JJ短編夢

春。ユニヴェール歌劇学校は新入生を迎え、新人公演の準備をしている。

最高学年に進級した御法川基絃は、ぴよぴよの1年生たちと、彼らの指導に目を回す2年生を見守りながら早くも夏公演の打ち合わせに入っていた。
新人公演は1年生中心の、それこそ新人たちをお披露目する場。それと同時に2年生がはじめて指導する立場になり、今までとは違う舞台作りとの向き合い方を模索する時間でもある。3年生があまり口を出しすぎるのも違うだろうとサポートに徹している。
というのは言い訳で、夏公演に向けて外部の脚本家に台本を書き下ろしてもらうための打ち合わせを並行しているためいつも以上に手が回っていない。

夏公演の脚本を担当してくれるのは、絢浜を拠点に活動している小劇団の劇作家だ。過去にもロードナイトの脚本を何本か書いてくれており、ロマンチックな恋愛描写とジャンヌを可愛らしく描くことにおいてはピカイチでユニヴェールフォロワーからの信頼も厚い。
御法川も過去に何度か打ち合わせに同席したことがある。界隈では人気作家だが、まだ新人の部類で若い、それこそ劇場の客席でよく見るようなタイプの女性だ。裏方を担ってくれる職員たちと比べるとかなり歳が近いためこちらとしても話しやすく、素直に要望を言える相手だ。

「お呼びだてしたのに待たせてしまってすみません」
「御法川くん、お疲れ様。3年生は忙しそうだね」
「新人公演中は、舞台の方は下級生中心なんでマシですよ」
「とか言いつつそっちも手を抜けないんでしょ?」

はじめて会った時には既にこの人と司先輩は友人のような距離感だった。今も連絡を取り合う仲らしい。
その名残でどうも気安く話してしまう。外部の人で、こちらは依頼している側で、しかもこっちの方が年下なのに。

「夏公演の脚本だったね。今回のご希望は?」
「アルジャンヌは忍成……あ、弟の方の。忍成稀のつもりです。ジャックエースが俺で、いつも通りある程度見せ場のあるジャンヌが5人前後いるとありがたい」
「うんうん。独唱は?」
「忍成に1曲はやらせたいんですよね」
「そうだよねぇ。ロードナイト、今年も歌えるぞ! ってとこ見せたいね」

メモ帳に次々と、御法川が言った要求以上の情報が書かれていく。
脚本を書く人の頭ん中ってどうなってんだろう。

「あとは合唱中心? デュオはなくていいの?」
「あー、あれで忍成上手いんで、一緒にやらせるとなると相手がキツくなる可能性が」
「違くて」

ずっとメモ帳に向いていた目が、まっすぐこちらを見据えている。

「御法川くん、もっと歌っても良くない?」
「俺、ですか」

目を逸らしたらいけない気がした。
でも、真っ直ぐ視線を合わせるには覚悟が必要な気もする。

「分かってるよ。ロードナイトのジャックは器だって。でもさ、"絢爛"のロードナイトだよ? 花器もとびきり豪華でよくない?」

この人は、俺に何をやらせようとしているんだ。


***


その後も何度かやり取りを重ね、上がってきた脚本は実にロードナイトらしい華やかなものだ。
『プリマヴェーラ』
花の女神フローラと西風の神ゼピュロスとの恋物語を主軸に、三美神や花の精や動物たちが賑やかに愛を歌う。
神話を下敷きにしているがどこかコミカルで、それが忍成たち2年生ジャンヌたちの雰囲気によく合う。
いつものロードナイトだ。

打ち合わせの時の目が忘れられず、どんなものが投げられてくるかと戦々恐々としていたため少し拍子抜けた。

「いいですね。フローラが華やかだし、三美神も観客に好かれそうなキャラクターをしていて」
「御法川くん、私の書いたゼピュロスもかなりの男前だからよろしくね」

まただ。打ち合わせの時と同じ。
静かで優しいのに、目を逸らすことを許さない視線。

「あ、えっと、はい。最善を尽くします」

ぎこちなくそう返事するのがやっとだ。
俺は、ロードナイトのジャックエースとして何を求められているのだろう。

「これは、脚本家としてじゃなく1人の演劇ファンとしての話だから聞き流してもらって大丈夫なんだけどね」
「え?」
「特別可愛い女の子の隣は、とびっきりのイケメンじゃないと夢は見れないんだよ」
「とびっきりの、ですか」
「そ。ロードナイトには皆可愛くて美しいジャンヌを期待して見るじゃない? でもその隣にいるジャックが輝いてくれないと、そんな男にうちの子は任せられません! って気持ちになっちゃうの。別にうちの子ではないんだけどさ」

もしかしたら女性特有の感覚なのかもしれないんだけど、とその人は続ける。

「だからさ、私が書くジャンヌを皆が素敵って言ってくれるのは、実はジャックをとびきり魅力的に書こうとしている結果なのかもよ」

『プリマヴェーラ』のゼピュロスは温和な性格の神で、賑やかな女神たちに比べて目立つことはない。でもそこには優しさと安心感があって、そよ風を吹かせて女神たちの歌声を運ぶ。愛情深い視線でフローラを見守り、賑やかな女神たちに微笑み、包み込む。
包容力のある大人な男性として描かれている。
ゼピュロスの愛情にフローラが応え、そよ風に花びらが舞い、春が訪れる。
一見すると無邪気な女神たちが春を呼ぶ物語だが、よく読むと全て受け止めて春を届けるのはゼピュロスの風だ。

「曲は発注中なので、要望を出すなら今ですよ」

その人はいたずらが成功した子供のように満足そうに笑っていた。


***


「お疲れ様でした、御法川くん」

終演後、脚本家が挨拶に来たのは着替えもバラシも全て終わった後だった。

「やっぱりデュエットあってよかったでしょ?」

結局俺は忍成とのデュエットを入れた。
俺の見せ場が増えれば、当然ロードナイトの花たるアルジャンヌの出番が減る。ギリギリまで躊躇ったが、必要だと判断した。

「この脚本でゼピュロスが歌わないのは変でしょう」

なんだか全部この人の掌の上だ。

「私はロードナイトのジャックエースにやって欲しい役がまだまだ沢山あるんだよ。ね、また書かせてよ。源氏物語とかどう? あれこそロードナイトじゃない? 多種多様な姫君たちと、彼女たちが惹かれずには居られない光源氏のロマンス」

今回自分の歌唱を増やして、この人が言っていることが少しわかった気がする。
うちの花は1輪じゃない。支えるジャックエースは器として最大限華やかでなければ見合わないのかも知れない。
もっと、自分を見せることに労力を割いてもいいのかもな。

「後日また連絡します。今から依頼すれば冬公演には間に合いますよね」

脚本家は満足気に微笑む。
それだけで、カーテンコールの拍手を舞台の真ん中で浴びたような心地になってしまう。
次はもっと、この人が満足するジャックエースを見せられるはずだ。
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