東雲学園 生徒会

「咲夜この野郎……また後で俺が風紀に謝りに行かなきゃなんねぇじゃんー」

「きっぺー、大丈夫……俺も行く。さっくーも悪気は無い……いつものこと」

 項垂れる桔平とそれを慰める透を不憫に思いながらも、歩はそっと笑みを含めて咲夜にもコーヒーを淹れて持っていく。

「ありがとう、歩くん」

「いえ……どういたしまして、会長」

 品のいい微笑みに思わず胸が高鳴る。色素が薄くサラサラした髪、カップに触れる白くて長い指、モデル顔負けのスラリとした手足……すました顔をしている彼はどこまでも美しく、同じ男なのについ見惚れてしまう。
 桜色の薄い唇がコーヒーに口付ける瞬間を見届けたくて、じっとその場から動かずにいると背後から要にたしなめられた。見すぎ、と。

「わかりやすいくらい隙だらけですよ歩くん。フワフワしていると本当に足元すくわれますからね、僕に」

「小豆くん……あはは、ごめんね」

 ツンケンした彼の言葉はいつも的を射ているので言い返せない。口では勝てないと悟っているから歩はいつも笑って流すのだが、なぜだかそれが要の癪に障るらしい。

「君はいつもいつもそうやって……どうせ僕を格下だと侮っているんでしょう、眼中にないと腹の中では嘲笑っているのでしょう」

「そ、そんなことないよ……」

 要はなにかにつけ歩に対抗心を燃やしてくる。けれど歩としては生徒会で唯一同じ二年生の要とは仲良くしていきたい。きっとこれから先、お互いに会長や副会長になって支え合う関係になるだろうから。
 なのに、上手くいかない。世渡り上手で人付き合いが巧みな兄のようにはできない──歩はそっと俯き、柿色の瞳が潤んで視界が滲む。

「そんなこと……ないよ」

 どうして勘違いさせてしまうのだろう。自分の何がいけなかったのだろう……。卑屈で泣き虫な性格は子供の頃のまま、二年生副会長と持ち上げられても中身はちっとも成長していないのではと感じて、心細さと申し訳なさに唇を噛んだ。

「──はっ! そうだ! 忘れていたよ、僕がここに来たもう一つの理由を!」

 突如机をバァンと叩いて立ち上がった咲夜は軽やかなステップで足を運び、歩と要の間に入って肩を抱いた。

「諸君、今一度数奇な運命の巡り合わせに感謝しよう! 今こうして我々が偶然同じ場所に立っているという奇跡に! それだけではない、我が生徒会はこの通り有能な人材ばかり! 特に二年生役員の働きぶりは実に見事だった! お陰で僕も楽が出来たというものだよ!」

 得意顔な咲夜に対し、桔平は疲れた表情を向ける。

「そうだな、お前はもう少し真面目に働いてほしかったけどな……」

「そこでだ!!」

「おいコラ聞け!」

 桔平の厳しいツッコミを華麗にスルーした咲夜は人差し指をビシィッと突き立てる。

「今からこのメンバーで焼肉へ行こう! 俗に言う打ち上げだ! あぁ大丈夫心配いらない、僕の奢りだからね! 何せ僕は! この東雲学園の! 理事長の妾の息子だからねっ! 日頃から貰うものは貰っているのだよ! はっはっは!」

「はっはっはじゃねぇ! それはトップシークレットだろうが! そんな馬鹿でかい声で堂々と言うもんじゃねぇだろ馬鹿咲夜!」

 とうとう桔平は書類の束を丸めて咲夜の頭を勢いよく引っぱたいた。けれど東雲学園が誇る生徒会長がこんなもので怯むはずがなく、サッと髪を人撫でして声高に笑うだけ。
 歩と要の肩を抱いたまま少々強引にズカズカと扉へ向かう。

「さぁ歩くん要くん、共に参ろう! 君達は生徒会入りしてまだ日が浅い、時にはぶつかることもあるだろう。だがしかし! 同じ網の肉をつつけば心の距離は縮まり、いつかは分かり合える!」

「会長……」

 間近で堂々と胸を張る綺麗な横顔を歩はじっと見つめた。色々と突拍子もない事ばかり言っているように思えるけれど、その芝居じみた言葉の節々から年上の優しさが垣間見えたのだ。

 もしかすると歩と要が仲良くなるための架け橋となってくれたのでは……そう思えてならない。

「はっはっは! 二人とも、今日はその小さな体と豊かな心に肉と米と友情と先輩達からの愛をたっぷりと詰め込みたまえ!」

「はい、会長!」

「……ご馳走になります」

 歩は満面の笑みで応え、要は静かに会釈した。

 咲夜の振る舞いはあくまでも普段通りで、周りを巻き込むマイペースなところも、人の話をあまり聞かない強引なところもいつもと変わらない。だからこそ、生徒会長の座に君臨する王の貫録を見せつけられた。

 “いつも通り”の強すぎる流れに乗せられるうちに、いつの間にか道を軌道修正される。彼はそれをごく自然にやってのけるので大半の者は知らぬ間にその背を追いかけている。
 まさに全ての生徒を統べる者……それこそが東雲学園の生徒会長、桜小路咲夜なのだ。

「きっぺー……行こう、さっくーの奢り……食べなきゃ損」

「わかってるよ透。ったく……結局最後は一番美味しいとこ持ってくんだよなぁ、うちの会長サマは」

「でもそれで二年生が……皆が仲良くなれば、おれも嬉しい」

「それは同感」

 後ろからのんびりした足取りの透と、やれやれと首を振る桔平もついてきて、生徒会室の明かりを消した。


【完】
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