ハロウィン2018
花壇が立ち並ぶ中庭にて、秋風に舞う落ち葉に紛れて一際目立つ蜂蜜色の髪が視界の先に小さく入った。遠くからでもわかる、あれは晴馬だ。
「ハルくん、トリック・オア・トリート!」
大きめの声で呼び掛ければ、瞬時に反応した彼は子犬のように走り寄ってきた。
「ハローのぞむん! トリック・オア・トリート!」
うぇーい! と、かざしてきた手の平にハイタッチして、彼特有の騒がしいテンションに合わせた。
太陽の光にも負けない輝きを放つ髪を無造作に遊ばせ、人懐っこいアーモンド型の目をキラキラと踊らせる彼は浅葱晴馬。
望は親しみを込めて彼をハルくんと呼び、晴馬も望をのぞむんと呼ぶ仲だ。
「のぞむん今年はなに作ったの?」
「カボチャマフィンだよ。可愛いでしょ」
「顔描いてんじゃん! やべぇチョー可愛い! 写真撮ろー!」
ふざけ半分にじゃれ合う二人の間には楽しげな空気が流れている。しかし、実はこの場には晴馬と望の他にもう一人いる。
花壇の手入れをしていたその人物は望に気付いて立ち上がり、声を掛けるタイミングを計るようにチラチラ目線を送ってきているのだが、望はそれをあえて無視していた。
「どうハルくん、盛れた?」
「もち! 後でアップするから、イイネよろー」
「オッケー」
一度このように楽しげな雰囲気を作った後、会話のキリがいいタイミングで一旦口を閉ざした。そのまま晴馬の左隣へ視線をずらす。笑顔も弾んだ声も一切取り下げて。
「あ、蘇芳くんいたの? えーと、じゃあ、トリックなんとかかんとか」
「なんか雑じゃねェかィ?」
含みを持たせた吐息混じりの色っぽい声が返ってくる。
蘇芳龍之介。深みのある赤毛とほぼ同じ色のカラーコンタクトを付けている彼は、隼人が転入してくるまでは、恐らくこの学年で一番の美丈夫だったのではなかろうか。……いや、隼人がいる現在においてもその座は揺るがないかもしれない。癪だが、望はそう評価している。
「今年も手作りかィ? 相変わらず器用なモンだなァ」
飽きもせず黒いシャツを身に纏い、ゴールドのチェーンネックレスを揺らす龍之介だが、それでもどこか気品のある佇まいが鼻につく。
「言っておくけど、君のはついでだからな。ハルくんに渡した手前、近くにいる君に渡さなかったら角が立つだろ、だから仕方なく渡してあげたんだよ」
「そうかィ、あんがとね」
刺々しい口調で嫌味をぶつけても涼しい顔だ。少しくらい嫌な顔をしても良いものを。
「あ、そういえば君、甘いの苦手だったような……。やっぱり返せ」
「いンや、これは有難く頂戴するぜ。勿論ちゃんと食うよ」
「苦手なのに? わざわざ? 自分から? 喜んで?」
ずいずい詰め寄って眼光を飛ばすも、龍之介は苦笑だけして頷くのみ。それどころか懐から取り出した醤油煎餅を望に渡し、鋭い犬歯を見せ付けるようにニカッと笑うのだ。
「お前さんも色々貰ってんだろ。甘いモンばっかで飽きた時に食ってくれや」
「う……」
悔しいが有難いと思ってしまった。人の為を思った行動ばかり選ぶ龍之介らしい細かい配慮だ。苦手な甘味を食べると言うし、彼は出会った頃から全く変わっていない。
「……俺は君のそういう所が嫌いなんだよ」
舌打ちして、やや語気が弱まった毒を吐く。
それでも龍之介の顔色は変わらず、その長い睫毛に囲まれた派手な目をしっとり細めて笑ってみせた。
「ところでお前さん、仮装はしねェのかィ?」
またこの質問か――望は乾いた溜め息を吐く。
「……それさっき聞いた」
「ハルくん、トリック・オア・トリート!」
大きめの声で呼び掛ければ、瞬時に反応した彼は子犬のように走り寄ってきた。
「ハローのぞむん! トリック・オア・トリート!」
うぇーい! と、かざしてきた手の平にハイタッチして、彼特有の騒がしいテンションに合わせた。
太陽の光にも負けない輝きを放つ髪を無造作に遊ばせ、人懐っこいアーモンド型の目をキラキラと踊らせる彼は浅葱晴馬。
望は親しみを込めて彼をハルくんと呼び、晴馬も望をのぞむんと呼ぶ仲だ。
「のぞむん今年はなに作ったの?」
「カボチャマフィンだよ。可愛いでしょ」
「顔描いてんじゃん! やべぇチョー可愛い! 写真撮ろー!」
ふざけ半分にじゃれ合う二人の間には楽しげな空気が流れている。しかし、実はこの場には晴馬と望の他にもう一人いる。
花壇の手入れをしていたその人物は望に気付いて立ち上がり、声を掛けるタイミングを計るようにチラチラ目線を送ってきているのだが、望はそれをあえて無視していた。
「どうハルくん、盛れた?」
「もち! 後でアップするから、イイネよろー」
「オッケー」
一度このように楽しげな雰囲気を作った後、会話のキリがいいタイミングで一旦口を閉ざした。そのまま晴馬の左隣へ視線をずらす。笑顔も弾んだ声も一切取り下げて。
「あ、蘇芳くんいたの? えーと、じゃあ、トリックなんとかかんとか」
「なんか雑じゃねェかィ?」
含みを持たせた吐息混じりの色っぽい声が返ってくる。
蘇芳龍之介。深みのある赤毛とほぼ同じ色のカラーコンタクトを付けている彼は、隼人が転入してくるまでは、恐らくこの学年で一番の美丈夫だったのではなかろうか。……いや、隼人がいる現在においてもその座は揺るがないかもしれない。癪だが、望はそう評価している。
「今年も手作りかィ? 相変わらず器用なモンだなァ」
飽きもせず黒いシャツを身に纏い、ゴールドのチェーンネックレスを揺らす龍之介だが、それでもどこか気品のある佇まいが鼻につく。
「言っておくけど、君のはついでだからな。ハルくんに渡した手前、近くにいる君に渡さなかったら角が立つだろ、だから仕方なく渡してあげたんだよ」
「そうかィ、あんがとね」
刺々しい口調で嫌味をぶつけても涼しい顔だ。少しくらい嫌な顔をしても良いものを。
「あ、そういえば君、甘いの苦手だったような……。やっぱり返せ」
「いンや、これは有難く頂戴するぜ。勿論ちゃんと食うよ」
「苦手なのに? わざわざ? 自分から? 喜んで?」
ずいずい詰め寄って眼光を飛ばすも、龍之介は苦笑だけして頷くのみ。それどころか懐から取り出した醤油煎餅を望に渡し、鋭い犬歯を見せ付けるようにニカッと笑うのだ。
「お前さんも色々貰ってんだろ。甘いモンばっかで飽きた時に食ってくれや」
「う……」
悔しいが有難いと思ってしまった。人の為を思った行動ばかり選ぶ龍之介らしい細かい配慮だ。苦手な甘味を食べると言うし、彼は出会った頃から全く変わっていない。
「……俺は君のそういう所が嫌いなんだよ」
舌打ちして、やや語気が弱まった毒を吐く。
それでも龍之介の顔色は変わらず、その長い睫毛に囲まれた派手な目をしっとり細めて笑ってみせた。
「ところでお前さん、仮装はしねェのかィ?」
またこの質問か――望は乾いた溜め息を吐く。
「……それさっき聞いた」