時雨先生と晴馬が早朝にパン屋さんへ行くだけの話
それから数分後、目的のパン屋に到着した。ちょうど開店した頃らしく、早朝だというのに数人の客が店内を物色している。
シートベルトを外しながら助手席を確認すると、案の定晴馬はすやすやと夢の中。
「晴馬、着いたよ」
軽く肩を揺すってみたけれど起きる気配はない。なんの夢をみているのやら、彼は寝ているときでさえ楽しそうにヘラヘラとなにかを呟いている。
「仕方がないな……」
こうなることは初めから予想済みだったので特に慌てることもない。コートを脱いで晴馬の腹にかけ、車内の暖房をつけたまま外へ出た。上着を晴馬に貸しているため体が急速に冷えていき、思わず身震いする。
やや小走りにドアを開ければ、耳に心地いいベルの音が出迎えてくれた。
趣味の良いアンティーク調の店内はしっかり暖かくて、ほっと一息つきながらトレーとトングを手にゆっくり店内を見て回る。
確か晴馬が欲しがっていたのはクロワッサンサンドとクリームパンだっけ──先程の会話を思い出し、まずは可愛い教え子が狙っていた商品を丁寧に取っていく。
次に自分の目当てのパンを数個トレーに乗せて、真っ直ぐレジへ向かった。
いつもならもう少しのんびり店に居座るのだが、今日は車内に残した生徒が気になるので、用件は手短に済ませるのだ。
「すみません、あとホットコーヒーを二つお願いします。一つはミルクとシュガー入りで」
湯気が立ち上るコーヒーを追加で購入して車へ戻るが、いまだに晴馬はぐっすり眠っていた。
彼のコーヒーはドリンクホルダーに立てておき、寮へ戻るために再び車を走らせる。運転しながら片手間に苦いコーヒーを口にすると、少しだけ目が冴えた気がした。
さきほど通った道を過ぎ、コンクリートよりも緑が多くなってきた頃、視界の左端で蜂蜜色の頭がもぞもぞと動く。
「ふわぁ……せんせーパン屋着いたー?」
「おはよう晴馬。もうすぐ寮に着くよ」
「えっ!? 寮!?」
「あんまり気持ちよさそうに寝てたから起こすのが可哀想で。パンならほら、後ろの席に座ってるよ」
ルームミラー越しに後部座席へ視線を送ると、それに合わせて晴馬が後ろを振り向く。行儀よく座している紙袋と、ドリンクホルダーに立てられたままのホットコーヒーを見た彼は胸の前で両手を合わせた。
「ごめーん! ガチ寝してたぁー! てかコートまで借りてんじゃん! せんせー寒かったっしよ? もーっマジごめんー!」
「いいよ、気にしないで。それより──」
ドリンクホルダーにそっと触れて、晴馬の視線を誘導させた。
「これ飲みな。甘くしてもらったから飲みやすいと思うよ」
「えーっ! マジで!? ありがとうー! ってか代わりにパン買ってくれたんだよね? 後でぜってー金返すから!」
「はいはい。くれぐれも授業中に寝ないようにね。あれ……晴馬、今パン食べるの?」
「だってせっかくなら焼きたて食べたいじゃんー! オレが買いたいやつ買ってくれてありがとー!」
クリームパンを頬張る嬉しそうな顔を見たら、もうなんでも好きにしてくれという気分になる。これだから子供と関わるのはやめられない。
「寮の朝食も食べられる? 残すと凛太郎さんに叱られるよ?」
「だーいじょーぶ! バッチリ完食してみせるし!」
「はいはい」
【完】
シートベルトを外しながら助手席を確認すると、案の定晴馬はすやすやと夢の中。
「晴馬、着いたよ」
軽く肩を揺すってみたけれど起きる気配はない。なんの夢をみているのやら、彼は寝ているときでさえ楽しそうにヘラヘラとなにかを呟いている。
「仕方がないな……」
こうなることは初めから予想済みだったので特に慌てることもない。コートを脱いで晴馬の腹にかけ、車内の暖房をつけたまま外へ出た。上着を晴馬に貸しているため体が急速に冷えていき、思わず身震いする。
やや小走りにドアを開ければ、耳に心地いいベルの音が出迎えてくれた。
趣味の良いアンティーク調の店内はしっかり暖かくて、ほっと一息つきながらトレーとトングを手にゆっくり店内を見て回る。
確か晴馬が欲しがっていたのはクロワッサンサンドとクリームパンだっけ──先程の会話を思い出し、まずは可愛い教え子が狙っていた商品を丁寧に取っていく。
次に自分の目当てのパンを数個トレーに乗せて、真っ直ぐレジへ向かった。
いつもならもう少しのんびり店に居座るのだが、今日は車内に残した生徒が気になるので、用件は手短に済ませるのだ。
「すみません、あとホットコーヒーを二つお願いします。一つはミルクとシュガー入りで」
湯気が立ち上るコーヒーを追加で購入して車へ戻るが、いまだに晴馬はぐっすり眠っていた。
彼のコーヒーはドリンクホルダーに立てておき、寮へ戻るために再び車を走らせる。運転しながら片手間に苦いコーヒーを口にすると、少しだけ目が冴えた気がした。
さきほど通った道を過ぎ、コンクリートよりも緑が多くなってきた頃、視界の左端で蜂蜜色の頭がもぞもぞと動く。
「ふわぁ……せんせーパン屋着いたー?」
「おはよう晴馬。もうすぐ寮に着くよ」
「えっ!? 寮!?」
「あんまり気持ちよさそうに寝てたから起こすのが可哀想で。パンならほら、後ろの席に座ってるよ」
ルームミラー越しに後部座席へ視線を送ると、それに合わせて晴馬が後ろを振り向く。行儀よく座している紙袋と、ドリンクホルダーに立てられたままのホットコーヒーを見た彼は胸の前で両手を合わせた。
「ごめーん! ガチ寝してたぁー! てかコートまで借りてんじゃん! せんせー寒かったっしよ? もーっマジごめんー!」
「いいよ、気にしないで。それより──」
ドリンクホルダーにそっと触れて、晴馬の視線を誘導させた。
「これ飲みな。甘くしてもらったから飲みやすいと思うよ」
「えーっ! マジで!? ありがとうー! ってか代わりにパン買ってくれたんだよね? 後でぜってー金返すから!」
「はいはい。くれぐれも授業中に寝ないようにね。あれ……晴馬、今パン食べるの?」
「だってせっかくなら焼きたて食べたいじゃんー! オレが買いたいやつ買ってくれてありがとー!」
クリームパンを頬張る嬉しそうな顔を見たら、もうなんでも好きにしてくれという気分になる。これだから子供と関わるのはやめられない。
「寮の朝食も食べられる? 残すと凛太郎さんに叱られるよ?」
「だーいじょーぶ! バッチリ完食してみせるし!」
「はいはい」
【完】