第2部 フクロウの逢瀬
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クリスマス休暇が訪れ、ホグワーツはシレンシオにかかったように静まり返った。
家に帰らないことを両親は残念がっていたけれど、私の気持ちを尊重してくれた。
ほとんどの生徒が実家へと帰り、広大な城の中には、暖炉の薪が爆ぜる音と、窓の外でしんしんと降り続く雪の音だけが響いている。
私は、宣言通りホグワーツに残った。
「勉強をする」というのはもちろん口実で、本当の理由はただ一つ。
(先生、本当に帰ってくるのかな…)
彼からの最後の手紙にあった、「クリスマスには、短い間ですが、一度英国に戻ることになるかもしれません」という一文。
そのあまりにも曖昧な可能性だけを頼りに、私はこのがらんとした城で彼を待っていた。
もし会えたら、何を話そう。
元気ですか、と聞けるだろうか。
それとも、また避けられてしまうのだろうか。
期待と不安が、胸の中で雪のように降り積もっていく。
談話室の窓から見える景色は、どこまでも白かった。
雪は止む気配もなく、世界を静かに、そして完全に覆い隠していく。
時折、ふくろうが白い息を吐きながら、窓の外を横切っていくのが見えた。
彼からの便りではないと分かっていても、そのたびに、私の心臓は小さく跳ねた。
そんな日々が数日続いた、クリスマス当日の午後。
朝から大量のプレゼントの山で目を覚ましたが、そこにはクィレル教授からと思われる箱は入っていなかった。
もしかしたら、と期待していただけに落胆が大きい。
彼は戻ると言っていたが取りやめたのかもしれない。
かなり落ち込んでいた私は、気分転換に一人で中庭へと続く回廊を歩いていた。
雪明かりが、ステンドグラスを通して床に淡い色の模様を描き出している。
冷たく、清浄な空気。
中庭に出ると、息を呑むほどの美しい光景が広がっていた。
木々の枝には白い花が咲いたように雪が積もり、地面はふかふかの絨毯のようだ。
空からはダイヤモンドダストのように、キラキラと輝く細雪が舞い落ちている。
あまりの美しさに、私はしばし時を忘れその景色に見入っていた。
ふと、中庭の奥、大きな樫の木の根元に、人影があるのに気づいた。
誰だろうか、こんな場所に。
目を凝らすと、それは見慣れた少し猫背のシルエットだった。
黒い旅装のコートの肩に、雪がうっすらと積もっている。
(…先生…!?)
心臓が大きく、強く、脈打った。
嘘みたいだ。
本当に、帰ってきたんだ!
私が気づいたのとほぼ同時に、彼もまたこちらに気づき、ゆっくりと振り返った。
久しぶりに見る彼の顔。
最後に見た時よりも、さらに痩せたように見える。
頬はこけ、肌の色は旅の疲れか、あるいは別の理由か、以前にも増して不健康なほど白い。
でもその瞳は…驚きと、そして何か別の、複雑な感情を映して、真っ直ぐに私を見つめていた。
駆け寄りたい衝動を必死で抑え、ゆっくりと彼の方へと歩み寄った。
雪が、キュッ、キュッと小さな音を立てる。
「先生…お帰りなさい」やっとのことで、私はそう言った。
声が、少し震えてしまったかもしれない。
「…カレン君」
彼は、私の名前を呼んだ。
その声は掠れていたけれど、温かみがあった。
「君は…残っていたのですね」
「はい。勉強をしようと思って」
私は、当たり障りのない返事をした。
「…そうですか」
彼は、それだけ言うと、また視線を遠くの雪景色へと戻してしまった。
気まずい沈黙。
降り続く雪の音だけが、私たちの間に流れる。
何か、話さなければ。
でも、何を? 彼の旅のことを聞いてもいいのだろうか。
それとも、やはり避けるべきなのだろうか。
迷っているうちに、言葉が出てこない。
その時だった。
私が立っていた場所のすぐ上の木の枝から、どさっりと重そうな雪の塊が落ちてきたのだ。
「わっ!」
驚いて身をすくめた瞬間、バランスを崩し、私は雪の上へと倒れ込みそうになった。
「えっ!」
先生の声。
次の瞬間、彼の腕が力強く私の身体を支えてくれた。
雪の上に倒れ込むことは避けられたけれど、私は彼の胸の中に、すっぽりと抱きとめられるような形になってしまった。
どきん。
どきん、どきん。
自分の心臓の音が、うるさいくらいに聞こえる。
彼のコートから伝わる、意外なほどの温かさ。
雪の匂いと古い本の匂い、そして、あの甘く焦げ付くような不思議な匂い。
彼の規則正しい呼吸の音。
全てがすぐ間近に感じられる。
顔が、カッと熱くなるのが分かった。
「…大丈夫、ですか?」
頭上から彼の声が降ってくる。
その声は驚くほど穏やかで、吃音は全くなかった。
「はい…ありがとう、ございます…」
私は、彼の腕の中からそっと身を離しながら、俯いて答えた。
もう、彼の顔をまともに見ることができない。
「…いえ…。しかし君は本当についてないですね。いつも不運に巻き込まれている気がします。」
彼は、少しだけ困ったように言った。
「そんな、たまたまです。」
恥ずかしさを隠すように彼の胸元に視線を下ろす。
黒いコートはかなりくたびれているようで、ボタンがほつれかかっている。
「いつ、戻られたのですか?」
「つい先ほど、です。少し、城の様子を見に…」
「そうですか…」
再び、沈黙。
雪は、相変わらず静かに降り続いている。
「あの、先生」
私は、意を決して顔を上げた。
「旅はどうでしたか? 大変だったのでは…」
彼は、私の言葉に一瞬、表情を曇らせた。
その瞳の奥に、深い影がよぎったように見えた。
「…ええ、まあ…。色々と、ありましたが…得るものも、ありましたよ」
彼はどこか遠い目をして、そう答えた。
その答えはあまりにも曖昧で、私の不安を掻き立てたけれど、それ以上踏み込んで聞くことはできなかった。
なんだか触れてはいけない、そんな気がしたのだ。
「…寒くなってきましたね」
彼が言った。
「中へ、戻りましょうか」
「…はい」
私たちは、並んで、城へと続く道を歩き始めた。
言葉は少ない。
けれどすぐ隣に彼がいる。
それだけで私の心は温かいような、切ないような不思議な気持ちで満たされていた。
去年の雪の日とは違う。
確かに、何かが変わった。
彼の瞳の奥の影は深くなった気がするけれど、それでも、今、彼は私の隣にいる。
この束の間の再会が、私の心の中で燻っていた想いに、再び火を灯したことを、私ははっきりと自覚していた。
この気持ちは、やっぱり恋なのだ。
中庭から東の塔への入り口から入り、首筋に吹き付ける冷気が遮断されただけで十分暖かく感じる。
白い雪景色がガラス越しに見える中、私たちは並んで、ゆっくりと歩き始めた。
「先生は1日城にいますか?クリスマスのご予定はどうするんですか?」
「まだダンブルドア校長に挨拶していないので、校長室に行ってから家に戻るつもりです。私の部屋は、もう全て片付けて後任者に譲りましたからね。」
まるで私に居場所はないと言いだけな口ぶりに、わたしは思わず口をつぐんだ。
彼の部屋がないのは事実だ。
教室と彼の研究室はバーベッジ先生の物であっという間に模様替えされており、少しも彼の痕跡はなかった。
「私、クリスマスに戻れるかのと思ってフクロウを頼んでなかったんです。」
「ふくろう…ですか。」
「そうです。先生へのクリスマスプレゼントです。お渡しできると思ってて、あの、すぐに帰られちゃいますか?」
帰られるのなら急いで寮に戻ってプレゼントを取ってこなくてはいけない、ここから塔まで戻って15分…と計算していたのがまるわかりだったのだろう。
「焦らなくとも、すぐには帰りませんよ。」
と私を安心させるように彼は言った。
「校長室へ続くガーゴイルの下で待ち合せましょうか。」
「そうします。待っててください!」
走って廊下をかけようとする私に「走ってはいけませんよ」と教師らしい声がかかる。
「もし、しばらく待つようであれば上がってきてください。」
「校長室にですか?合言葉知らないです。」
「“ペッパーミント”ですよ。」
「わあ、とても辛そうな合言葉!」
今日初めてクスクス笑う彼の姿を見た。
クィレル教授は後ろ足で寮へと急ごうとする私に「気を付けて」と手を振った。
良かった。
少し元気になられたようだ。
あの猫背気味の背中が、後ろにそれてきた気がする。
早く戻ろうと慌てて寮に帰ったために、プレゼントをどこに仕舞い込んだかわからなくなってしまった。
アクシオと呪文を唱えて、ずっしりと重みのある包みをキャッチする。
ハッフルパフでクリスマスを寮で過ごす人は私しかいなかったようで、階段から転げ落ちるように駆け下りた無様な姿を、誰にもさらすことがないのは不幸中の幸いだ。
もちろん肖像画の夫人からは「レディがはしたない」とお小言を食らったけれど。
階段を下りるのは苦ではなかったが、上るのは大変だ。
息も絶え絶えに階段を駆け上がり、誰もいない廊下を通って、ガーゴイル前にたどり着いた。
ここまで40分。
私にしては頑張った方だろう。
クィレル教授はまだ話しているようで、彼はまだいない。
待たずして、コツコツと階段を下りる音がした。
話が終わったんだ!とクィレル教授が降りてくるのを待つ。
黒いコートの裾ではなく、重厚なガウンに、中がキラキラと透けた素材の緩やかなズボンの裾が最初に見えた。
彼ではない。
慌てて手に持っていたプレゼントをローブのポケットに突っ込んだ。
にこやかな笑顔を携えて下りてきたはダンブルドア校長だった。」
「おお、君がカレンじゃな?」
優雅に下りてきた校長は私の肩を軽く叩いた。
その目は、いつもの生徒を見るように優しく輝いているけれど、それだけではないような気がしたのは、きらりとメガネが光に反射したからだろう。
「クィレル先生には今夜のささやかなディナーに参加してもらうようお願いしてきたところじゃが、彼から君の話を聞いてな、君も参加してはどうかのう。」
その口調は優しかったが、断ることは許さないような響きがあった。
「あ、え、お邪魔で、ないのであれば、参加したいです。」
嬉しい判明、なぜダンブルドア校長がわざわざ降りてきたのか。
一介の生徒に伝えに来るのはクィレル教授でも良かったろうに。
「良かった良かった!今夜はクリスマスイブじゃ。旅の疲れを癒し、羽目を外してもいい日じゃろ。職員室に18時においでなさい。」
「…はい。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
「クィレル先生もその時間に来られるじゃろうから、それまで準備しておくと良いじゃろう。」
そういうと、私に監督性だけが使えるバスルームのカギとティーンが着るような黄色のサテンワンピースを渡された。
「若い子の趣味はわからないのじゃが」と言いながら、もしドレスを持っていなければ着てくると良い、とのことだった。
わけがわからないまま、私は突然パーティに参加することとなったのだ。
パーティとなると女子の身支度には時間がかかる。
ワンピースだけ渡したダンブルドアに、「靴もお願いします」と伝え、驚いた校長を置いて慌てて来た道を戻った。
外に向かってフクロウを一羽呼び、羽ペンで「18時のパーティで会いましょう」と書き殴り、手紙をクィレル教授に渡すよう足に括り付けた。
クリスマスイブでも朝には植物の様子を見ているであろうスプラウト先生のもとに走り、急遽パーティに参加することとなったことを伝えた。
「それで先生お願いがあるんです。」
「いつも手伝ってくれているあなたからのお願いなら、断らない手はないわね。」
どっしりと構えた中年女性は教師という立場だけでなく、人生の先輩なのである。
16歳の少女が考えていることなど手に取るようにわかるのだろう。
「細かいアレンジはできないけれど、お団子にして纏めてあげることはできるわ。」
「ああ、良かった!私ヘアアレンジの魔法だけ覚えてなくて」
強力な助っ人を得られて安堵する中、経験豊富な彼女は「今度は楽しい女子会を楽しみにしてるわ」と言って送り出してくれた。
その夜、完璧に磨き上げたカレンはスプラウト先生によって、髪をまとめてあげてもらい、可愛い少女に変身した。
後から届いたぺたんこ靴のエナメル皮もワンピースと合った黄色で統一されている。
年相応といえばそうであるが、少し子供っぽいのは否めない。
スプラウト先生に教職員用の小さな食堂を訪れると、以外にもたくさんの教授たちが集まっていた。
意外にも用務員のフィルチや、魔法薬学のスネイプ、占い学のトレローニ教授まで、参加しなさそうな面子までも集まっていた。
教授陣も家に帰ると思っていたが、ホグワーツに残っている人も多いのだと初めて知った。
私の他にもパーティを聞きつけ普段よりおしゃれをしていたり、目立つ格好をした教授たちが集まっており、突然生徒がおめかししても場違いではなく、ほっと胸を撫で下ろした。
他にも学校に残っている生徒たちが何人か私服で参加している。
暖炉には大きな火が燃え、テーブルには美味しそうな料理が並び、温かく和やかな雰囲気に包まれていた。
クィレル先生は隅の方のテーブルに、フリットウィック先生と一緒に座っていた。
彼は、ダンブルドア校長の勧めもあってか、無理に参加しているようにも見えたが、時折、フリットウィック先生の冗談に微かに口元を緩めたりているようにもみえる。
食事にはあまり手を付けていないようだったけれど、それでも、ずっと人間らしい表情をしているように思えた。
同じように校長に呼ばれた学校居残り組と、少し離れたテーブルで話をしながらも、意識はずっと彼の方に向いていた。
彼が少しでも穏やかに過ごせているのなら、嬉しい。
でも、ふとした瞬間に彼が見せる遠くを見つめるような虚ろな目や、グラスを持つ手の微かな震えに気づくと、やはり胸騒ぎがするのだ。
彼のことを見ていたのだから目が合うのは当然だ。
遠いテーブル越しに、彼の薄茶色の瞳が、確かに私を捉えた。
その一瞬の視線の交錯のあと。
クィレル教授が席を立った。
要があるんだとわかり、自分もテーブルから離れ暖炉のそばに近づく。
「似合ってますよ。」
小さな声で賛辞が降り注ぐ、それだけでこの気に入っていないワンピースも報われただろう。
「ありがとうございます。」
ハッフルパフだからって黄色はないだろうとダンブルドアに文句を言っていた自分を戒めなくてはならない。
「私、先生へのプレゼントをまた寮に置いてきたんです」
持っていくには不格好だったし、ましてやほかの先生方にプレゼントを送ってないのに、クィレル教授にだけ…というのは目立ってしまう。
「では、寮に戻るときは、声をかけてください。」
クィレル教授は「また何度も走らせるわけにはいきませんから」と小さく笑った。
「じゃあ、今から取りに行きます。」
ディナーも終盤に差し掛かり、ちらほらと部屋から出ていく人もいたため、目立ちはしないだろう。
そっと職員室を抜け、穴熊寮への道を二人並んで歩く。
「ハッフルパフ寮は入ったことありますか?」
「いえ、初めてです。なので君が想像している以上に楽しみです。」
シャンパンを飲んでいたのは見ていたが、少しお酒が入っていたおかげで彼は普段より饒舌だった。
肩がときたまクィレル教授のローブに当たるたび、胸をドキドキさせながら彼を樽の中へ案内する。
「地下でもこんなに明るいのですね。」
スリザリン寮を覗いたことはないが、おそらくどの寮よりも温かみのある談話室であることは間違いない。
多くの照明と昼は天窓から陽の光が差し込む穏やかな空間だ。
丸テーブルに置かれた果物に、サイズの違うクッションが押し込まれたふかふかのソファ。
窓辺に小さな野の花が花瓶に活けられ、寮生が花草を大事にする習慣がうかがえる。
彼は珍しいものを見るかのように部屋の内装に目渡した。
「先生はどこの寮出身なんですか?」
上を見上げる彼に声をかける。
「言ってませんでしたか、レイブンクローです。」
「先生らしいです。」
彼の知識の宝庫への理由がわかり納得しながら、部屋に戻ってプレゼントを取りに戻る。
よく考えて選んだけれど、これでよかったのか不安な気持ちのまま談話室の様子を伺う。
彼はまだ興味深そうに部屋の隅々を眺めていた。
暖炉に火をつけると、彼はちょっとぎこちなさそうに暖炉前まで歩みを止めた。
「では、メリークリスマス先生。」
私は、少し緊張しながら、その包みを彼に差し出した。
「あの、先生がこういうものに興味がおありかは分からないですけど…」
彼はゆっくりとその包みを受け取り、丁寧にリボンを解いた。
中から現れたのは、一冊の少し風変わりな装丁の本だった。
表紙には写実的なタッチで、大きなイグアナが描かれている。
『異境の爬虫類:その生態と魔法的考察』
というタイトルが、金文字で記されていた。
その本を目にした瞬間、先生の顔色が驚き、嬉しそうな表情をさせて、ただじっとその本の表紙を見つめていた。
「…どうして、これを…?」
彼は、か細い声で尋ねた。
「えっと…」
私は、しどろもどろになった。
「以前、先生がイグアナに興味がおありなのかな、って思ったことがあって。ダイアゴン横丁で、偶然この本を見つけたものですから…。もし、ご迷惑でなければ…」
彼はただ本の表紙を、震える指先でそっと撫でていた。
そして顔を上げて、私にお礼をいった。
「…ありがとう、カレン君」
彼は静かに言った。
「とても…嬉しいです。大切にしますよ」
その声には、嘘偽りのない感謝の響きがあった。
「あの…これを」
彼がおずおずと口を開き、ローブの内ポケットから、小さな包みを取り出し私に差し出した。
「僕からです。その…メリー・クリスマス、ということで」
「えっ…?」私は驚いて彼を見た。
「私に、ですか?」
「ええ」
彼は少し照れたように俯いた。
「女性は布一枚で首元に巻いたり、髪に巻き付けたりできると現地のマグルが言っていましたから…君がどういうのが好きかわからなくて、女性へのプレゼントは初めてで…」
包みから出てきたのは紫色のスカーフだった。
思いがけないプレゼントに、私の胸は温かいものでいっぱいになった。
彼が、私のことを覚えていてくれた。
そして、私のために、こんなささやかな贈り物を用意してくれていたなんて。
「ありがとうございます、先生! とても嬉しいです!」
私は、心からの笑顔でプレゼントを受け取った。
首元に巻き付け「似合ってますか?」と聞くと彼ははにかみながら頷いた。
私たちは、その後、言葉少なに暖炉の火を見つめていた。
部屋には、薪の爆ぜる音と、互いの呼吸の音だけが響いていた。
「カレン君は、君は本当にまぶしいですね。」
暖炉のことを言っているのではないとわかっていたが、まぶしいという表現にどう反応していいかわからなかった。
「私にとっては、先生が輝いてみえます。」
こんなセリフが言えるのは今日がクリスマスだからだろう。
彼は誇りをくすぐられて嬉しいような、それでいて現実を直視しており立場を考えていたのか、どっちども取れる複雑な表情をしていた。
なんて言えばこの気持ちが伝わるだろうか。
「先生。私やっぱり先生のことが好きです。」
自然に口から出た。
高揚感と特別な雰囲気が私の弱気な心を後押ししてくれたのだと思う。
好き
この気持ちは紛れもない事実であり、彼にわかってほしかった。
彼は少し泣きそうな顔をして、「カレン君、今日はクリスマスですね。」と返した。
「はい、先生。」
答えはくれないのか。
振られた身としては当然だが、やはり少し期待してしまう。
彼の特別な存在になれたのではないかと錯覚してしまったのだ。
「私は、その気持ちに応えることができません。」
彼は優しく突き放した。
わかっているけど、やはり落ち込む。
「ですが、その」
彼は反語を口にしながら、言いにくそうにチラリとこちらを見た。
「全て、全て終わった後に、お応えさせてください。」
彼の指先まで冷えた手が、紫色のスカーフを握りしめる私の手に触れた。
細く節のある指先がそっと添える程度であったが、今までとは明らかに違う。
一切心を開かなかった彼が見せてくれた譲歩であり、希望だった。
クィレル教授は頬をほんのり赤らめ、伏せ目がちで視線が混じわらない。
私はその氷のような指を温めるように左手を重ねた。
薄茶色の瞳が私を射抜く。
「いつまでも待ってます。」
全てが何を指しているのかわからないけれど、旅が終わることかもしれない。
ただ詳細を聞かれたくないことだけはわかった。
だから、いつまでですか?全てとは何のことですか?とは聞かずに、ただ受け入れることを選んだ。
クィレル教授がしたいことを優先してもらう。
私は待つ。
まずは卒業して就職して、一人の女性として見てもらえるように。
ああ、ヤドリギの蔓がここまで伸びてくればいいのに。
私は彼の頬にキスをすることも、抱きしめる勇気もない。
ただ寄り添うことしか、私にはできないのだ。
クィレル教授はただ頷いた。
しばらく私たちは見つめ合い、手を離したくなかったけれど、彼は「メリークリスマス」と最後に伝えて寮から去っていった。
私はその晩眠ることなく、ただ今日をずっと振り返り、早く大人になりたいと願った。
家に帰らないことを両親は残念がっていたけれど、私の気持ちを尊重してくれた。
ほとんどの生徒が実家へと帰り、広大な城の中には、暖炉の薪が爆ぜる音と、窓の外でしんしんと降り続く雪の音だけが響いている。
私は、宣言通りホグワーツに残った。
「勉強をする」というのはもちろん口実で、本当の理由はただ一つ。
(先生、本当に帰ってくるのかな…)
彼からの最後の手紙にあった、「クリスマスには、短い間ですが、一度英国に戻ることになるかもしれません」という一文。
そのあまりにも曖昧な可能性だけを頼りに、私はこのがらんとした城で彼を待っていた。
もし会えたら、何を話そう。
元気ですか、と聞けるだろうか。
それとも、また避けられてしまうのだろうか。
期待と不安が、胸の中で雪のように降り積もっていく。
談話室の窓から見える景色は、どこまでも白かった。
雪は止む気配もなく、世界を静かに、そして完全に覆い隠していく。
時折、ふくろうが白い息を吐きながら、窓の外を横切っていくのが見えた。
彼からの便りではないと分かっていても、そのたびに、私の心臓は小さく跳ねた。
そんな日々が数日続いた、クリスマス当日の午後。
朝から大量のプレゼントの山で目を覚ましたが、そこにはクィレル教授からと思われる箱は入っていなかった。
もしかしたら、と期待していただけに落胆が大きい。
彼は戻ると言っていたが取りやめたのかもしれない。
かなり落ち込んでいた私は、気分転換に一人で中庭へと続く回廊を歩いていた。
雪明かりが、ステンドグラスを通して床に淡い色の模様を描き出している。
冷たく、清浄な空気。
中庭に出ると、息を呑むほどの美しい光景が広がっていた。
木々の枝には白い花が咲いたように雪が積もり、地面はふかふかの絨毯のようだ。
空からはダイヤモンドダストのように、キラキラと輝く細雪が舞い落ちている。
あまりの美しさに、私はしばし時を忘れその景色に見入っていた。
ふと、中庭の奥、大きな樫の木の根元に、人影があるのに気づいた。
誰だろうか、こんな場所に。
目を凝らすと、それは見慣れた少し猫背のシルエットだった。
黒い旅装のコートの肩に、雪がうっすらと積もっている。
(…先生…!?)
心臓が大きく、強く、脈打った。
嘘みたいだ。
本当に、帰ってきたんだ!
私が気づいたのとほぼ同時に、彼もまたこちらに気づき、ゆっくりと振り返った。
久しぶりに見る彼の顔。
最後に見た時よりも、さらに痩せたように見える。
頬はこけ、肌の色は旅の疲れか、あるいは別の理由か、以前にも増して不健康なほど白い。
でもその瞳は…驚きと、そして何か別の、複雑な感情を映して、真っ直ぐに私を見つめていた。
駆け寄りたい衝動を必死で抑え、ゆっくりと彼の方へと歩み寄った。
雪が、キュッ、キュッと小さな音を立てる。
「先生…お帰りなさい」やっとのことで、私はそう言った。
声が、少し震えてしまったかもしれない。
「…カレン君」
彼は、私の名前を呼んだ。
その声は掠れていたけれど、温かみがあった。
「君は…残っていたのですね」
「はい。勉強をしようと思って」
私は、当たり障りのない返事をした。
「…そうですか」
彼は、それだけ言うと、また視線を遠くの雪景色へと戻してしまった。
気まずい沈黙。
降り続く雪の音だけが、私たちの間に流れる。
何か、話さなければ。
でも、何を? 彼の旅のことを聞いてもいいのだろうか。
それとも、やはり避けるべきなのだろうか。
迷っているうちに、言葉が出てこない。
その時だった。
私が立っていた場所のすぐ上の木の枝から、どさっりと重そうな雪の塊が落ちてきたのだ。
「わっ!」
驚いて身をすくめた瞬間、バランスを崩し、私は雪の上へと倒れ込みそうになった。
「えっ!」
先生の声。
次の瞬間、彼の腕が力強く私の身体を支えてくれた。
雪の上に倒れ込むことは避けられたけれど、私は彼の胸の中に、すっぽりと抱きとめられるような形になってしまった。
どきん。
どきん、どきん。
自分の心臓の音が、うるさいくらいに聞こえる。
彼のコートから伝わる、意外なほどの温かさ。
雪の匂いと古い本の匂い、そして、あの甘く焦げ付くような不思議な匂い。
彼の規則正しい呼吸の音。
全てがすぐ間近に感じられる。
顔が、カッと熱くなるのが分かった。
「…大丈夫、ですか?」
頭上から彼の声が降ってくる。
その声は驚くほど穏やかで、吃音は全くなかった。
「はい…ありがとう、ございます…」
私は、彼の腕の中からそっと身を離しながら、俯いて答えた。
もう、彼の顔をまともに見ることができない。
「…いえ…。しかし君は本当についてないですね。いつも不運に巻き込まれている気がします。」
彼は、少しだけ困ったように言った。
「そんな、たまたまです。」
恥ずかしさを隠すように彼の胸元に視線を下ろす。
黒いコートはかなりくたびれているようで、ボタンがほつれかかっている。
「いつ、戻られたのですか?」
「つい先ほど、です。少し、城の様子を見に…」
「そうですか…」
再び、沈黙。
雪は、相変わらず静かに降り続いている。
「あの、先生」
私は、意を決して顔を上げた。
「旅はどうでしたか? 大変だったのでは…」
彼は、私の言葉に一瞬、表情を曇らせた。
その瞳の奥に、深い影がよぎったように見えた。
「…ええ、まあ…。色々と、ありましたが…得るものも、ありましたよ」
彼はどこか遠い目をして、そう答えた。
その答えはあまりにも曖昧で、私の不安を掻き立てたけれど、それ以上踏み込んで聞くことはできなかった。
なんだか触れてはいけない、そんな気がしたのだ。
「…寒くなってきましたね」
彼が言った。
「中へ、戻りましょうか」
「…はい」
私たちは、並んで、城へと続く道を歩き始めた。
言葉は少ない。
けれどすぐ隣に彼がいる。
それだけで私の心は温かいような、切ないような不思議な気持ちで満たされていた。
去年の雪の日とは違う。
確かに、何かが変わった。
彼の瞳の奥の影は深くなった気がするけれど、それでも、今、彼は私の隣にいる。
この束の間の再会が、私の心の中で燻っていた想いに、再び火を灯したことを、私ははっきりと自覚していた。
この気持ちは、やっぱり恋なのだ。
中庭から東の塔への入り口から入り、首筋に吹き付ける冷気が遮断されただけで十分暖かく感じる。
白い雪景色がガラス越しに見える中、私たちは並んで、ゆっくりと歩き始めた。
「先生は1日城にいますか?クリスマスのご予定はどうするんですか?」
「まだダンブルドア校長に挨拶していないので、校長室に行ってから家に戻るつもりです。私の部屋は、もう全て片付けて後任者に譲りましたからね。」
まるで私に居場所はないと言いだけな口ぶりに、わたしは思わず口をつぐんだ。
彼の部屋がないのは事実だ。
教室と彼の研究室はバーベッジ先生の物であっという間に模様替えされており、少しも彼の痕跡はなかった。
「私、クリスマスに戻れるかのと思ってフクロウを頼んでなかったんです。」
「ふくろう…ですか。」
「そうです。先生へのクリスマスプレゼントです。お渡しできると思ってて、あの、すぐに帰られちゃいますか?」
帰られるのなら急いで寮に戻ってプレゼントを取ってこなくてはいけない、ここから塔まで戻って15分…と計算していたのがまるわかりだったのだろう。
「焦らなくとも、すぐには帰りませんよ。」
と私を安心させるように彼は言った。
「校長室へ続くガーゴイルの下で待ち合せましょうか。」
「そうします。待っててください!」
走って廊下をかけようとする私に「走ってはいけませんよ」と教師らしい声がかかる。
「もし、しばらく待つようであれば上がってきてください。」
「校長室にですか?合言葉知らないです。」
「“ペッパーミント”ですよ。」
「わあ、とても辛そうな合言葉!」
今日初めてクスクス笑う彼の姿を見た。
クィレル教授は後ろ足で寮へと急ごうとする私に「気を付けて」と手を振った。
良かった。
少し元気になられたようだ。
あの猫背気味の背中が、後ろにそれてきた気がする。
早く戻ろうと慌てて寮に帰ったために、プレゼントをどこに仕舞い込んだかわからなくなってしまった。
アクシオと呪文を唱えて、ずっしりと重みのある包みをキャッチする。
ハッフルパフでクリスマスを寮で過ごす人は私しかいなかったようで、階段から転げ落ちるように駆け下りた無様な姿を、誰にもさらすことがないのは不幸中の幸いだ。
もちろん肖像画の夫人からは「レディがはしたない」とお小言を食らったけれど。
階段を下りるのは苦ではなかったが、上るのは大変だ。
息も絶え絶えに階段を駆け上がり、誰もいない廊下を通って、ガーゴイル前にたどり着いた。
ここまで40分。
私にしては頑張った方だろう。
クィレル教授はまだ話しているようで、彼はまだいない。
待たずして、コツコツと階段を下りる音がした。
話が終わったんだ!とクィレル教授が降りてくるのを待つ。
黒いコートの裾ではなく、重厚なガウンに、中がキラキラと透けた素材の緩やかなズボンの裾が最初に見えた。
彼ではない。
慌てて手に持っていたプレゼントをローブのポケットに突っ込んだ。
にこやかな笑顔を携えて下りてきたはダンブルドア校長だった。」
「おお、君がカレンじゃな?」
優雅に下りてきた校長は私の肩を軽く叩いた。
その目は、いつもの生徒を見るように優しく輝いているけれど、それだけではないような気がしたのは、きらりとメガネが光に反射したからだろう。
「クィレル先生には今夜のささやかなディナーに参加してもらうようお願いしてきたところじゃが、彼から君の話を聞いてな、君も参加してはどうかのう。」
その口調は優しかったが、断ることは許さないような響きがあった。
「あ、え、お邪魔で、ないのであれば、参加したいです。」
嬉しい判明、なぜダンブルドア校長がわざわざ降りてきたのか。
一介の生徒に伝えに来るのはクィレル教授でも良かったろうに。
「良かった良かった!今夜はクリスマスイブじゃ。旅の疲れを癒し、羽目を外してもいい日じゃろ。職員室に18時においでなさい。」
「…はい。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
「クィレル先生もその時間に来られるじゃろうから、それまで準備しておくと良いじゃろう。」
そういうと、私に監督性だけが使えるバスルームのカギとティーンが着るような黄色のサテンワンピースを渡された。
「若い子の趣味はわからないのじゃが」と言いながら、もしドレスを持っていなければ着てくると良い、とのことだった。
わけがわからないまま、私は突然パーティに参加することとなったのだ。
パーティとなると女子の身支度には時間がかかる。
ワンピースだけ渡したダンブルドアに、「靴もお願いします」と伝え、驚いた校長を置いて慌てて来た道を戻った。
外に向かってフクロウを一羽呼び、羽ペンで「18時のパーティで会いましょう」と書き殴り、手紙をクィレル教授に渡すよう足に括り付けた。
クリスマスイブでも朝には植物の様子を見ているであろうスプラウト先生のもとに走り、急遽パーティに参加することとなったことを伝えた。
「それで先生お願いがあるんです。」
「いつも手伝ってくれているあなたからのお願いなら、断らない手はないわね。」
どっしりと構えた中年女性は教師という立場だけでなく、人生の先輩なのである。
16歳の少女が考えていることなど手に取るようにわかるのだろう。
「細かいアレンジはできないけれど、お団子にして纏めてあげることはできるわ。」
「ああ、良かった!私ヘアアレンジの魔法だけ覚えてなくて」
強力な助っ人を得られて安堵する中、経験豊富な彼女は「今度は楽しい女子会を楽しみにしてるわ」と言って送り出してくれた。
その夜、完璧に磨き上げたカレンはスプラウト先生によって、髪をまとめてあげてもらい、可愛い少女に変身した。
後から届いたぺたんこ靴のエナメル皮もワンピースと合った黄色で統一されている。
年相応といえばそうであるが、少し子供っぽいのは否めない。
スプラウト先生に教職員用の小さな食堂を訪れると、以外にもたくさんの教授たちが集まっていた。
意外にも用務員のフィルチや、魔法薬学のスネイプ、占い学のトレローニ教授まで、参加しなさそうな面子までも集まっていた。
教授陣も家に帰ると思っていたが、ホグワーツに残っている人も多いのだと初めて知った。
私の他にもパーティを聞きつけ普段よりおしゃれをしていたり、目立つ格好をした教授たちが集まっており、突然生徒がおめかししても場違いではなく、ほっと胸を撫で下ろした。
他にも学校に残っている生徒たちが何人か私服で参加している。
暖炉には大きな火が燃え、テーブルには美味しそうな料理が並び、温かく和やかな雰囲気に包まれていた。
クィレル先生は隅の方のテーブルに、フリットウィック先生と一緒に座っていた。
彼は、ダンブルドア校長の勧めもあってか、無理に参加しているようにも見えたが、時折、フリットウィック先生の冗談に微かに口元を緩めたりているようにもみえる。
食事にはあまり手を付けていないようだったけれど、それでも、ずっと人間らしい表情をしているように思えた。
同じように校長に呼ばれた学校居残り組と、少し離れたテーブルで話をしながらも、意識はずっと彼の方に向いていた。
彼が少しでも穏やかに過ごせているのなら、嬉しい。
でも、ふとした瞬間に彼が見せる遠くを見つめるような虚ろな目や、グラスを持つ手の微かな震えに気づくと、やはり胸騒ぎがするのだ。
彼のことを見ていたのだから目が合うのは当然だ。
遠いテーブル越しに、彼の薄茶色の瞳が、確かに私を捉えた。
その一瞬の視線の交錯のあと。
クィレル教授が席を立った。
要があるんだとわかり、自分もテーブルから離れ暖炉のそばに近づく。
「似合ってますよ。」
小さな声で賛辞が降り注ぐ、それだけでこの気に入っていないワンピースも報われただろう。
「ありがとうございます。」
ハッフルパフだからって黄色はないだろうとダンブルドアに文句を言っていた自分を戒めなくてはならない。
「私、先生へのプレゼントをまた寮に置いてきたんです」
持っていくには不格好だったし、ましてやほかの先生方にプレゼントを送ってないのに、クィレル教授にだけ…というのは目立ってしまう。
「では、寮に戻るときは、声をかけてください。」
クィレル教授は「また何度も走らせるわけにはいきませんから」と小さく笑った。
「じゃあ、今から取りに行きます。」
ディナーも終盤に差し掛かり、ちらほらと部屋から出ていく人もいたため、目立ちはしないだろう。
そっと職員室を抜け、穴熊寮への道を二人並んで歩く。
「ハッフルパフ寮は入ったことありますか?」
「いえ、初めてです。なので君が想像している以上に楽しみです。」
シャンパンを飲んでいたのは見ていたが、少しお酒が入っていたおかげで彼は普段より饒舌だった。
肩がときたまクィレル教授のローブに当たるたび、胸をドキドキさせながら彼を樽の中へ案内する。
「地下でもこんなに明るいのですね。」
スリザリン寮を覗いたことはないが、おそらくどの寮よりも温かみのある談話室であることは間違いない。
多くの照明と昼は天窓から陽の光が差し込む穏やかな空間だ。
丸テーブルに置かれた果物に、サイズの違うクッションが押し込まれたふかふかのソファ。
窓辺に小さな野の花が花瓶に活けられ、寮生が花草を大事にする習慣がうかがえる。
彼は珍しいものを見るかのように部屋の内装に目渡した。
「先生はどこの寮出身なんですか?」
上を見上げる彼に声をかける。
「言ってませんでしたか、レイブンクローです。」
「先生らしいです。」
彼の知識の宝庫への理由がわかり納得しながら、部屋に戻ってプレゼントを取りに戻る。
よく考えて選んだけれど、これでよかったのか不安な気持ちのまま談話室の様子を伺う。
彼はまだ興味深そうに部屋の隅々を眺めていた。
暖炉に火をつけると、彼はちょっとぎこちなさそうに暖炉前まで歩みを止めた。
「では、メリークリスマス先生。」
私は、少し緊張しながら、その包みを彼に差し出した。
「あの、先生がこういうものに興味がおありかは分からないですけど…」
彼はゆっくりとその包みを受け取り、丁寧にリボンを解いた。
中から現れたのは、一冊の少し風変わりな装丁の本だった。
表紙には写実的なタッチで、大きなイグアナが描かれている。
『異境の爬虫類:その生態と魔法的考察』
というタイトルが、金文字で記されていた。
その本を目にした瞬間、先生の顔色が驚き、嬉しそうな表情をさせて、ただじっとその本の表紙を見つめていた。
「…どうして、これを…?」
彼は、か細い声で尋ねた。
「えっと…」
私は、しどろもどろになった。
「以前、先生がイグアナに興味がおありなのかな、って思ったことがあって。ダイアゴン横丁で、偶然この本を見つけたものですから…。もし、ご迷惑でなければ…」
彼はただ本の表紙を、震える指先でそっと撫でていた。
そして顔を上げて、私にお礼をいった。
「…ありがとう、カレン君」
彼は静かに言った。
「とても…嬉しいです。大切にしますよ」
その声には、嘘偽りのない感謝の響きがあった。
「あの…これを」
彼がおずおずと口を開き、ローブの内ポケットから、小さな包みを取り出し私に差し出した。
「僕からです。その…メリー・クリスマス、ということで」
「えっ…?」私は驚いて彼を見た。
「私に、ですか?」
「ええ」
彼は少し照れたように俯いた。
「女性は布一枚で首元に巻いたり、髪に巻き付けたりできると現地のマグルが言っていましたから…君がどういうのが好きかわからなくて、女性へのプレゼントは初めてで…」
包みから出てきたのは紫色のスカーフだった。
思いがけないプレゼントに、私の胸は温かいものでいっぱいになった。
彼が、私のことを覚えていてくれた。
そして、私のために、こんなささやかな贈り物を用意してくれていたなんて。
「ありがとうございます、先生! とても嬉しいです!」
私は、心からの笑顔でプレゼントを受け取った。
首元に巻き付け「似合ってますか?」と聞くと彼ははにかみながら頷いた。
私たちは、その後、言葉少なに暖炉の火を見つめていた。
部屋には、薪の爆ぜる音と、互いの呼吸の音だけが響いていた。
「カレン君は、君は本当にまぶしいですね。」
暖炉のことを言っているのではないとわかっていたが、まぶしいという表現にどう反応していいかわからなかった。
「私にとっては、先生が輝いてみえます。」
こんなセリフが言えるのは今日がクリスマスだからだろう。
彼は誇りをくすぐられて嬉しいような、それでいて現実を直視しており立場を考えていたのか、どっちども取れる複雑な表情をしていた。
なんて言えばこの気持ちが伝わるだろうか。
「先生。私やっぱり先生のことが好きです。」
自然に口から出た。
高揚感と特別な雰囲気が私の弱気な心を後押ししてくれたのだと思う。
好き
この気持ちは紛れもない事実であり、彼にわかってほしかった。
彼は少し泣きそうな顔をして、「カレン君、今日はクリスマスですね。」と返した。
「はい、先生。」
答えはくれないのか。
振られた身としては当然だが、やはり少し期待してしまう。
彼の特別な存在になれたのではないかと錯覚してしまったのだ。
「私は、その気持ちに応えることができません。」
彼は優しく突き放した。
わかっているけど、やはり落ち込む。
「ですが、その」
彼は反語を口にしながら、言いにくそうにチラリとこちらを見た。
「全て、全て終わった後に、お応えさせてください。」
彼の指先まで冷えた手が、紫色のスカーフを握りしめる私の手に触れた。
細く節のある指先がそっと添える程度であったが、今までとは明らかに違う。
一切心を開かなかった彼が見せてくれた譲歩であり、希望だった。
クィレル教授は頬をほんのり赤らめ、伏せ目がちで視線が混じわらない。
私はその氷のような指を温めるように左手を重ねた。
薄茶色の瞳が私を射抜く。
「いつまでも待ってます。」
全てが何を指しているのかわからないけれど、旅が終わることかもしれない。
ただ詳細を聞かれたくないことだけはわかった。
だから、いつまでですか?全てとは何のことですか?とは聞かずに、ただ受け入れることを選んだ。
クィレル教授がしたいことを優先してもらう。
私は待つ。
まずは卒業して就職して、一人の女性として見てもらえるように。
ああ、ヤドリギの蔓がここまで伸びてくればいいのに。
私は彼の頬にキスをすることも、抱きしめる勇気もない。
ただ寄り添うことしか、私にはできないのだ。
クィレル教授はただ頷いた。
しばらく私たちは見つめ合い、手を離したくなかったけれど、彼は「メリークリスマス」と最後に伝えて寮から去っていった。
私はその晩眠ることなく、ただ今日をずっと振り返り、早く大人になりたいと願った。
