感じられた。
私の最後のホグワーツでの一年は、深い不安と、不穏な影の気配と共に幕を開けようとしていた。
キングス・クロス駅の喧騒は、どこか現実味を帯びずに私の周りを流れていく。
プラットホームを埋め尽くす、期待に胸を膨らませた下級生たちのキラキラした瞳。
それを見ていると、自分がもう、このホグワーツという特別な場所から旅立つ日が近いのだという事実を、改めて突きつけられるようだった。
最後の年。
この古い蒸気機関車に乗るのもこれが最後になってしまう。
今年の夏休みは例年以上に長く、そして重たく感じられた。
なぜなら私の卒業後の進路という、現実的な問題に直面していたのだ。
「カレン、あなたももうすぐ卒業なのだから、そろそろ将来のことを真剣に考えなさい」
実家のリビングで、父が少し心配そうに言った。
母も隣で頷いている。
窓から風が入り込み、レースカーテンをたなびかせる。
「魔法省なら安定しているし、あなたのような真面目な子には向いていると思うのよ。記録管理部あたりなら、きっと…」
両親は、私の将来を案じてくれているのは分かっている。
でも、私の心は上の空だった。
魔法省、安定した仕事。
それは、多くの魔法使いにとって理想的な道なのかもしれない。
でも、今の私にはそれがひどく色褪せた、魅力のないものに思えてしまうのだ。
私の心はまだホグワーツに、そして、あの影を纏った人に囚われたままだった。
「…もう少し考えたいの。」
私は曖昧に返事を濁した。
両親の心配そうな視線が、グサリと痛いところを刺されているようで、居心地が悪かった。
どこか宙ぶらりんな気持ちで過ごしていた夏休みのある日。
私は日刊予言者新聞で、ある少年の記事を目にした。
『生き残った男の子 ホグワーツ入学か!? ダームストラングかボーバトンかの憶測は空振りに』
そんな扇情的な見出しと共に、ぼんやりとした写真が載っていた。
ハリー・ポッター。
赤ん坊の頃に「例のあの人」を打ち破ったという伝説の少年。
彼が今年ホグワーツに入学してくるらしい。
その名前を知らない魔法使いはいない。
私ももちろん、彼の物語は知っていた。
けれど、それはどこか遠い世界のおとぎ話のようなもので、自分とは縁もゆかりもない世界のことだと思っていた。
彼が、同じ学び舎で過ごすことになる。
そう思うと少しだけ、不思議な気持ちになった。
彼はいったい、どんな子なのだろう。
彼の存在が、これからのホグワーツに何かいい風を巻き起こすのだろうか。
私がそちらの世界と関わることはないだろうが、そんなことを考えていた。
夏休みに意識を飛ばしていたが、すでにホグワーツ特急は、見慣れた景色の中をひた走っていた。
窓の外を流れる景色は、見慣れた緑の丘陵地帯から、次第に険しい山々へと変わっていき、秋の気配が色濃く漂い始めていた。
「…大丈夫?」
隣に座っていたミランダが、私の顔を覗き込んだ。
「なんか、上の空だよ」
「ううん、何でもない。ちょっと、考え事してただけ」
私は誤魔化すように微笑んだ。
「ほんとに?今年は帰ってくるんでしょう?あの人。」
ミランダにはクィレル教授から手紙のやりとりをしていることは伝えていなかったが、教授が1年間の世界旅行に行っているのは周知の事実であり、今年帰ってくると噂になっていた。
「そうみたいだけど、マグル学にはバーベッジ教授がいるし、復職されるのかな…?」
彼の手紙を受け取ってかなり心配だった点は彼のポストだ。
「でも防衛術の先生、かなりのおじいちゃんだったよね?まさかとは思うけど防衛術なんじゃない?」
「まさか…」
いや彼はとても優秀な人であるが、防衛術…という感じではない。
助教授となるのか?それとも新しい科目ができるのでは?バーベッジ教授がクビなのか?
あーでもないこーでもないと話しながら、やがて列車は速度を落とし、深い緑の中に聳え立つホグワーツ城のシルエットが見えてきた。
ああ、帰ってきたんだ。
私の、最後の学び舎へ。
汽車は、夕闇が迫るホグズミード駅に到着した。
夜の闇が辺りを包み始める中、私たちはセストラルが引く馬車に揺られ、懐かしいホグワーツ城へと向かう。
そびえ立つ尖塔に灯りがともり、まるで巨大な生き物のように私たちを迎え入れてくれた。
ホグワーツに到着し、新学期開始の宴が開かれる大広間へ足を踏み入れる。
大広間は何百という蝋燭の光でキラキラと輝き、生徒たちの期待と興奮のざわめきで満ち溢れ、ゴシック様式の高い天井にこだましている。
七年生として、上級生のテーブルにつく。
これが本当に最後の宴になるのだと思うと、胸にじんと熱いものが込み上げてくる。
ミランダや他の友人たちと、少しだけ感傷的な気分で言葉を交わした。
くびを伸ばして教職員テーブルに彼の姿を探す。
あれ、いない…?
やはり、戻ってこなかったのだろうか。
一人狼狽するわたしを置いて、組分け儀式が始まった。
新入生たちが、緊張した面持ちで、古い組分け帽子の前に一人ずつ進み出る。
そして新入生たちの中に、ひときわ注目を集める少年がいた。
その額に稲妻の傷を持つ少年が現れた時、大広間の空気が一変した。
ハリー・ポッター
小さな男の子が壇上に上がり、帽子が「グリフィンドール!」と叫んだ瞬間、大広間は割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。
彼がグリフィンドールと叫んだ帽子を取り、割れんばかりの歓声に包まれに行った。
誰もが「生き残った男の子」を一目見ようと、身を乗り出す。
グリフィンドールのテーブルは、まるで英雄を迎えるかのように熱狂していた。
彼がグリフィンドール寮に決まった時の、地鳴りのような歓声。
まるで伝説のワンシーンを目の当たりにしているような、不思議な感覚だった。
私は、その光景を遠くから眺めながら、夏の日の新聞記事を思い出していた。
彼がこれからここで過ごすであろう日々は、きっと私の知らない、特別なものになるのだろう。
そんな予感がした。
組分け儀式が始まった。
私も、彼のこれからの運命に、漠然とした興味をハリー・ポッターに向ける。
全ての組分けが終わり、ダンブルドア校長が穏やかな声で話し始めた。
新学期の挨拶、いくつかの注意…。
そして、最後に新しい「闇の魔術に対する防衛術」の教授について触れた。
「今年度、このポストには、昨年までマグル学を教えておられた、クィリナス・クィレル先生が就任されることになった」
先生が…! 戻ってきた! やっぱり、あの手紙は本当だったんだ!
安堵と喜びで、胸がいっぱいになる。
私は、固唾を飲んで教職員テーブルに視線を向けた。
彼が立ち上がるのを、今か今かと待ち構えていた。
ダンブルドアに促され、一人の男が、おずおずといった様子で席を立った。
そして、私は息を呑んだ。
全身の血が、すっと引いていくような感覚。
そこに立っていたのは、私の知っているクィレル先生ではなかった。
彼はたまにターバンを巻くことはあった。
だが、それはお洒落、ファッションような感覚であり彼によく似合っていた。
だが、大きな、異様に大きな紫色のターバンが、彼の頭部を完全に覆っている。
その下から覗く顔は、まるで病人のように蒼白で、生気がない。
身体は小刻みに震え、何かにひどく怯えているようだ。
彼は生徒たちの方を見ようともせず、ただ俯いて、弱々しく一礼しただけだった。
(…嘘…でしょ…?)
隣に座っていたミランダが、私の腕を掴んだ。
「カレン、あれ…本当にクィレル先生…?」
彼女の声も驚き裏返っている。
変わり果てた姿。
あの夏休み前、少しだけ穏やかさを取り戻したように見えた彼はどこにもいない。
あの「旅」で、一体何があったというの?
あのターバンは何?
なぜ、あんなにも怯えているの?
混乱と衝撃で、頭の中が真っ白になる。
ただ、彼のその痛々しい姿から、目が離せなかった。
彼が席に戻る時、ほんの一瞬だけ、彼の視線がこちらを向いたような気がした。
その虚ろな瞳の奥に、何か、冷たく光るものが宿ったように見えたのは、私の気のせいだろうか。
(先生…)
心の中で呼びかけても、もう、彼には届かないような気がした。
祝宴のご馳走も、友人たちの会話も、何もかもが遠い世界の出来事のように感じられた。
私の最後のホグワーツでの一年は、深い不安と、不穏な影の気配と共に幕を開けようとしていた。
