みっちゃんと僕

 ふと気がつくと頬っぺが少し熱くなっていた。空を見上げると春の日差しが公園を暖かく照らしていて、元気に遊ぶ小さい子たちも頬っぺを真っ赤にしながら走り回っている。ようやくオレンジジュースを飲んだら少しぬるかった。

「……ねぇ、手術したら、みっちゃんのお父さん、元気になる?」

「おう、きっとなるよ」

「……だったら、みっちゃんも嬉しいね」

「勿論!」

 明るい声で頷くみっちゃん。その言葉と笑顔には迷いも不安も一切無い。本当に良い意味での引っ越しなんだ。だったら僕にできることは一つ。みっちゃんに心配をかけないことだけだ。

「……うん、わかった」

 僕はサッと立ち上がった。でもまだ振り向かない。今のうちにお別れの言葉を頭の中で組み立てるんだ。

 目の前が滲む、唇が震える。俯くと地面がポタポタ濡れる。でも絶対に声なんてあげない。手を固く握り締めてグッと耐えるんだ。みっちゃんに背中を擦られないように、僕は強いんだぞって足を踏ん張ってやる。

 だって、そうしないとみっちゃんが心配しちゃうでしょ? 僕はみっちゃんがいなくても大丈夫だよって、口にはしなくても態度で示したかった。

 半分はみっちゃんのため、そしてもう半分は僕のカッコつけ。今この瞬間、心に決めたんだ。僕は……ううん、“俺”はもっともっと強くなる。みっちゃんがいなくても立派なお兄さんになってやるんだ。

 そうと決めたら目元をゴシゴシ拭って、正面からみっちゃんと向き合った。

「みっちゃん、ぼく……じゃなくて……おれ、もっと強くなる。強くて優しいお兄さんになって、いつか絶対みっちゃんに会いに行く。だから……その時は、えっと……俺と結婚してください!」

「ほぇ?」

 わかりやすくポカンとするみっちゃん。黒いカーディガンを肩からずり落としたまま固まってる。やがて体を震わせてこれでもかってくらい大きな声で笑った。

「あっはははっ! お前、それ本気? 真面目な顔して何を言うかと思えば……!」

「ほ、ほんきだもん……!」

 みっちゃんがあまりにも笑うから恥ずかしくなって、それを隠すように大きな声で言い返す。

「だって、お母さんが言ってたんだ……! 家族になったら離れ離れになっても心で必ず繋がってるって! だから、おれもみっちゃんとそうなりたい……! 一生のお別れなんて、絶対嫌だから……! おれがきっと会いに行くから……その時は結婚するって約束して!」

 鼻の奥がツンとして涙が目の端に溜まる。耐えきれなくて一粒頬っぺたに流れると、みっちゃんの人差し指に優しく掬われた。

「わかったよ、約束な。その代わりとびっきり格好良い男になって迎えに来いよ!」

 みっちゃんは笑ってる。きっと本気にしていない。おれが泣くからそう言ったんだ。わかってる、おれはまだまだ子供で言葉に力が無いからみっちゃんは本気にしない。だからおれは頑張るって決めたんだ。

「正直お前のことは弟みたいに思ってたよ。友達と離れるよりもお前を置いていく方が気がかりでさ。でも今のお前なら大丈夫だな、安心して引っ越せるよ」

「……うん。みっちゃん、元気でね」

「おう! お前もな」

 おれたちは小さい子供みたいに指切りをして別れた。みっちゃんは次の日の朝早くに引っ越したらしくて、おれが登校するついでにアパートを見上げた頃には窓にカーテンはかかっていなかった。
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