みっちゃんと僕

「引っ越すんだよ。遠いとこに」

 みっちゃんはまた同じことを言った。僕は泣きたくなったし、それに何故か怒りたくもなった。だけど頑張って静かに下を向いてみる。

「……いつ?」

「明日」

「あした……」

「ごめんな、言うタイミングをずっとうかがってたんだけど、言い出せないまま今日になっててさ」

 みっちゃんは嘘をつかない、きっとこれは本当の話だ。明日引っ越して明後日にはもういない。……なんだろう、変な感じだ。突然のことに頭がついていけない。フワフワする。

「……ちょっと座ろっか」

 みっちゃんは公園のベンチを指さした。僕たちが最初に出会った思い出の公園だ。みっちゃんに買ってもらったオレンジジュースを飲む気になれなくて、冷たい缶を両手できゅっと包み込む。

「……俺さ、親父と二人暮しなんだよ。親父は病気がちで生活は楽じゃなかったけど、ここまで育ててくれたことに感謝してるんだ」

 みっちゃんは引っ越しの理由を少しずつ話してくれた。体が弱いお父さんに代わって家事をしたり、高校生になってからはバイトを始めて家計を支えたりしてたって。

「そう、だったんだ……」

 僕は昔のみっちゃんを思い出していた。黒いランドセルを背負ってスーパーで買い物をする姿が格好良くて、さすがお兄さんだなぁなんて憧れてたけど、事情を聞くと凄いなんて言葉で片付けられなくなった。

「おいおい、そんな顔すんなよ! 大変だったけどそれなりに楽しかったんだぜ?」

 みっちゃんはカラカラ笑って僕の背中をバシバシ叩いた。痛いよ……と睨むと、悪い悪いって笑う。だけどその笑顔は強がりなんだって次の瞬間に気付いた。

「……本当に楽しかったよ。でもさ、最近ついに親父が倒れてさ……長年の無理が祟ったみたいで、もう限界だって」

 膝に頬杖をついて遠くを見つめるみっちゃんの黒い瞳が揺れている。目に力が入ってない。初めて見る弱い横顔だった。

「みっちゃん……」

 どうしていいかわからなくて、咄嗟にみっちゃんの袖を握る。そのまましばらく経って、みっちゃんは覚悟を決めたみたいに溜め息を一つして振り返った。

「でも希望はあるんだ。親父の地元のでっかい病院で手術すれば良くなるらしい。そのためには親父の親父……俺のじーちゃんとばーちゃんの家に引っ越さなきゃなんねーんだけどさっ!」

「そっか……」

「おう! じーちゃん達もカンカンに怒ってたよ。なんでもっと早く相談しなかった! ってさ、病院で親父に怒鳴りまくるもんだから、宥めるの大変だったよ!」

 とは言いつつみっちゃんの笑顔は晴れやかだ。病院で怒鳴るなんて、おじいちゃんとおばあちゃんは怖い人たちなのかなって思ったけど、それはみっちゃんとお父さんを心配してたからなんだね。きっと優しい人たちなんだ。

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