辛党の龍之介ととらのぞ(秀虎の一人称視点)

「虎くん、こっちこっちー」

 ざわつく夜の食堂で望さんが俺を呼んだ。小さく手を振って端の方の席でちょこんと小動物みたいに座ってる。

「望さん、あざす。席取っててくれて」

「お易い御用だよ。虎くんはいま部活終わったの?」

「っす。望さんのとこは早めに終わったんすか?」

「うん、いつも通り滞りなくね。今日も一日、お互いにお疲れ様だねぇー」

 なんでもねぇ会話。だけどその相手が望さんってだけで今日一日の疲れがどんどん抜けていく。望さんの癒しパワーはすげぇわ。髪もフワフワで笑顔もフワフワ。柔らかいとこしかねぇのかよ、マジで。

 本音を言えば二人きりで静かに食いたいとこだけど、全寮制だから夕飯も騒がしい食堂で食わなきゃなんねぇんだよな。まぁ望さんの声だけ集中して拾えばいいか、なんて思ってたのに──

「お、虎に望。隣いいかァ?」

 なんでコイツが来るんだよ! 蘇芳龍之介! 俺の……というか望さんの敵! こっちが返事する前に座りやがったし、なんなんだよ! だったら訊いてくんな!

 望さん怒ってんだろうな……笑顔が明らかに冷たくなったし。でも蘇芳……さんは鈍感なのかポジティブなのかニコニコしてやがる。こっち見んな。

「いやァ、ハルも藤咲も部活や委員会で遅くなるらしくてさァー。助かったよ、お前らのお陰でぼっち飯は免れたぜェ!」

 知らねぇよ勝手に喋んな。クソ……せっかく望さんと二人で飯が食えると思ったのに!

「つーかなんで俺らなんだよ。アンタなら他にも飯食う奴いんだろうが。ほら、あそこでジロジロ見てやがる親衛隊とか」

「なんだよ虎ァ、つれねェこと言うなよ。俺らの仲だろ?」

「どんな仲だよウゼェな。部活が同じってだけだろうが」

 俺が吐き捨てると同調するように望さんが鼻で笑った。そういう一面も嫌いじゃねぇ。

「虎くんの言う通りすぎるんですけどぉー?」

「まぁまぁ、座っちまったモンは仕方ねェよ。いまさら離れて食うのもおかしいだろォ? てなわけでいただきます」

 赤い上級生は俺の隣で行儀よく手を合わせて食い始めやがった。今の俺は蘇芳……さんと望さんに挟まれてるわけだけど気まずいったらねぇよ。

 けどまぁ思ったより望さんがピリピリしてねぇのは不幸中の幸いだ。たぶん俺に気を使ってんだろうな。優しいしな、望さんは。

 それで、だ。俺は望さんだけ見てりゃいいのに、どうしても蘇芳さんが気になって横目で盗み見た。なんか一生懸命よくわかんねぇ赤い粉を豚汁に振ってるけど、なんだあれ。

「なにやってんだよ」

 思ったことがそのまま声に出た。だってコイツが持ってる二つの赤い小瓶、よく見ると七味唐辛子と一味唐辛子なんだよ。なんで二つ同時にかけまくってんだよ、馬鹿じゃねぇの。

 恐る恐る見てみると椀の中が真っ赤になってて豚汁の面影が残ってねぇ。グロ画像かよ。

「へ? なにって……七味と一味かけてんだけど?」

 キョトンとして当たり前のように言い切りやがった。やめろやその顔、問い掛けた俺が馬鹿みてぇだろうが。そのバサバサした睫毛抜くぞ。

「虎くん、そっとしておいてあげよう。この人、友達がいない寂しさを唐辛子で埋めようとしているんだよ。豚汁本来の色がわからなくなるくらい赤く染めてさ……可哀想に、まるで自分の孤独感を覆って隠そうとしているみたい」

 さすが望さん、罵倒の言葉選びも他とは違うぜ。何言ってるかよくわかんねぇけど、その憐れむようで馬鹿にしてるような笑顔が可愛いってことはよくわかる。

 でも蘇芳さんには伝わってねぇみたいだ。七味と書かれた小瓶を見つめて唇をへの字に曲げた。

「七味ってよォ、香り付けとしては良いんだけど辛さが足りなくてさァ。だからこうして一味を加えて辛味を足してるってわけさ」

 ふーん、コイツにとって七味唐辛子は香り付けの役割しかねぇってことか。ンなこたぁどーでもいいけど。

 それに比べて望さんは料理本来の味付けを楽しむタイプで、品良く優雅に豚汁を味わっている。喉を静かに上下させて椀から口を離すと、料理の感想を言うみたいな流れで自然に微笑んだ。

「だからきみは料理下手なんだよ。味音痴は料理音痴ってね」

 本人を一切見ないまま毒を吐き出した望さん。滅多にねぇけど、ときどきこんな感じでやけにストレートなところもあるんだよな……良い。
1/1ページ
スキ