相手の好きなところを10個言わないと出られない部屋(蘇芳&柿原望Ver.)

 龍之介の抗議を早口で遮った望は人差し指を唇に当て、さも困っていますと言いたげに瞳を潤ませて弱った小動物のような顔をした。

「うーんとね、蘇芳龍之介くんという名の赤い人の好きなところかぁ……うーん、思いつかないから嫌いなところ100個言えば許してくれるかなぁ?」

「10個でいいし好きなとこ言ってくれよォ……なんとか絞り出してくれよのぞむゥ……」

 龍之介は望の袖に縋ろうとするが軽くかわされた。しおらしい顔をする龍之介を尻目にとらえた望はその場でくるりと回ってキャピキャピと声を弾ませる。

「うーん、わかんなぁーい! てなわけで蘇芳くんの嫌いなところ10個いきまぁーす!」

「のぞむゥ……」

「そうだねぇ……無駄に長いまつげ。ウザったい赤い髪。笑った時にチラつく鋭い犬歯。なんのアピールかわからない大量のピアス。派手で調子に乗ってるファッションセンス。単純ですぐにドヤ顔するところ。顔に似合わない低い声。鬼みたいに強いくせに涙腺が弱いところ。ついでに体もそこそこ弱いところ。いまだに俺のことを友達だと思っているところ」

 望が楽しげに一つ一つ挙げていくたびに、龍之介の体は大きな矢印が刺さったようにグラグラ揺れる。10個目を言い終わる頃には膝を抱えて座り込み、部屋の隅でわかりやすくいじけていた。

「そんなに言わなくていいじゃンかよォ……」

「暴言吐かれてメソメソしてる自分も嫌いじゃないくせに何言ってるの。どうせ満更でもないくせに。あーあ、また喜ばせちゃった……。一体何をしたら嫌ってくれるんだか……」

 疲労で笑顔を取り繕う気力も無くした望が盛大にため息をついたその時──カチャリと控えめな金属音が鳴り、二人は思わず顔を見合わせる。そしてすかさずドアノブを回すとあっさり開いた。

「あれ……?」

 龍之介は困惑しながら頭で考えた、なぜ鍵が開いたのかと。
 この部屋を出る条件は龍之介と望がお互いの好きなところを10個挙げるというもの。そして龍之介は正直に望の好ましいところを言った。
 けれど望が並べていったのは龍之介の嫌いなところだったはず。しかしそれでも鍵が開いたということはつまり望が挙げたのは龍之介の嫌いなところではなく──

「望!」

 龍之介は望を追った。前方の彼は足が悪いのに、なぜか必要以上に速足で逃げるように去っていこうとしていたので、咄嗟にその肩を掴んだ。

「待てよ。お前さん、さっきのアレ……俺の嫌いなとこじゃなくて、もしかして……」

「……」

 望は何も答えない。それどころか目も合わせない。どんな時でも饒舌な彼にしては不自然な態度だ。
 これは間違いない──予感が的中した龍之介は頬を染めて目を輝かせる。指で髪を一束クルクルいじり回し、何も無い床と望の後頭部にチラチラ視線を往復させた。

「な、なぁ、悪ィんだけどもっかい言ってくんね? ちょっと……その、ショックで忘れちまって……」

「二度と言わない!!」

 珍しく声を張り上げた望は、これまた珍しく乱暴に龍之介の手を振り払って大袈裟な足音をたてて部屋を出ていくので、龍之介は慌てて追いかけた。ご褒美を貰った犬のような顔をして。

「待てよ望ー!」


【完】
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