モブおじさんが東雲学園へお仕事に来たよっ!
「アンタ誰だ。見ねェ顔だから、ここの職員じゃあねぇよな? 何しに来た。こいつに何しようとしてた」
赤髪の彼は、長い睫毛に囲まれた目で僕を睨み、ジリジリと距離を置いて警戒心を剥き出しにしている。やましい事が無いなら答えられるよな? なんて眉間に皺を寄せて言われると、おじさんは臆病だから、かえって何も言えなくなっちゃうよ。
「ん?」
僕はピクリと顔を上げた。またどこからか足音が近付いてきたから。だけど今度は駆け足ではなく、落ち着いた印象の足音だ。先生が来たのかな? 音がする方へ視線を寄越すと、藤色の子や赤髪の子と同じ制服を着た短髪の男の子がいた。さっきまでお話してた二人よりも体格が大きいから、たぶんこの子は二人の先輩だろうねっ。
「こんにちは、何かお困りですか? こいつらが何かご迷惑でも?」
一見親しげに礼儀正しく接してくれるけど、彼の切れ長の目は、僕の出方を伺うように鋭く光っている。そして気が付けば、彼は藤色の子と赤髪の子の前に出ていた。明らかに後輩を守ろうとしてる行動だねっ。偉いよっ!
「御用なら自分が承りますよ。これでも、この学園には詳しい方なんでね」
短髪の子は笑みを絶やさずに毅然と言い放つ。その腕には風紀委員の腕章がされていた。なるほど、この子はそういう立場なんだね。彼は僕から目を離さないまま、携帯電話をポケットから取り出して操作してる。たぶん、いつでも通報できるようにしてるんだね。参っちゃうなぁ……僕そんなに怪しい?
さて、ここで藤色の子はというと、こんなピリピリした空気の中でもずーっと無表情だ。それどころか、こちらをじっと見つめながらパンを頬張っている。このマイペースなところ、昔飼ってた猫ちゃんにそっくりだよっ。あまりにも可愛かったから、僕は彼に向かって微笑みかけた。
「くふぅっ、焼きそばパン美味しそうだねっ」
すると藤色の子はパンを飲み込んで、のんびりお茶を飲んだ後、そっと口を開いた。
「謙也、たぶんその人は悪い人ではない」
今まで黙りこくっていた彼が、先輩らしき男の子にストップをかけた。そのまま澄んだ瞳を僕に──というよりは僕の肩辺りに向けて、唇を薄く開く。
「この人の肩に蝶がとまっている」
言われて僕は自分の左肩を見た。確かにそこには綺麗な羽をしたアゲハ蝶が休んでいる。
「デュフッ、おじさんはねぇ、昔から虫には好かれるんだぁ」
謎の特技だネッ。特技と言っていいのか疑問だけど。
でも、藤色くんの言葉で事態はガラリと変わった。短髪の子──謙也くんって言うのかな? 彼の無言の圧力が明らかに弱まったし、赤髪の子もリラックスした立ち姿に変わり、すっかり警戒心を解いたみたいだ。まさに鶴の一声だねっ。
ようやく冷静に話ができるようになったから、僕はもう一度寮への行き方を尋ねてみた。もちろん、お仕事で来たんだよって説明したよ。そうすると、短髪の謙也くんって子は親切に教えてくれた。
僕を怪しんだ事も謝罪してくれたけど、彼は風紀委員として、そして先輩としてやるべき事をやったんじゃないかな? おじさんは気にしてないよぉ。んふふふっ。
──さて、あの三人と別れた僕は、教えてもらったとおりに寮へ向かっていた。テニスコートを越えた先にあるらしいんだけど、肝心のテニスコートが見えてこない。もしかして、また迷っちゃった?
どうしようかな、なんて周りをキョロキョロ見渡していると、仲睦まじくくっ付いている二人の男の子がいた。なるほど……愛には色んな形があるんだねっ。
邪魔しちゃいけないのは重々承知してるけど、あの二人に道を訊いてみようかな。
一人は小柄で栗色の髪をふわふわさせてる柔らかい印象の子。そしてもう一人は、太陽みたいに眩しい笑顔が素敵な金髪くん。彼らは顔を寄せあって、一つの携帯電話の画面を見ながら楽しそうにお話ししてる。そこへ僕はそろりそろりと近付いた。突然現れて驚かせたくないからね。
「あ、あのぅ……ふふっ、ちょっと……いいかな……君たち、仲良しさんなの? かわいいねぇ……ハァハァ、おじさんも混ざっていいかなぁ?」
また軽い世間話から始めた。僕は怪しい人物じゃないよっていうアピールのつもりだったんだけど、小柄な栗毛の子は金髪くんにギュッとしがみついた。
「なにこの人ー、こわーい。ハルくん、俺を守ってぇー」
わざとらしいくらい甘い声。言ってることとは裏腹に、表情はさほど怖がってない……というかむしろ楽しんでるように見えるのは気のせいかなっ。
栗毛の子にハルくんと呼ばれた金髪くんは、僕を見るなり何故か人懐っこそうな笑顔をキラキラさせて──
「うっわ、ヤバ! ガチの不審者じゃん!」
と、吐き捨ててから携帯電話を操作しはじめた。たぶんまた通報されそうになってるよね、僕。うーん……どうしていつもこうなるのかなぁ?
だけど僕はこんな事ではへこたれないよっ! きっとこの子達は知らない人を前にして、人見知りしてるだけなんだ。だから僕は精一杯の笑顔を向けた。
「ふふっ、おじさんはねぇ……全然怪しくないよぉ。この学園にはね、お仕事で来たんだぁ。ほら、証拠にこの書類。ね、大丈夫、怖くないよぉー」
「え、マジやば。なにこのオジサン。ウケるんですけど。や……あんまウケねぇわ」
あれれぇ? 金髪くんの笑顔が少し引きつってる気がする。そしてどさくさ紛れに携帯のカメラを向けられて、シャッター音が鳴った。
え……僕、今撮られちゃったの? 撮るなら撮るって言ってほしかったなぁ……今の僕ちょっと変な顔してたと思うし。
これを金髪くんに言うと、彼は目を丸くして「そっち!?」と、驚いたような声を上げた。
「オジサンやっぱウケるわー! とりま、ここで変な事したらこの写真アップして拡散するからヨロシクー。あ、顔はスタンプで隠すから」
えっ、何この子怖い! 無邪気な笑顔で恐ろしい事を言ってるよ……最近の若い子は色んな機能を使いこなせて凄いなぁ。
ん……? 突然バイブの振動が僕のお尻を震わせてる……。ズボンの尻ポケットに入れていた僕の携帯が鳴っちゃったんだね。
「も、もしもし?」
「あ、繋がったー。ということは、この書類に書かれている連絡先は本物って事ですね」
間近で聞こえた穏やかな声。僕は咄嗟に顔を上げて、栗毛の子が目を細める瞬間を見た。
「──だとするなら、一緒に記載されている名前、生年月日、その他諸々の個人情報も本物って事ですね。オーケー、ぜーんぶ覚えました。だって俺……おじさんとオトモダチになりたいなぁって思っちゃったから。俺、この学園に関わる全ての人とオトモダチなんですよぉー」
上目遣いでうるうる見つめてくる。可愛い……。だけどこれ、遠回しに脅されてるよね? 僕が何かしたら真っ先にこの子の耳に届いて、偉い人にもすぐ伝わっちゃうって事だよね……。
まぁ僕、何も悪い事しないから大丈夫……だよねっ?
赤髪の彼は、長い睫毛に囲まれた目で僕を睨み、ジリジリと距離を置いて警戒心を剥き出しにしている。やましい事が無いなら答えられるよな? なんて眉間に皺を寄せて言われると、おじさんは臆病だから、かえって何も言えなくなっちゃうよ。
「ん?」
僕はピクリと顔を上げた。またどこからか足音が近付いてきたから。だけど今度は駆け足ではなく、落ち着いた印象の足音だ。先生が来たのかな? 音がする方へ視線を寄越すと、藤色の子や赤髪の子と同じ制服を着た短髪の男の子がいた。さっきまでお話してた二人よりも体格が大きいから、たぶんこの子は二人の先輩だろうねっ。
「こんにちは、何かお困りですか? こいつらが何かご迷惑でも?」
一見親しげに礼儀正しく接してくれるけど、彼の切れ長の目は、僕の出方を伺うように鋭く光っている。そして気が付けば、彼は藤色の子と赤髪の子の前に出ていた。明らかに後輩を守ろうとしてる行動だねっ。偉いよっ!
「御用なら自分が承りますよ。これでも、この学園には詳しい方なんでね」
短髪の子は笑みを絶やさずに毅然と言い放つ。その腕には風紀委員の腕章がされていた。なるほど、この子はそういう立場なんだね。彼は僕から目を離さないまま、携帯電話をポケットから取り出して操作してる。たぶん、いつでも通報できるようにしてるんだね。参っちゃうなぁ……僕そんなに怪しい?
さて、ここで藤色の子はというと、こんなピリピリした空気の中でもずーっと無表情だ。それどころか、こちらをじっと見つめながらパンを頬張っている。このマイペースなところ、昔飼ってた猫ちゃんにそっくりだよっ。あまりにも可愛かったから、僕は彼に向かって微笑みかけた。
「くふぅっ、焼きそばパン美味しそうだねっ」
すると藤色の子はパンを飲み込んで、のんびりお茶を飲んだ後、そっと口を開いた。
「謙也、たぶんその人は悪い人ではない」
今まで黙りこくっていた彼が、先輩らしき男の子にストップをかけた。そのまま澄んだ瞳を僕に──というよりは僕の肩辺りに向けて、唇を薄く開く。
「この人の肩に蝶がとまっている」
言われて僕は自分の左肩を見た。確かにそこには綺麗な羽をしたアゲハ蝶が休んでいる。
「デュフッ、おじさんはねぇ、昔から虫には好かれるんだぁ」
謎の特技だネッ。特技と言っていいのか疑問だけど。
でも、藤色くんの言葉で事態はガラリと変わった。短髪の子──謙也くんって言うのかな? 彼の無言の圧力が明らかに弱まったし、赤髪の子もリラックスした立ち姿に変わり、すっかり警戒心を解いたみたいだ。まさに鶴の一声だねっ。
ようやく冷静に話ができるようになったから、僕はもう一度寮への行き方を尋ねてみた。もちろん、お仕事で来たんだよって説明したよ。そうすると、短髪の謙也くんって子は親切に教えてくれた。
僕を怪しんだ事も謝罪してくれたけど、彼は風紀委員として、そして先輩としてやるべき事をやったんじゃないかな? おじさんは気にしてないよぉ。んふふふっ。
──さて、あの三人と別れた僕は、教えてもらったとおりに寮へ向かっていた。テニスコートを越えた先にあるらしいんだけど、肝心のテニスコートが見えてこない。もしかして、また迷っちゃった?
どうしようかな、なんて周りをキョロキョロ見渡していると、仲睦まじくくっ付いている二人の男の子がいた。なるほど……愛には色んな形があるんだねっ。
邪魔しちゃいけないのは重々承知してるけど、あの二人に道を訊いてみようかな。
一人は小柄で栗色の髪をふわふわさせてる柔らかい印象の子。そしてもう一人は、太陽みたいに眩しい笑顔が素敵な金髪くん。彼らは顔を寄せあって、一つの携帯電話の画面を見ながら楽しそうにお話ししてる。そこへ僕はそろりそろりと近付いた。突然現れて驚かせたくないからね。
「あ、あのぅ……ふふっ、ちょっと……いいかな……君たち、仲良しさんなの? かわいいねぇ……ハァハァ、おじさんも混ざっていいかなぁ?」
また軽い世間話から始めた。僕は怪しい人物じゃないよっていうアピールのつもりだったんだけど、小柄な栗毛の子は金髪くんにギュッとしがみついた。
「なにこの人ー、こわーい。ハルくん、俺を守ってぇー」
わざとらしいくらい甘い声。言ってることとは裏腹に、表情はさほど怖がってない……というかむしろ楽しんでるように見えるのは気のせいかなっ。
栗毛の子にハルくんと呼ばれた金髪くんは、僕を見るなり何故か人懐っこそうな笑顔をキラキラさせて──
「うっわ、ヤバ! ガチの不審者じゃん!」
と、吐き捨ててから携帯電話を操作しはじめた。たぶんまた通報されそうになってるよね、僕。うーん……どうしていつもこうなるのかなぁ?
だけど僕はこんな事ではへこたれないよっ! きっとこの子達は知らない人を前にして、人見知りしてるだけなんだ。だから僕は精一杯の笑顔を向けた。
「ふふっ、おじさんはねぇ……全然怪しくないよぉ。この学園にはね、お仕事で来たんだぁ。ほら、証拠にこの書類。ね、大丈夫、怖くないよぉー」
「え、マジやば。なにこのオジサン。ウケるんですけど。や……あんまウケねぇわ」
あれれぇ? 金髪くんの笑顔が少し引きつってる気がする。そしてどさくさ紛れに携帯のカメラを向けられて、シャッター音が鳴った。
え……僕、今撮られちゃったの? 撮るなら撮るって言ってほしかったなぁ……今の僕ちょっと変な顔してたと思うし。
これを金髪くんに言うと、彼は目を丸くして「そっち!?」と、驚いたような声を上げた。
「オジサンやっぱウケるわー! とりま、ここで変な事したらこの写真アップして拡散するからヨロシクー。あ、顔はスタンプで隠すから」
えっ、何この子怖い! 無邪気な笑顔で恐ろしい事を言ってるよ……最近の若い子は色んな機能を使いこなせて凄いなぁ。
ん……? 突然バイブの振動が僕のお尻を震わせてる……。ズボンの尻ポケットに入れていた僕の携帯が鳴っちゃったんだね。
「も、もしもし?」
「あ、繋がったー。ということは、この書類に書かれている連絡先は本物って事ですね」
間近で聞こえた穏やかな声。僕は咄嗟に顔を上げて、栗毛の子が目を細める瞬間を見た。
「──だとするなら、一緒に記載されている名前、生年月日、その他諸々の個人情報も本物って事ですね。オーケー、ぜーんぶ覚えました。だって俺……おじさんとオトモダチになりたいなぁって思っちゃったから。俺、この学園に関わる全ての人とオトモダチなんですよぉー」
上目遣いでうるうる見つめてくる。可愛い……。だけどこれ、遠回しに脅されてるよね? 僕が何かしたら真っ先にこの子の耳に届いて、偉い人にもすぐ伝わっちゃうって事だよね……。
まぁ僕、何も悪い事しないから大丈夫……だよねっ?