東雲学園 生徒会

 四月某日、東雲学園の生徒会室は非常にだらけた空気で満たされていた。春の暖かい陽射しが届く室内で、机に突っ伏している者もいればソファに寝転がっている者もいる。

「皆さん、本当にお疲れ様でした」

 二年生にして副会長の柿原歩かきはらあゆむは、栗色のふんわりした髪と同じように柔らかく微笑み、彼らに労いの言葉を送る。

「三月に卒業生絡みの諸々が終わったと思えば寮部屋の引っ越し。四月に入れば新入生に校舎や寮を案内したり、入学式の準備、新入生歓迎会と称したバーベキュー大会とイベント盛り沢山でしたからね。疲れるのも無理ないです」

 言いながらコーヒーを淹れて丁寧に配っていくが、ほとんど誰も反応しない。唯一顔を上げてくれたのは庶務の灰谷桔平はいたにきっぺいだ。

「サンキュ歩。しっかしお前の働きには驚いたよ、さすがは二年生副会長。お疲れ様!」

「灰谷さん……いえ、そんな……ありがとうございます」

 歩が頬をゆるめると桔平は素朴な笑みを返してくれた。外見も学力も並程度の彼だが、くせ者揃いの生徒会では縁の下の力持ち的な役割を担っている人物で、年長者らしい面倒見の良さも持ちあわせている。
 コーヒーに角砂糖を一つ落としてかき混ぜる桔平を眺めていると、彼の隣の席で項垂れていた小柄な少年がむくりと起き上がった。

「あ、おはよう小豆あずきくん。コーヒーを淹れたから飲んで」

「……」

 彼は小豆要あずきかなめ。目尻のつり上がった大きな目と小柄な体が特徴的な彼は、歩が声を掛けてもただ睨むだけ。
 幼げな顔つきは中学生と見間違われることもあるが、これでも歩と同じ高校二年生であり、生徒会の会計をそつなくこなす才覚の持ち主だ。

「随分余裕ですね、歩くん。ずっと駆けずり回っていたのは君も一緒でしょう」

 つかつかと足音を鳴らして向かってくる要は歩のすぐ手前で止まる。その気迫に圧された歩が怯んだ瞬間、要によって胸を軽く押されて尻もちをつくように椅子に座らされた。

「いっ……! 小豆くん、何を……」

「言っておきますけど僕はちっとも力を入れていませんよ。この程度でふらつく体で呑気に笑ってコーヒーを淹れてる間抜けな君が悪いんです。自分の体調も管理できない人間が副会長なんて、先が思いやられますよ……まったく」

 真ん中に分けた前髪をすっと耳にかけて溜め息をつく要を見上げると急に身体が重くなった。情けない話だが、指摘されてようやく自身の疲れに気付いたのだ。

「ごめんね、小豆くん……」

「ふん!」

 呆れたように見下ろしてくる要に苦笑するしかできない歩の耳に小さな笑い声が届いた。

「ははっ、心配だから休んでほしいって素直に言えばいいのに、要の天邪鬼は相変わらずだなぁ」

 ケラケラ笑ったのは桔平だ。それを受けた要の肩が大きく跳ねて、ただでさえ大きな目が更に大きく見開かれた。心做しか、柔らかそうな猫毛の髪が逆立っているようにも見える。

「っ! 灰谷先輩やめてください、そんな意図で発言したつもりは毛頭ありません!」

「はいはい」

「本当ですから! 適当にあしらわないで真剣に聞いてください! 歩くんも! 油断していたら僕がすぐに追い抜きますからね、次のテストで一位になるのは僕です!」

 興奮しているのか顔を赤くしてフーフー息を荒くする要。するとその背後に大きな人影がゆらりと現れて、要の口にクッキーが入れられた。

「むぐっ!?」

「……かなちゃん、イライラしてる。甘い物食べて落ち着いて……」

 低く落ち着いた声でボソボソ喋る長身の青年──書記の三年生、白川透しらかわとおるだ。先程までソファで寝ていたのだが、この騒ぎで起きてしまったらしい。
 彼は眠るのが趣味らしく、長い前髪からのぞく切れ長の目はいつも眠たげに伏せられている。

「……っ、白川先輩っ! いきなり人の口に食べ物を突っ込まないでください! 窒息したらどうするんですか!」

「まだ、イライラしてる……もっといる? クッキー……」

「いりません!!」

 透の外見は生徒会役員にしては派手な方だ。名前の通り透き通るような銀髪で、制服は淫らに着崩してアクセサリーまでつけている。この見た目のせいか常に謎の威圧感を放っていて、初対面では歩も要も彼を前にすると緊張していたものだ。

「あゆくんも食べよう、疲れてる時に食べるクッキー……美味しいよ」

「はい、いただきます。白川さん」

 しかし今ではこのとおり。透の温厚でのんびりした性格に触れて恐怖心はすっかり無くなった。
 一同は自分の席につき、透から貰ったクッキーを食べてコーヒーを飲んでホッと一息。優雅な昼下がりだ。

「ところで会長はまだ来られないのですか?」

 カチャリとカップを置いた要が問うと桔平は目を閉じて、コーヒーの香りを堪能するようにうっとりと首を横に振る。

「いいんだよ、あんな問題児が来たら一気にうるさくなる。どこをほっつき歩いてるのか知らないけど平和が一番だ」

「あはは……」

 酷い言い草だが誰もフォローしないどころか歩ですら困った笑みを浮かべてしまう。でも仕方ない、あんな会長だから──と、声に出さずとも全員の気持ちが一つになった気がする。

……が、その時、静寂を打ち破るようにして生徒会室のドアが派手な音を立てて大きく開かれた。

「諸君! 遅くなってすまなかった。何処からか呼ばれた気がしてこの僕が! 桜小路咲夜さくらこうじさくやが! 遠路はるばる参上つかまつったよ!」

 登場するなりテンションマックスで腹から声を出す見目麗しい少年こそが、東雲学園の生徒を代表する生徒会長、桜小路咲夜である。

「うわ出た……」

 ボソリと呟いた桔平の顔色は数十秒前とは比べ物にならないほど青くゲンナリしていた。

「あのなぁ咲夜、毎度毎度ドアを壊す勢いで開けるのやめろマジで。あと頼むからもう少し静かに出てこいよ……。あと遠路はるばるって、一体どこ行ってたんだお前は」

「なぁに、風紀室でお茶を頂いていたところだよ! お土産に煎餅を貰ってきたから皆で食べよう!」

「めちゃめちゃ近くじゃねぇか! 同じフロアだし! 煎餅いらねぇ! どうせまた遊びに行って邪魔した挙句、やかましすぎて追い出されたんだろ!」

 血管が切れるのではないかと心配になるほど全力で叫び散らかす桔平だが、咲夜は鼻歌混じりに涼しい顔をしている。
 彼は気品溢れる香水を薫らせながら闊歩し、ハーフアップに結んだ髪を揺らして、皆を見渡せる位置の席に座った。
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