喫茶とらのぞ
落ち着いた雰囲気の喫茶店、珈琲豆の香りが漂う店内で秀虎は一人、ホットココアにそっと口をつけた。
もう何度も味わったその味は甘過ぎず、ほんのり苦味の余韻が残る。苦いものはあまり得意ではない秀虎だが、今だけはそれもちょうどいいと思った。
「いらっしゃいませ」
ふわり、店に馴染む穏やかな声にふと顔を上げる。少し離れたカウンター席で柔らかな笑顔を客に向ける店員を隅の席からじっと見つめた。
静かで無駄のない動作、いつ見ても変わらない優しげな微笑み、一つ結びされた栗色の癖毛、何もかもが秀虎の胸をざわつかせる。
清潔感のあるシャツの左胸に“柿原望”のネームプレートをつけたその店員を見る度に、ほろ苦いココアの味を思い出してまた一口。
ガラス窓に反射して自身の横顔が映る。金髪に鋭い目付き──上品なこの店では場違いな存在だとわかっていても足げく通うのは、店員の望を一目見るため。ただそれだけで秀虎は連日ココアを注文するのだ。
【完】
もう何度も味わったその味は甘過ぎず、ほんのり苦味の余韻が残る。苦いものはあまり得意ではない秀虎だが、今だけはそれもちょうどいいと思った。
「いらっしゃいませ」
ふわり、店に馴染む穏やかな声にふと顔を上げる。少し離れたカウンター席で柔らかな笑顔を客に向ける店員を隅の席からじっと見つめた。
静かで無駄のない動作、いつ見ても変わらない優しげな微笑み、一つ結びされた栗色の癖毛、何もかもが秀虎の胸をざわつかせる。
清潔感のあるシャツの左胸に“柿原望”のネームプレートをつけたその店員を見る度に、ほろ苦いココアの味を思い出してまた一口。
ガラス窓に反射して自身の横顔が映る。金髪に鋭い目付き──上品なこの店では場違いな存在だとわかっていても足げく通うのは、店員の望を一目見るため。ただそれだけで秀虎は連日ココアを注文するのだ。
【完】