みっちゃんと僕
ぶらんと下がった足の行き場を失ったみっちゃんは目をぱちくりさせておれを見た。驚かせてごめんね。でもせっかく再会したんだから、できるだけおれを見てほしいんだ。
「みっちゃん、おれ、こんなこともできるようになったよ。強くなったでしょ? 凄い?」
「あぁ……まぁ凄いっちゃ凄いけどさ、お前強くなる方向性間違ってねぇか?」
みっちゃんは子供を諭すような声で問いかけながらおれの銀色の髪を撫でて、耳のピアスをこねくり回す。髪はともかく穴の空いた耳はチクリと痛んだ。
「痛いよみっちゃん……おれ、悪いことは何もしてないよ。この髪も耳も格好良いと思ったからやっただけ」
「ホントかぁ?」
おれに抱き上げられているのにニヤリと笑う強気なところも昔のままだ。そういうみっちゃんがずっとずっと好きだった。
「みっちゃん……あの時の約束覚えてる? みっちゃんがどう思ったかはわからないけど、おれは本気だったよ。おれ、約束通り強くなったよ。みっちゃん、結婚しよ……?」
後ろできっぺーがまた激しく咳き込んだ。空気を読んでずっと静かにしててくれてありがとう、後でジュース奢るからもう少しだけ待っててね。
「確かに……そういう約束したな……」
ポツリ、みっちゃんが呟いたかと思えば鼻先をぎゅむっと摘まれた。
「い、ひゃい……みっひゃん?」
「確かに約束はした。だけどな透、お前はまだ子供だろ? 親に育てられて周りの大人に守られてる。そんなんじゃあ一人前とは言えねぇな」
「う……今それ言う?」
「当たり前だろ、あの頃とは状況が違う。大人が子供に手ぇ出すわけにもいかねぇんだよ。わかるだろ?」
大人と子供──現実的なワードが子供じみた欲求を否定する。こうしたい、ああしたいだけじゃ通用しない事が世の中にはたくさんあって、無理に押し通せば大切な人の人生までめちゃくちゃにしてしまうってこと、その可能性があるということを今のおれは知識として知っている。
悔しいけどみっちゃんの言う通りだ。おれはみっちゃんのことが好きだけど、みっちゃんに危ない橋を渡らせたいわけじゃないから。
素直に頷いてみっちゃんを降ろすと、頭を優しく撫でられた。爪先立ちしてプルプルしてるみっちゃんの方がお兄さんで、腰を屈めて撫でられてるおれは小さな子供。体格差は変わってもおれたちの関係はあの頃のまま。
「ごめんな、軽い気持ちで約束した俺が悪かった」
「ううん……みっちゃんが正しいよ」
「透は賢いな。責任を取るってわけじゃないけどさ、俺もお前とのこと真剣に考えてみるから」
「……ほんと?」
「おう! 今度こそ本当の本当に約束だ」
あぁ、あぁ……その言葉だけであと十年は我慢できそうだ。可能性はゼロじゃない。今のおれにはそれだけで充分だった。嬉しくて嬉しくて思わずみっちゃんの小さな体をすっぽり胸に収めた。
「ありがとうみっちゃん……。おれ、絶対に保健委員に入るね、三年間保健委員する……。それで……毎日こっそりみっちゃんに好きって言う。園芸部に入って……みっちゃんにプレゼントするつもりで花と野菜を育てる」
「ははっ! うん、楽しみにしてる」
腕の中のみっちゃんがおれの頭に腕を伸ばした。撫でようとしたのかもしれない。だけど届かなくて、諦めたのか背中をポンポン叩いて誤魔化してた。
「……みっちゃん可愛い」
「お前にそんなふうに言われる日がくるなんてな……」
不服そうに顔をしかめるみっちゃんをもう一度抱き締めて、ずっと放置していたきっぺーの方へ視線を寄越す。ソファにゆったり腰掛けて携帯を弄る彼の手がふと止まった。
「あ、終わった?」
【完】