みっちゃんと僕

──みっちゃんはとても強い人だ。かっこよくて優しい僕のヒーロー。僕はあの人みたいになりたい──

 初めてみっちゃんと出会ったのは僕が幼稚園に入園したばかりの頃、綺麗な花を探すのに夢中だった僕はお母さんとはぐれて不安でいっぱいだった。

 ここはどこだろう……さっきまで公園にいたはずなのに、いつの間にか知らない場所にいる。あっちへ行ってもこっちへ行っても行き止まり。車の通りは無いけれど、それが逆に寂しくて怖くて、僕はその場に座りこんだ。

 どうしよう、どうしよう……綺麗な花をたくさん摘んでお母さんにプレゼントしたかっただけなのに、喜ばせたかっただけなのに、どうしてこんなことになっちゃったんだろう。このままずっと帰れなかったらどうしよう……。

 膝にぽたぽたと涙が落ちる。僕は体が大きいけど気が弱くて、すごく泣き虫だったんだ。

「どうした?」

 不意に上から声がかかって泣き腫らした顔を上げた。黒い人だ──と思った。黒い服、使い古された黒いランドセル、黒い髪、瞳も真っ黒、だけど宝石みたいにキラキラしてる。

「迷子か?」

 黒い人はすとんとしゃがみこんで周りをキョロキョロした。その人間らしい何気ない仕草に僕は心底安心して、よりいっそうボロボロ泣き出してしまう。

「お、おいどうした!?」

 ああこの人は絶対に良い人だ、慌てた声だけでわかる。なんだか久しぶりに人の声を聞いた気がして、縋るように黒い人の黒いズボンを握った。

「……おかあさん、いなくなった」

「やっぱ迷子か。わかった、俺がお母さんのとこまで連れてってやるからもう泣くなよ。立てるか?」

 黒い人から差し出された手を迷わず取って立ち上がった。

「お前どこで遊んでたんだ?」

「……こうえん」

「そっか、ここら辺で公園っていうとたぶんあそこだな。すぐ近くだから行ってみっか、お母さんもそこにいるかもしんねぇぞ」

「……うん」

 黒い人に連れられるまま歩いていくと、あっという間に知ってる景色が見えてきた。

 まるで魔法だ、頑張って探していた公園が自分からやって来たみたい。黒い人は魔法使いなのかな。

 最近読んでもらった絵本を思い出した僕は黒い人の横顔を見上げて、深い夜みたいな色をした目をじっと観察した。暗くて、キラキラしてて、お星様がたくさん。そんな夜空がそっと僕に近付いた。

「あの人、お前のお母さんか?」

 黒い人の視線の先をたどっていくと、女の人がオロオロとあちこち行ったり来たりしている。お母さんだ!

「おかあさん……!」

 一目散に駆け寄ってお母さんに抱きついた。ぎゅうっと抱き締められて温かくて、僕はまた泣いた。お母さんが何度も誰かにお礼を言ってる。……誰に? あ、黒い人にだ。

「ほら、あなたもお兄ちゃんにありがとうって言いなさい」

 お母さんに背中を押されて、黒い人と向き合った僕はめいっぱい腰を曲げて、頭が地面につくんじゃないかってくらいにお辞儀した。

「ありがとう、ございました……!」

 これがみっちゃんとの出会い。その時は名前を聞きそびれてしまったけど、小学校の近くで偶然見かけた時、友達に“みっちゃん”と呼ばれていたのを聞いた。
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