みっちゃんと僕

──それから何度も春を迎えては見送った。

 かつて泣きながらみっちゃんと約束を交わした幼いおれは春から高校生。通う学校はずっと前から決めていた東雲学園だ。全寮制の男子校、ここでみっちゃんが養護教諭……いわゆる保健室の先生として働いてるらしい。母さんが噂好きで助かった。

 始業式が終わってトイレの鏡で自分の姿をチェックする。昔よりも更に背が伸びて、新一年生の中でも頭一つ抜けて身長が高い。力もついたし滅多に泣かなくなった。

「……みっちゃん、驚くかな」

 ぽそりと呟いたとき、友達のきっぺーが入り口からひょこっと顔を出した。

「おーい透ー、いつまでそうしてんだよ。保健室に行って“みっちゃん”に会うんだろ?」

 呆れたような声で早く早くと急かしてくる。きっぺーは小学生の頃、おれと一緒に不良に絡まれてみっちゃんに助けられたから、一刻も早く恩人に会いたいみたいだ。

「……うん、今行く」

 きっぺーに背中を押されて、もう一度だけ鏡を振り返った。耳にあけたピアスが銀髪の間からキラリと光って、おれは密かに微笑む。

「……緊張するなぁ」

 保健室のドアをそっと開けて隙間から覗き込むと……みっちゃんがいた。相変わらず年齢の割に小さくて、おれたちと同じ制服を着て並んでも違和感が無い顔立ちをしているのに、白衣を纏ってパソコンと向き合っている。

 大人だ。あそこにいるのは紛れもなく大人になったみっちゃんだ。

 やがてこちらの気配に気付いたみっちゃんの瞳がおれたちに向けられて、それを合図におれはゆっくりみっちゃんに近付いた。

「……みっちゃん、久しぶり」

「へ? お、おう……?」

 夜空みたいな目を真ん丸にしてまじまじ見つめてくるみっちゃん。きっと頭の中は大忙しだ。記憶を頼りに似ている人物を必死に探しているんだろうから。

「……やっぱりわからない?」

「あ、あははは……」

 生徒と養護教諭という関係上、愛想笑いを浮かべるみっちゃんを見るのは楽しいけど、早くネタばらししたかったおれは跪いてみっちゃんの手を取った。

「……おれだよ、白川透。十年くらい前に結婚の約束をしたでしょ」

 背後できっぺーが激しく咳き込みながら騒ぎはじめる。いきなりぶっ込むなよ! 初めて知った! そんな声を聞き流しながら、みっちゃんの目が大きく見開かれる瞬間をスロー再生するように見守った。

「え……透? お前が、あの?」

「……そ、泣き虫で花が好きな透」

 自然と頬が緩んで、目の周りが熱くなって視界が滲む。

 おかしいな……もう簡単に泣かないって遠い昔に決めたはずなのに、みっちゃんを前にすると小さい頃に戻ったみたいに涙腺が弱くなってしまう。

「約束通り迎えに来たよ。とびきり良い男になって……」

 すっかり大きくなった両手でみっちゃんの手を包む。目の前の大きな目は依然として見開かれたままおれを見つめてる。

「……おどろいた、色んな意味で。本当に透か……? 確かに言われてみれば面影があるけど……でっかくなったなぁ……」

 頭の先から爪先までを見るように視線を上下させて、しみじみと零したみっちゃん。そしてようやく状況が整理できたのか、気が抜けたようにフハッと吹き出した。

「いやーマジかー! お前あの透かよー! スゲェなぁ! 最初誰かと思ったわ! 何食ったらそんなデカくなるんだよ!」

「……好き嫌いしないでいっぱい食べただけ。あと、いっぱい寝てる」

「俺だって好き嫌いしねぇし、なるべく寝るようにしてたってのに……」

 おれから目を逸らしたみっちゃんは、拗ねたように口を尖らせる。ちょっと可愛いかも……そう思った瞬間にはその両脇に手を差し入れて、そのまま小さな体をひょいと浮かせて立ち上がった。
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