ハロウィン2018

乱れた髪を整えながら風紀室を出ると、ちょうどそこで二人目の人物と出くわし、思わず「あ」と声が出た。
 紫がかった鮮やかな髪をもつ彼は藤咲隼人。この春に突如やってきては、その容姿が学園中の話題を掻っ攫ったのは今でも鮮明に覚えている。
 そんな彼に悪戯するチャンスはそうそう訪れない、次のターゲットは問答無用で隼人に決定だ。挨拶代わりにマフィンを押し付けた。

「隼人くん、トリック・オア・トリート!」

 サッと両手を差し出して、何か寄越せと態度で示してみせれば、目の前の色男は人形のように微動だにせず、透き通った瞳でじいっと望を見つめている。
 少ししてようやっと薄い唇が開いたと思えば、凛とした声で一言「仮装はしないのか」ときたもんだ。

「君の第一声それでいいの」

 間髪を入れずに突っ込んだ。突っ込まずにはいられなかった。綺麗な顔をしているくせに、一番気になるポイントはそこなのかと。

「まぁいいや、それより、お菓子くれないと悪戯しちゃうよー。むしろお菓子いらないから悪戯させて」

 我ながら暴君のような発言だと思ったが、転校初日からファンクラブが結成された見目麗しい人物を放って置くのは無理があるというもの。一度はその整った造形を崩してみたいと、日頃から燻っていたところなのだ。

「今日こそはそのサラサラストレートヘアを乱しに乱して、癖毛の辛さを少しでも味わわせてあげるよ」

 隠し持っていたヘアアイロンやワックス、そしてヘアゴム……ではなくあえて輪ゴムを取り出して、不敵に笑いながらじりじりと距離を詰めるが、目の前に突き出された手の平に制されてピタリと足を止めた。

「柿原、残念だがその夢は今日は叶わない」

 抑揚のない口調だが、声質は無駄に良い。伏し目がちな瞳を守る睫毛が瞬きする度に震えて、溢れる情緒につい見惚れてしまう。
 しかし次に隼人が自身の黒いカーディガンを捲り上げて、腹に仕込んでいた大袋の菓子を見せつけてきた瞬間に、やはり彼もただの高校生なのだと現実を見せつけられた気分になった。

「この日のためにファミリーパックを買ってきた」

 無表情でVサインを決める姿には生気を感じられず、慣れていないと恐怖を感じる絵面だろう。
 生き人形のような彼から手渡されたのは小袋のチョコレート菓子。ほんのり温かいそれを袋越しに触ると、案の定柔らかくヌルッと滑った。

「溶けてるんだけど!」

 目線を上げて叫んだ時にはもう遅い、先程までここに居た彼は廊下を脱兎のごとく駆け出しており、その背中は既に小さくなっていた。

「野生児め……」

 望は悔しさを隠すように奥歯を噛み締めたのである。
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