不良が育てたプチトマト+α(望の一人称視点)
「望さん」
それはとある夏の休日だった。朝の心地良い風にのんびり当たっていると、不意に背後から呼び止められた。この声は天野くんだ。
「なぁに?」
振り返った先にはやっぱり天野くん。白いコンビニ袋を持ってソワソワしているみたいだけど、その中には何が入っているのかな?
「こ、これやるよ」
ずいっとぶっきらぼうに袋を渡されたので中身を確認してみると、新鮮な夏野菜が少しずつ入っていた。園芸部で採れたものかな? 天野くんが担当してるプチトマトが多く入っているから、そう考えるのが自然だよね。
とまあ簡単に推理してみたけれど、天野くんを立てる為に一芝居うちますか。さもびっくりしたような顔と声を作って──
「わぁ、凄く綺麗な野菜……! これどうしたの?」
「……別に凄かねぇよ、園芸部で今朝採れたモンを少し貰っただけだし」
「えーっ凄いよー! 野菜育てるのって素敵だと思うなぁ」
「そ、そうかよ……」
ほら照れてる照れてる。わかりやすく頬染めちゃって可愛いなぁ。天野くんは俺より背が高くて力も強いけれど、こういう一面を見ると年下なんだなって再認識するよ。
風紀委員からは獰猛な虎のようだと言われている反面、担当野菜がプチトマトっていうのも可愛いよね。
「朝採れの新鮮野菜をこんなに沢山ありがとう
! すっごく嬉しいよ。特にこのプチトマト……凄く綺麗でツヤツヤしてて美味しそう」
「そ、そっか……」
天野くんの口元が緩んでいる。園芸部に入ったのは不本意だったとしても、頑張って育てた野菜を褒められて嬉しくないはずないんだよね。
「この子たちはまた料理して食べさせてもらうね。よかったら天野くんも一緒に食べよ?」
「いいんすか?」
「勿論! 美味しく作ってご馳走するよ」
そう言ってさっそくお昼ご飯に寮の調理場でお昼ご飯を作った。休日でよかったね。だけどここで一つ問題が……。実は俺、茄子が苦手で本来なら絶対に口にしたくないんだよね。でも今回天野くんが持ってきたものの中には茄子がいた。
せめて美味しく料理して天野くんに全部食べてもらおうと思ったのに、彼は俺にも茄子を食べてほしいみたいで熱い眼差しを向けてくる。茄子処理係として天野くんを誘ったのにこれじゃあ逆効果だよ!
「えーっと、天野くん……そんなに見つめられると恥ずかしいなぁ」
どうしようどうしよう……今更茄子が苦手なんて言えないし、ここは食べるしかないのかな……。
「望さんが作った茄子のみぞれ煮美味いっす」
「そ、そう……ありがとう」
ああもう! そんなキラキラした目を向けないでよ。食べろって事だよね、自分が食べて美味しかったものを共有したいんだよね、悪気なんて一切無いんだよね。わかる、わかるよ。でもね、俺は茄子が苦手なんだよー!
──って言えたらなぁ……。どうにか天野くんを傷付けずに上手く回避出来る方法は無いかと考えてみたけれど、これといった良策は思い浮かばない。
「望さん? どうかしたかよ?」
とうとう天野くんの声のトーンが少し落ちた。眉を寄せてお箸をぎゅっと握っている。
はいはい、わかったよ。わかりましたよ。食べればいいんでしょ! こうなったらヤケだ。
「う、ううん。なんでもない。いただきまーす!」
悟られないように丁寧に口へ運んでゆっくり咀嚼する。いつもみたいに。
できるなら絶対に食べたくなかった。日常生活では人に譲ったりして上手く避けてた。けれど今はこうしてニコニコと味わっている。嚥下した後もすぐに水を飲まないように耐えた俺はお兄さんの鑑だよね。
「ん……美味しい、さすが園芸部の野菜だね」
ふわりと笑ってみせれば天野くんを纏う空気が少し柔らかくなった。
「望さんが美味く作ったから……すよ」
「へへ、ありがとう」
そっと口直しに食べたプチトマトは瑞々しくてほんのり甘い。素直に「美味しい」と言えば、天野くんは少しだけ照れたように目を逸らした。唇をきゅっと結んで、意味も無く金色の頭を掻いている。
照れ屋さんな天野くんはあまり笑わない。だから僅かな情報で感情を読み取るしかないんだけど、これがまた実にわかりやすい。きっと心が踊っているはずだよ。
「ささ、どんどん食べちゃお! みぞれ煮の残りは全部天野くんにあげるね」
「いいんすか?」
「勿論だよー。作ったものを褒められて嬉しいのは俺も同じだからね」
本音半分、打算半分。だけど何も知らない天野くんは目を輝かせて「あざす」と短いお礼を言ってから迷わずお箸を進める。
人の気も知らないで手放しに喜ぶ姿はやっぱり可愛くて、不良だとか虎だとか比喩される彼が子猫ちゃんに見えてしまう。きっと俺が茄子を拒否していたらこんな顔は見せてくれなかっただろうね。
ああ、頑張って茄子を食べてよかったなぁ……なんて思いながら俺はまたプチトマトを口に含んだ。
【完】
それはとある夏の休日だった。朝の心地良い風にのんびり当たっていると、不意に背後から呼び止められた。この声は天野くんだ。
「なぁに?」
振り返った先にはやっぱり天野くん。白いコンビニ袋を持ってソワソワしているみたいだけど、その中には何が入っているのかな?
「こ、これやるよ」
ずいっとぶっきらぼうに袋を渡されたので中身を確認してみると、新鮮な夏野菜が少しずつ入っていた。園芸部で採れたものかな? 天野くんが担当してるプチトマトが多く入っているから、そう考えるのが自然だよね。
とまあ簡単に推理してみたけれど、天野くんを立てる為に一芝居うちますか。さもびっくりしたような顔と声を作って──
「わぁ、凄く綺麗な野菜……! これどうしたの?」
「……別に凄かねぇよ、園芸部で今朝採れたモンを少し貰っただけだし」
「えーっ凄いよー! 野菜育てるのって素敵だと思うなぁ」
「そ、そうかよ……」
ほら照れてる照れてる。わかりやすく頬染めちゃって可愛いなぁ。天野くんは俺より背が高くて力も強いけれど、こういう一面を見ると年下なんだなって再認識するよ。
風紀委員からは獰猛な虎のようだと言われている反面、担当野菜がプチトマトっていうのも可愛いよね。
「朝採れの新鮮野菜をこんなに沢山ありがとう
! すっごく嬉しいよ。特にこのプチトマト……凄く綺麗でツヤツヤしてて美味しそう」
「そ、そっか……」
天野くんの口元が緩んでいる。園芸部に入ったのは不本意だったとしても、頑張って育てた野菜を褒められて嬉しくないはずないんだよね。
「この子たちはまた料理して食べさせてもらうね。よかったら天野くんも一緒に食べよ?」
「いいんすか?」
「勿論! 美味しく作ってご馳走するよ」
そう言ってさっそくお昼ご飯に寮の調理場でお昼ご飯を作った。休日でよかったね。だけどここで一つ問題が……。実は俺、茄子が苦手で本来なら絶対に口にしたくないんだよね。でも今回天野くんが持ってきたものの中には茄子がいた。
せめて美味しく料理して天野くんに全部食べてもらおうと思ったのに、彼は俺にも茄子を食べてほしいみたいで熱い眼差しを向けてくる。茄子処理係として天野くんを誘ったのにこれじゃあ逆効果だよ!
「えーっと、天野くん……そんなに見つめられると恥ずかしいなぁ」
どうしようどうしよう……今更茄子が苦手なんて言えないし、ここは食べるしかないのかな……。
「望さんが作った茄子のみぞれ煮美味いっす」
「そ、そう……ありがとう」
ああもう! そんなキラキラした目を向けないでよ。食べろって事だよね、自分が食べて美味しかったものを共有したいんだよね、悪気なんて一切無いんだよね。わかる、わかるよ。でもね、俺は茄子が苦手なんだよー!
──って言えたらなぁ……。どうにか天野くんを傷付けずに上手く回避出来る方法は無いかと考えてみたけれど、これといった良策は思い浮かばない。
「望さん? どうかしたかよ?」
とうとう天野くんの声のトーンが少し落ちた。眉を寄せてお箸をぎゅっと握っている。
はいはい、わかったよ。わかりましたよ。食べればいいんでしょ! こうなったらヤケだ。
「う、ううん。なんでもない。いただきまーす!」
悟られないように丁寧に口へ運んでゆっくり咀嚼する。いつもみたいに。
できるなら絶対に食べたくなかった。日常生活では人に譲ったりして上手く避けてた。けれど今はこうしてニコニコと味わっている。嚥下した後もすぐに水を飲まないように耐えた俺はお兄さんの鑑だよね。
「ん……美味しい、さすが園芸部の野菜だね」
ふわりと笑ってみせれば天野くんを纏う空気が少し柔らかくなった。
「望さんが美味く作ったから……すよ」
「へへ、ありがとう」
そっと口直しに食べたプチトマトは瑞々しくてほんのり甘い。素直に「美味しい」と言えば、天野くんは少しだけ照れたように目を逸らした。唇をきゅっと結んで、意味も無く金色の頭を掻いている。
照れ屋さんな天野くんはあまり笑わない。だから僅かな情報で感情を読み取るしかないんだけど、これがまた実にわかりやすい。きっと心が踊っているはずだよ。
「ささ、どんどん食べちゃお! みぞれ煮の残りは全部天野くんにあげるね」
「いいんすか?」
「勿論だよー。作ったものを褒められて嬉しいのは俺も同じだからね」
本音半分、打算半分。だけど何も知らない天野くんは目を輝かせて「あざす」と短いお礼を言ってから迷わずお箸を進める。
人の気も知らないで手放しに喜ぶ姿はやっぱり可愛くて、不良だとか虎だとか比喩される彼が子猫ちゃんに見えてしまう。きっと俺が茄子を拒否していたらこんな顔は見せてくれなかっただろうね。
ああ、頑張って茄子を食べてよかったなぁ……なんて思いながら俺はまたプチトマトを口に含んだ。
【完】