みっちゃんと僕

 そうしてズルズルとなにも出来ないまま、また春が来た。

 この日もいつも通り学校の帰り道を友達と並んで歩く。一年も繰り返し通ってきた道だからすっかり慣れっこだ、もう目を閉じたって家まで帰れるかもしれない。

 ここの角を曲がったら試してみようか、そんなことを話していると突然大きな人影が割り込んできて、僕の友達はぶつかった衝撃で尻餅をついた。

「いって!」

「だ、だいじょう──」

 友達に手を伸ばした僕の言葉は大きな怒鳴り声にかき消される。

「おいどこ見て歩いてんだクソガキ!」

 ギョッとして振り返ると、怖そうなお兄さん達が凄い目をしてこっちを睨んでいる。中学生かな高校生かな、制服を着ているけど体が大きい……大人みたいだ。だけど変だな、僕が知ってる大人みたいなお兄さんは、ぶつかったくらいじゃ怒らないのに。

「おいコラ何とか言えよ! 珈琲こぼれただろうが! どうしてくれんだよこれ!」

 見るとお兄さんの足元に缶が落ちていて、アスファルトに茶色い水溜まりができていた。

「ご、ごめんなさい……!」

 僕達は反射的に謝ったけれど、お兄さん達は許してくれそうにない。

「ごめんなさいじゃねぇよ! どうしてくれんだっつってんだよ! この珈琲!」

 この人達はどうしてこんなにイライラしているんだ、怖い。怖いけど……ぶつかった僕達も悪いけど、でも、こんなに顔を真っ赤にして怒鳴り散らすのは違うんじゃないか。

「ごご、ご、ごめんなさい……!」

 僕の友達は泣きそうになりながら謝ってる。僕も一緒に頭を下げた。だけど怖い人たちはますます大きな声をあげて喚き立てる。汚れた空き缶が友達の頭に飛んだ。

「買ってこいよ! 同じのを今すぐ!」

 やっぱり変だ。おかしい。こんなの大人じゃない、お兄さんでもない、格好悪い。

 怖い人の大きな手が友達の髪を鷲掴みにしようとしたから、僕は咄嗟にそれを払い除けた。

「は? なにすんだよお前」

「え、と……あの……」

 怖い、怖い……でも、僕だって怒る時は怒るんだ。大事な友達を傷付ける人は許さない。それに、もう2年生になったんだから。お兄さんなんだから。

「……こういうの、やめてください」

「はぁ? やめろって、何が? 次は被害者ヅラ? なにお前らウザ」

 友達のために勇気を振り絞った。だけど弱虫な性格はそう簡単に変わらないから、体はガチガチで心臓が激しく暴れて汗が出て、怖い人たちの顔を見る余裕も無いし声だってよく聞こえない。

 だから無抵抗のまま殴られた。目がチカチカして、頭がぐわんと響く。僕は震えながら、でもほぼ無意識に友達に覆いかぶさった。僕の大きな体はこれくらいしか役に立たない、今は特に震えてて使い物にならないから、せめてこれくらいは。

 何度も殴られて蹴られて痛くて怖くて悔しくて、大泣きする友達の盾になりながら僕も同じようにボロボロ涙を流しながら耐えていた。

 ああ僕は、僕はなんて弱いんだ。こんなとき魔法使いなら強い魔法で吹き飛ばした。ヒーローならキックとパンチでやっつけた。なのに僕はこうして友達を守ることしかできない。

 そういえば体育の授業では背が高いのに残念だねって言われたっけ。運動ができそうなのにドッヂボールもサッカーも苦手だねって。いつも花のお世話をしているねって。だから弱いのかな。

 嫌だな、悔しいな。僕はみっちゃんみたいな格好良いお兄さんになりたいのに全然近づけていない。だってそうでしょ、僕はただこうして泣きながらうずくまってるだけ。きっとみっちゃんなら黙ってやられるわけがない。そうだな、例えば──

「おい、そこ何やってんだ!」

──そう、こんなふうに格好良く登場するんだ。ヒーローみたい……に……。

「……え?」

 僕は目を、ついでに耳も疑った。だってまさかそこにみっちゃんがいるなんて……思いもしなかったから。

「みっちゃん……!」

 声に出すとますますみっちゃんの存在感が強くなった。風に揺れる黒い髪の隙間から、つり上がった眉と大きな目がチラチラ見える。

 ああ、本当にここにいるんだ。久しぶりのみっちゃんだ……。避けててごめんね、高校の制服似合ってるよ。僕は二年生になったよ。助けに来てくれたの? また僕助けられちゃうね、カッコ悪いところ見せちゃった。

 ぐちゃぐちゃに混ざった色んな気持ちが全部涙に変わってボロボロ溢れ出た。
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