柿原兄弟の幼児化

 幼い双子をなだめる謙也を見守ること十分少々。あんなに泣いていた二人が今では頬を林檎のように赤くして、遊んで遊んでと謙也にせがむようになっていた。

 柿原兄弟はすっかり謙也に懐いたようだ。秀虎を含むこちら側には近付きもしないのが少し寂しい。そんな秀虎たちの心境を察したのか、謙也は場を切り替えるように手を打ち鳴らして双子の注意を集めた。

「さぁて望に歩、遊ぶのはいいがそろそろ腹減ったろ。何かおやつでも食うか?」

「おやつ!」

「おやつ…!」

 おやつというワードが出た途端、双子の顔色がパッと華やいだ。

「やった! やった! おやつ、おやつ!」

「おやつ、おやつ…!」

 うさぎの服を着た二人が楽しげに謙也の周りを飛び跳ねている。

「じゃあ何食いてぇ? いつも食ってるやつ言ってみてくれ」

 謙也が言うと双子はしばし顔を見合わせ、交互に希望のおやつを主張する。兄の望は桃のゼリー、弟の歩は栗羊羹がいいそうだ。

「なんだ、そんなもんでいいのかよ」

 秀虎が拍子抜けしたのもつかの間、幼い二人はそれぞれ店の名前か何かを口にした。世話係のほとんどは目を点にしていたが、その中で唯一ピンと来たらしい龍之介は苦笑して顎に手を当てる。

「どちらも高級店だ。その名だけでも箔が付くってンで、重役への贈答品にゃあうってつけだと言われる程のなァ」

「マジかよ……」

 驚愕する秀虎とその他の面々をよそに、柿原兄弟は無邪気に人差し指を立てて念を押すようなポーズをとった。

「かならず、のんあるこーるで、おーがにっくだよ。……ね、あゆむ」

「ね、のぞむ」

「……お前ら良いもん食ってんな」

 にこやかに見つめ合う双子に謙也は苦笑する。「さすがにそんな上等なもんは俺らには用意できねぇわ。ごめんな」と謝罪して、顎に手をやり眉を寄せる。

「……なぁ、お前ら何かいい案ねぇか? おやつって何あげたらいいか意外と思いつかなくってさ」

 自身の短髪を掻いてへらりと振り返った謙也。曰く子供のおやつといえば茹でたトウモロコシや蒸した芋といったもののイメージが強く、幼い柿原兄弟の言うような洒落たものはさっぱりわからないのだとか。

「この二人の様子じゃあ、コンビニのスナック菓子与えるわけにもいかねぇだろ」

 ぽんと双子の頭を撫でる謙也。だからといっていい案が浮かぶ訳もなく、一同が口を閉ざしていると、場の空気を敏感に感じ取った柿原兄弟は不安げに寄り添いあって手を繋いでいた。

 いけない、このまま黙っていては二人がまた泣き出してしまう。瞬時にそう判断した秀虎は何も考えないまま沈黙を破った。

「おにぎりとかでいいんじゃねぇの。砂糖とか油使ってるやつよりかはマシだろ」

 そう言って小さな双子を見下ろすと、二人は互いを見つめあって頷いた。

「かわいいのだったら、いいよ」

「カワイーの!?」

 大きめな声で聞き返したのは晴馬だ。

「ってかおにぎりって元々カワイーもんでもなくね? 映えなくね? 超無理ゲーじゃん!」

「おもいっきし全否定してんじゃねぇよ!」

 咄嗟に晴馬の蜂蜜色の髪を鷲掴みにして、その軽そうな頭を上から押さえ付けつつ双子の様子を確認すると、案の定大きな瞳が潤んでいた。

「かわいいの、だめ?」

「だめ?」

「駄目じゃねぇ。俺が可愛いおにぎり作ってやるから泣くな」

 小さな頭を二つ撫でると、色素の薄い髪の感触が秀虎の手にふんわり伝わった。
 さっそく共同の厨房にて準備に取り掛かる。米を洗っている横から突如、人形のような隼人の顔がにゅっと視界に入り込んできて、内心驚きながらも平静を装い睨みをきかせた。

「ンだよ、いきなり出てくんじゃねぇ」

「心配しているだけだ。大丈夫か? 可愛いというジャンルから誰よりもかけ離れたお前に、ちびっ子が喜ぶ可愛いおにぎりを作れるのか?」

「うるせぇ、黙って見てろ。おにぎりすらまともに作れねぇお前が心配する事じゃねぇ」

 しっしっと手で追い払う仕草をすると、隼人はほんの少しだけ唇をへの字に曲げるのだ。

「おにぎりすらまともに作れないのは蘇芳だ」


──続く──
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