モブおじさんが東雲学園へお仕事に来たよっ!
「じゃ、じゃあ僕はこの辺で失礼するねっ!」
本当は道を尋ねたかったんだけど、この二人はちょっと怖いから他の子に訊いた方がいいよね。
というわけで僕は尻尾を巻いて小走りに逃げ出した。ボテンボテンと足が地面に着くたび、内臓脂肪と皮下脂肪に包まれた僕のお腹がブルンブルン揺れる。これで少し痩せたかな? なんちゃって。
でもさすがに疲れちゃったな。百メートルは走ったもんね。
一度後ろを振り返り、さっきの二人がいない事を確認して、僕は膝に手をついて息を整えた。
「ふぅ……ふぅ……はふぅ」
とはいえ、これからどうしよう。また振り出しだよぉ……。ん? 前方に人の気配がする……。まさかさっきの二人組!?
嫌な予感がして勢いよく顔を上げると、一人の男の子が紙パックのジュースを飲みながらこっちを見ていた。
先程の二人組じゃなくてホッとしたものの、今の僕は別の恐怖に襲われている。ほんの数メートル離れた所でジュースを飲んでいる男の子は、僕がこの世で一番怖いと思っている人種──いわゆる不良だったんだ。
彼は黒と金が混ざったような髪色をしていて、鋭い猫目で僕を見据えている。間違いなく人間なのに、なんだか虎みたいな子だなって思った。ついでに言うと僕はさしずめヌーってところかな。牛みたいな草食動物ね。捕食される側ね。うん、僕……カツアゲされちゃうかも。
「うぅぅー……」
情けない事に僕はその場に蹲ってしまった。どうしよう、今の所持金は千円しかない。少ないって怒鳴られて殴られちゃうよね。きっと痛いんだろうなぁ。
「おい」
「ひぃっ!」
頭上から声が降ってきて、僕はおずおず顔を上げた。見下ろしてくる不良くんの顔は陽射しが逆光していて、怖さが何倍にも増している。
「え、えっと、なんでしゅか?」
ああっ、こんなときに噛んじゃった! 不良くんはずーっと面白くなさそうな顔をしている。わかるよその気持ち、僕はどう見てもお金持ってるようには見えないもんね。
そうだよぉ、おじさんはただのおじさんだよぉ。今は千円しか持ってないよぉ。だから見逃してくれないかなぁ……って、彼はそんなつもりは無いみたいだね。わざわざ僕の目の前までやって来て、ご丁寧にしゃがんで目線を合わせてきた。
「アンタ熱中症か?」
「……へ?」
不良くんから放たれた言葉は予想外すぎて間抜けな声が出ちゃった。何も言わずにいる僕に対し、不良くんはますます眉を険しくさせる。
「違ぇのかよ。どっちだ、ハッキリ言えよ。わかんねぇだろが」
「あっ、はいっ、違います! 熱中症じゃなくて、えっと……これは疲れただけで……!」
「あ? ンだよそれ」
「えっと、実は僕──」
僕は不良くんに事情を説明した。この学園にはお仕事をしに来たこと、今は第二寮を探し回って困ってること。すると不良くんはサッと立ち上がって、僕に背を向けて歩き出した。そして何故か数歩進んだ所で振り返る。
「こっち」
不機嫌そうな声。だけど人差し指で進行方向を指して再び前を向いて歩いていった。もしかして着いてこいって言ってるのかな?
長い脚でスタスタ歩く不良くんの後ろを、僕は短い脚で一生懸命着いていく。いっそ転がった方が速いんじゃない? とは言わないでねっ!
「ここ」
不良くんは立ち止まり、顰めっ面のまま建物を指した。マンションみたいな建物が五棟、どれも同じデザインで、僕が連れてこられたのはその中の一棟だ。建物名を確認すると第二寮と記されてある。
「ふふ、あっという間に着いちゃったね。凄いねぇ」
「別に。つーか、迷う方が難しいし」
最初から最後まで素っ気ない態度の彼だったけど、なんだかんだでこの子が一番優しかったね。わざわざ連れて行ってくれたし。見た目で判断した自分が恥ずかしいよっ。あ、お礼言わなきゃね!
「あ、ありがとうっ。君は優しいねぇ……。どうしてこんなおじさんに優しくしてくれたのかな?」
すると不良くんは少し驚いたように目を開き、何故か舌打ちをして顔を逸らした。
「……知り合いのオッサンに、なんとなく似てた」
それだけ言って乱暴に髪を掻き乱し、僕と歩いていた時よりも更に速いペースで足を運んで去っていった。なんだかよくわからないけど格好良いねっ!
というわけで、僕は無事新しい職場に辿り着いた。今日からここに住み込みで働くんだ。基本はお掃除ばかりだけど、他にも色々やる事があるんだってさ。やりがいがあるよねっ!
僕は丸々太ったおじさんだけどね、炊事や掃除は得意なんだよ。少しでも学生さんたちの生活のサポートが出来たらいいなぁ。
「ふんふふんっ、ふふん」
僕は不格好なスキップをしながら、鼻歌交じりに寮の玄関へ足を踏み入れた。
──そしてこれは余談だけど、今回出会った六人の生徒さんたちは、みんな第二寮の生徒さんなんだってさ。まぁ僕がそれを知るのは、今から数時間後の話なんだけどねっ。
【完】
本当は道を尋ねたかったんだけど、この二人はちょっと怖いから他の子に訊いた方がいいよね。
というわけで僕は尻尾を巻いて小走りに逃げ出した。ボテンボテンと足が地面に着くたび、内臓脂肪と皮下脂肪に包まれた僕のお腹がブルンブルン揺れる。これで少し痩せたかな? なんちゃって。
でもさすがに疲れちゃったな。百メートルは走ったもんね。
一度後ろを振り返り、さっきの二人がいない事を確認して、僕は膝に手をついて息を整えた。
「ふぅ……ふぅ……はふぅ」
とはいえ、これからどうしよう。また振り出しだよぉ……。ん? 前方に人の気配がする……。まさかさっきの二人組!?
嫌な予感がして勢いよく顔を上げると、一人の男の子が紙パックのジュースを飲みながらこっちを見ていた。
先程の二人組じゃなくてホッとしたものの、今の僕は別の恐怖に襲われている。ほんの数メートル離れた所でジュースを飲んでいる男の子は、僕がこの世で一番怖いと思っている人種──いわゆる不良だったんだ。
彼は黒と金が混ざったような髪色をしていて、鋭い猫目で僕を見据えている。間違いなく人間なのに、なんだか虎みたいな子だなって思った。ついでに言うと僕はさしずめヌーってところかな。牛みたいな草食動物ね。捕食される側ね。うん、僕……カツアゲされちゃうかも。
「うぅぅー……」
情けない事に僕はその場に蹲ってしまった。どうしよう、今の所持金は千円しかない。少ないって怒鳴られて殴られちゃうよね。きっと痛いんだろうなぁ。
「おい」
「ひぃっ!」
頭上から声が降ってきて、僕はおずおず顔を上げた。見下ろしてくる不良くんの顔は陽射しが逆光していて、怖さが何倍にも増している。
「え、えっと、なんでしゅか?」
ああっ、こんなときに噛んじゃった! 不良くんはずーっと面白くなさそうな顔をしている。わかるよその気持ち、僕はどう見てもお金持ってるようには見えないもんね。
そうだよぉ、おじさんはただのおじさんだよぉ。今は千円しか持ってないよぉ。だから見逃してくれないかなぁ……って、彼はそんなつもりは無いみたいだね。わざわざ僕の目の前までやって来て、ご丁寧にしゃがんで目線を合わせてきた。
「アンタ熱中症か?」
「……へ?」
不良くんから放たれた言葉は予想外すぎて間抜けな声が出ちゃった。何も言わずにいる僕に対し、不良くんはますます眉を険しくさせる。
「違ぇのかよ。どっちだ、ハッキリ言えよ。わかんねぇだろが」
「あっ、はいっ、違います! 熱中症じゃなくて、えっと……これは疲れただけで……!」
「あ? ンだよそれ」
「えっと、実は僕──」
僕は不良くんに事情を説明した。この学園にはお仕事をしに来たこと、今は第二寮を探し回って困ってること。すると不良くんはサッと立ち上がって、僕に背を向けて歩き出した。そして何故か数歩進んだ所で振り返る。
「こっち」
不機嫌そうな声。だけど人差し指で進行方向を指して再び前を向いて歩いていった。もしかして着いてこいって言ってるのかな?
長い脚でスタスタ歩く不良くんの後ろを、僕は短い脚で一生懸命着いていく。いっそ転がった方が速いんじゃない? とは言わないでねっ!
「ここ」
不良くんは立ち止まり、顰めっ面のまま建物を指した。マンションみたいな建物が五棟、どれも同じデザインで、僕が連れてこられたのはその中の一棟だ。建物名を確認すると第二寮と記されてある。
「ふふ、あっという間に着いちゃったね。凄いねぇ」
「別に。つーか、迷う方が難しいし」
最初から最後まで素っ気ない態度の彼だったけど、なんだかんだでこの子が一番優しかったね。わざわざ連れて行ってくれたし。見た目で判断した自分が恥ずかしいよっ。あ、お礼言わなきゃね!
「あ、ありがとうっ。君は優しいねぇ……。どうしてこんなおじさんに優しくしてくれたのかな?」
すると不良くんは少し驚いたように目を開き、何故か舌打ちをして顔を逸らした。
「……知り合いのオッサンに、なんとなく似てた」
それだけ言って乱暴に髪を掻き乱し、僕と歩いていた時よりも更に速いペースで足を運んで去っていった。なんだかよくわからないけど格好良いねっ!
というわけで、僕は無事新しい職場に辿り着いた。今日からここに住み込みで働くんだ。基本はお掃除ばかりだけど、他にも色々やる事があるんだってさ。やりがいがあるよねっ!
僕は丸々太ったおじさんだけどね、炊事や掃除は得意なんだよ。少しでも学生さんたちの生活のサポートが出来たらいいなぁ。
「ふんふふんっ、ふふん」
僕は不格好なスキップをしながら、鼻歌交じりに寮の玄関へ足を踏み入れた。
──そしてこれは余談だけど、今回出会った六人の生徒さんたちは、みんな第二寮の生徒さんなんだってさ。まぁ僕がそれを知るのは、今から数時間後の話なんだけどねっ。
【完】