みっちゃんと僕
みっちゃんは近所の小学校に通うお兄さんで、もうすぐ中学生になるらしい。僕よりもずっとずっとお兄さんだ。だけどみっちゃんは当時まだ幼稚園児だった僕にも優しくしてくれて、面倒くさがらずにたくさんお話ししてくれた。
幼稚園の帰りで、公園で、スーパーで、見かけるたびにブンブン手を振ると、みっちゃんもニコニコ手を振り返してくれる。僕は嬉しくて嬉しくて、何の用も無いのに外へ出たがった。お母さんはちょっと文句を言ったけど、そんなにお兄ちゃんが好きなのねと笑って、結局外へ連れ出してくれるんだ。
みっちゃんはよく夕方のスーパーで買い物をしていた。大人に混ざってランドセルを背負った男の子が一人で野菜やお肉を選んでる。ジュースやお菓子は一つも買わないで……そういうところがまた大人っぽくて憧れた。
だけど一つわかったことがある。みっちゃんは僕にとっては大きなお兄さんだけど、同級生と並ぶとかなり小さくて、スーパーのかごが少し大きく見えたんだ。
時には重そうにお米を抱えて、時には安売りの卵を買えて満足そうに歩いてる。他の誰よりも先に大人と同じことをしていて、僕にはそれがとても格好良く見えて、お母さんの服をちょいちょい引っ張ってそっと言った。
「ぼくも、しょうがくせいになったら、おかいものできる?」
「……そうね」
静かに言ったお母さんの笑顔はいつもと少し様子が違ってて、困ったような顔をしてみっちゃんを見てる。噂好きのお母さんは色々知ってるみたいだったけど、その時の僕はよくわからなかった。
それから何年か経って、僕は念願の小学生になった。ランドセルはみっちゃんと同じ黒色。ちょっぴりみっちゃんに近付いた気がして嬉しかったけど、そんなみっちゃんは中学三年生で少しくたびれた黒い学ランがとても似合う。
今年は受験生だって言ってた。よくわからないけどその響きは格好良い、大人だ。いつまで経っても僕たちの差は埋まらない。
「へぇ、お前ももう小学生かー。でっかくなったなぁ」
ポンポンと頭を撫でられる。みっちゃんにとって僕はまだまだ小さい子供なんだ。せっかく小学生になれたのに、そこだけが少し面白くなかった。
「……みっちゃんは、みっちゃんのお友達より小さいね。ずっと前から」
つい悪いことを言ってしまった。当然みっちゃんは怒ったけど、その怒り方はどう見ても柔らかくて本気にしていなくて、嫌な気持ちになっているのは僕だけなんだって思って、なんだか泣きたくなって──
「お、おい! なんでお前が泣くんだよ! そんな強く怒ってねぇだろ?」
僕は泣き虫で、弱虫で、そのうえわざとイジワルを言ってしまう。体は大きいのに心はちっちゃいんだ。ああ嫌だ……急に自分が恥ずかしい。
だからかな、その日からなんとなくみっちゃんを避けるようになっちゃった。どのみちみっちゃんが受験で忙しいから会いたくても会えなかったと思うけど。
「最近みっちゃんみっちゃん言わなくなったけど、どうかした?」
お母さんの質問にはただ黙って首を振るだけ。そうして春が終わって、夏になって、秋になって、冬になると、噂好きのお母さんがまた思い出したように呟くんだ。
「──そういえばみっちゃん、志望校に合格したみたいよ。来年から高校生ですって」
高校生かぁ……みっちゃんはまたひとつお兄さんになるんだ。僕は小学生になったばかりなのに。
みっちゃん何してるかな、元気かな。僕は漢字を書けるようになったよ、足し算引き算もできるんだ。背も伸びたよ、クラスで一番大きいんだ。
やっぱり怒ってるかな、ずっと避けてたし……。怒られるのは嫌だな、でも何も気にしてないみたいな顔をされるのも嫌だ。忘れられてたらどうしよう。嫌だな、会いたくない。会いたいのに会いたくない。僕は変だ。
幼稚園の帰りで、公園で、スーパーで、見かけるたびにブンブン手を振ると、みっちゃんもニコニコ手を振り返してくれる。僕は嬉しくて嬉しくて、何の用も無いのに外へ出たがった。お母さんはちょっと文句を言ったけど、そんなにお兄ちゃんが好きなのねと笑って、結局外へ連れ出してくれるんだ。
みっちゃんはよく夕方のスーパーで買い物をしていた。大人に混ざってランドセルを背負った男の子が一人で野菜やお肉を選んでる。ジュースやお菓子は一つも買わないで……そういうところがまた大人っぽくて憧れた。
だけど一つわかったことがある。みっちゃんは僕にとっては大きなお兄さんだけど、同級生と並ぶとかなり小さくて、スーパーのかごが少し大きく見えたんだ。
時には重そうにお米を抱えて、時には安売りの卵を買えて満足そうに歩いてる。他の誰よりも先に大人と同じことをしていて、僕にはそれがとても格好良く見えて、お母さんの服をちょいちょい引っ張ってそっと言った。
「ぼくも、しょうがくせいになったら、おかいものできる?」
「……そうね」
静かに言ったお母さんの笑顔はいつもと少し様子が違ってて、困ったような顔をしてみっちゃんを見てる。噂好きのお母さんは色々知ってるみたいだったけど、その時の僕はよくわからなかった。
それから何年か経って、僕は念願の小学生になった。ランドセルはみっちゃんと同じ黒色。ちょっぴりみっちゃんに近付いた気がして嬉しかったけど、そんなみっちゃんは中学三年生で少しくたびれた黒い学ランがとても似合う。
今年は受験生だって言ってた。よくわからないけどその響きは格好良い、大人だ。いつまで経っても僕たちの差は埋まらない。
「へぇ、お前ももう小学生かー。でっかくなったなぁ」
ポンポンと頭を撫でられる。みっちゃんにとって僕はまだまだ小さい子供なんだ。せっかく小学生になれたのに、そこだけが少し面白くなかった。
「……みっちゃんは、みっちゃんのお友達より小さいね。ずっと前から」
つい悪いことを言ってしまった。当然みっちゃんは怒ったけど、その怒り方はどう見ても柔らかくて本気にしていなくて、嫌な気持ちになっているのは僕だけなんだって思って、なんだか泣きたくなって──
「お、おい! なんでお前が泣くんだよ! そんな強く怒ってねぇだろ?」
僕は泣き虫で、弱虫で、そのうえわざとイジワルを言ってしまう。体は大きいのに心はちっちゃいんだ。ああ嫌だ……急に自分が恥ずかしい。
だからかな、その日からなんとなくみっちゃんを避けるようになっちゃった。どのみちみっちゃんが受験で忙しいから会いたくても会えなかったと思うけど。
「最近みっちゃんみっちゃん言わなくなったけど、どうかした?」
お母さんの質問にはただ黙って首を振るだけ。そうして春が終わって、夏になって、秋になって、冬になると、噂好きのお母さんがまた思い出したように呟くんだ。
「──そういえばみっちゃん、志望校に合格したみたいよ。来年から高校生ですって」
高校生かぁ……みっちゃんはまたひとつお兄さんになるんだ。僕は小学生になったばかりなのに。
みっちゃん何してるかな、元気かな。僕は漢字を書けるようになったよ、足し算引き算もできるんだ。背も伸びたよ、クラスで一番大きいんだ。
やっぱり怒ってるかな、ずっと避けてたし……。怒られるのは嫌だな、でも何も気にしてないみたいな顔をされるのも嫌だ。忘れられてたらどうしよう。嫌だな、会いたくない。会いたいのに会いたくない。僕は変だ。