魔導師は肉弾戦がお好き
魔導師の隼人が大きな魔方陣を掲げて強大な魔力の塊を晴天目掛けて打ち込むと、空にはたちまち厚い雲が現れ、辺りは光の届かない暗闇に変わる。
これは物凄い大魔法に違いない。同じ魔導師である望は息を飲む。
ひとつ、ふたつと落ちる水の粒が豪雨になるのは一瞬だった。
おびただしい魔力で生まれた雨が敵を濡らす、隼人を濡らす、背後で見守る味方を濡らす。
絶えず地面に叩きつけられる水の音を“雨音”と呼ぶには、それは激しすぎた。
隼人が天に掲げた腕を降ろすと敵は身構え、望たちも緊張した面持ちで拳を握る。
くる──!
きっと誰もがそう思い、瞬きと呼吸を止めただろう。
……しかし、一拍置いても何も起こらない。何かあるとするならば、視界と聴覚が荒々しい雨で乱されているという事だけ。
「え……これだけ?」
思わず望が呟いた。愚問だとわかっていても問いかけずにはいられなかった。
「つ、続きがあるんだよね? すっごい威力の大魔法が放たれるんだよね?」
愚問だとわかっていた……いや、信じていた。隼人が頷いてくれるだろうと信じたかった。
しかし現実は残酷で、隼人は心底不思議そうに首を傾げるのだ。
「いや? これで終わりだが?」
「うっそだろ君!」
急激に上がった血圧で卒倒しそうになった望だが、なんとか耐えた。今は倒れるわけにはいかない、言いたい事が多すぎる。
「いやいやおかしいよね!? ただ雨を降らせるだけであんなに重々しい描写してたの!? 明らかに何か凄まじい攻撃魔法が繰り出される胸熱シーンだったでしょ!?」
「メタ発言が過ぎるぞ柿原」
「隼人くんさぁ、自分の立場わかってる? 雨乞いしかできないポンコツ魔導師には何も言われたくないよ!」
こんなひどい話があってたまるか。さっきまでの緊迫した雰囲気と文字数は何だったのか。考えれば考えるほど腹が立つし、いつまでも降り続ける雨が非常に鬱陶しい。
だから望は隼人に強化魔法を何重にも重ねてかけた。パワーアップした攻撃魔法で敵をやっつけちゃえ! と。ほとんどヤケだ。
「なるほど、力がみなぎってくる」
隼人は手のひらを開いては閉じてを繰り返す。その瞳は強い闘志に揺れ、彼を取り巻くオーラは先程までと比べ物にならない威圧感を放っている。
今度こそ魔導師らしい闘いを見せてくれるだろう。望がほくそ笑んだと同時に隼人が音も無く消える。
いよいよ本領発揮だ。
降りしきる雨の中、敵の背後に現れた隼人が繰り出したのは……ごくシンプルな蹴りだった。
「へっ!?」
──そう、ただの蹴り。しかし望の強化魔法で桁違いの威力を得たそれは、まさに一種の兵器のよう。
吹き飛ぶ敵を追う常識外れなスピード。一発二発三発と息もつかせぬコンボ攻撃。最後の最後で大きく力を溜めた渾身の一撃で、敵は真っ直ぐ軌跡を描きながら空の彼方へ飛んでいき、雨雲の一部をかき消した。
「いや、隼人くん……魔導師やめれば?」
望がせっかく強化しても結局肉弾戦になるのならば、魔導師の肩書きは捨ててしまえばいい。少なくとも望はそう思った。
「何を言うんだ柿原。闘いにおいて雨は重要だぞ」
「へぇ、例えば?」
「荒れた空の下で闘う男は格好良いだろう。青春ぽくて」
「もう君は魔導師を名乗るな!」
【完】
これは物凄い大魔法に違いない。同じ魔導師である望は息を飲む。
ひとつ、ふたつと落ちる水の粒が豪雨になるのは一瞬だった。
おびただしい魔力で生まれた雨が敵を濡らす、隼人を濡らす、背後で見守る味方を濡らす。
絶えず地面に叩きつけられる水の音を“雨音”と呼ぶには、それは激しすぎた。
隼人が天に掲げた腕を降ろすと敵は身構え、望たちも緊張した面持ちで拳を握る。
くる──!
きっと誰もがそう思い、瞬きと呼吸を止めただろう。
……しかし、一拍置いても何も起こらない。何かあるとするならば、視界と聴覚が荒々しい雨で乱されているという事だけ。
「え……これだけ?」
思わず望が呟いた。愚問だとわかっていても問いかけずにはいられなかった。
「つ、続きがあるんだよね? すっごい威力の大魔法が放たれるんだよね?」
愚問だとわかっていた……いや、信じていた。隼人が頷いてくれるだろうと信じたかった。
しかし現実は残酷で、隼人は心底不思議そうに首を傾げるのだ。
「いや? これで終わりだが?」
「うっそだろ君!」
急激に上がった血圧で卒倒しそうになった望だが、なんとか耐えた。今は倒れるわけにはいかない、言いたい事が多すぎる。
「いやいやおかしいよね!? ただ雨を降らせるだけであんなに重々しい描写してたの!? 明らかに何か凄まじい攻撃魔法が繰り出される胸熱シーンだったでしょ!?」
「メタ発言が過ぎるぞ柿原」
「隼人くんさぁ、自分の立場わかってる? 雨乞いしかできないポンコツ魔導師には何も言われたくないよ!」
こんなひどい話があってたまるか。さっきまでの緊迫した雰囲気と文字数は何だったのか。考えれば考えるほど腹が立つし、いつまでも降り続ける雨が非常に鬱陶しい。
だから望は隼人に強化魔法を何重にも重ねてかけた。パワーアップした攻撃魔法で敵をやっつけちゃえ! と。ほとんどヤケだ。
「なるほど、力がみなぎってくる」
隼人は手のひらを開いては閉じてを繰り返す。その瞳は強い闘志に揺れ、彼を取り巻くオーラは先程までと比べ物にならない威圧感を放っている。
今度こそ魔導師らしい闘いを見せてくれるだろう。望がほくそ笑んだと同時に隼人が音も無く消える。
いよいよ本領発揮だ。
降りしきる雨の中、敵の背後に現れた隼人が繰り出したのは……ごくシンプルな蹴りだった。
「へっ!?」
──そう、ただの蹴り。しかし望の強化魔法で桁違いの威力を得たそれは、まさに一種の兵器のよう。
吹き飛ぶ敵を追う常識外れなスピード。一発二発三発と息もつかせぬコンボ攻撃。最後の最後で大きく力を溜めた渾身の一撃で、敵は真っ直ぐ軌跡を描きながら空の彼方へ飛んでいき、雨雲の一部をかき消した。
「いや、隼人くん……魔導師やめれば?」
望がせっかく強化しても結局肉弾戦になるのならば、魔導師の肩書きは捨ててしまえばいい。少なくとも望はそう思った。
「何を言うんだ柿原。闘いにおいて雨は重要だぞ」
「へぇ、例えば?」
「荒れた空の下で闘う男は格好良いだろう。青春ぽくて」
「もう君は魔導師を名乗るな!」
【完】