柿原兄弟の幼児化

 秀虎はなんとか我を通し、小さな双子にはモコモコしたパーカーを着せた。望はブラウン、歩にはクリーム色。フードにはウサギの耳が付いているので、二人はさながら子ウサギのようである。
 元の姿に戻る前にこの愛らしい姿を収めたいのだが、気持ちが昂りすぎてスマートフォンを持つ手が震えて上手く撮れない。結局、今ここにいる中で一番撮影が上手い晴馬が数枚撮り、二人の可愛さが際立つ加工まで施してもらった。

「ほーい、できたぜー。……つか虎っち、ケッコー可愛いシュミしてんだなー。服のチョイスとか」

「GEROだけはぜってぇ着せたくなかったんだよ」

 そう言って隼人を見やると、壊滅的センスの持ち主である彼は小首を傾げ、己が用意した服を様々な角度から眺めている。どこがどう悪いのか理解していないらしい。
 とはいえひとまず危機は脱した。温かそうな服に身を包んだ望は目をトロリと細め、柔らかな服の感触を手で確かめると嬉しそうな声をあげてぴょんぴょん跳ねる。無垢な仕草に癒されて心の中で悶えたのは秘密だ。

 ところで弟の歩は警戒心が強いのか、望よりも随分大人しい。涙の膜が常に張っている大きな瞳はなかなかこちらを向こうとしないのだけれど、一方で望はニコニコと笑顔を振り撒き、背に隠れる弟の事も「あゆむは、はずかしがりやさんなんだよ」とフォローを入れてくる。
 言葉もたどたどしい幼児でありながら気配りは大人顔負けであり、やはり望は幼い頃から柿原望なのだと再認識した。

 けれどどこか違和感を覚える。彼はあまりにも“良い子”すぎるのだ。大人しくちょこんと座り、歩と静かに談笑していたかと思えば、秀虎達が共同の調理場で昼食の準備をしていると「おてつだいします」と積極的に寄ってくる。いかにも可愛らしく賢い子供というように、行動の一つ一つが模範的すぎるように感じた。

 自分が子供だった頃を思い返してみても、これくらいの子供というのはもう少し我儘で泣き虫で、奔放に走り回っていてもおかしくは無いのだが、柿原兄弟──特に兄の望はそれらとは明らかにかけ離れているのだ。人見知りしないのか、育ちが良いのか、いずれにせよ見上げたものである。



 双子が利口なお陰でこれといった問題も無いまま時間は過ぎていき、気が付けば穏やかな昼下がり。

 育児経験のない男子高校生が幼児二人の面倒を見られるかどうか内心不安だったが、それも杞憂だったようで、ここまで躾が行き届いた二人ならば高校生しかいない寮の食堂でも食事が可能だろう。

 けれど念の為──と、隼人が風紀委員長と副委員長の元へ相談に行った。色々と不可思議な言動ばかり目に付く隼人だが、これでも風紀委員の一人。何かあれば上司に相談するという心得は一応身に付いているらしい。

 そして彼はほんの十分程度で戻ってきた。傍らに風紀副委員長の水樹謙也を連れて。
 ふと幼い双子を見ると、新たにやって来た大柄の男を前に体を固くしている様子。歩にいたっては望の背に隠れてもはや顔すら見えない。泣いたりしないだろうかと、秀虎に一抹の不安がよぎる。

「事情は隼人から聞いた。薬で幼稚園児くらいになった柿原兄弟をお前らが世話してんだってな」

 挨拶もそこそこに謙也はまず双子の目の前でしゃがみこみ、二人と目線を合わせて、よっ! と陽気に片手を上げた。

「良い服着せてもらったなー、似合ってんぞ」

 彼が気さくに笑いかけると、ほんの少しだけ柿原兄弟の緊張が緩んだように見えた。歩は兄の背から顔を出し、望はウサギの耳が付いたフードを誇らしげに被ってみせた。

 そしてそれを見計らったようなタイミングで謙也が自己紹介を始める。俺の事は謙也兄ちゃんって呼んでくれよ、なんて恥ずかしげもなく言ったと思えば、次は双子が自ら名乗ったのだ。
 人懐っこい望はともかく、歩までもが小さく震える声で自分の名を言ったのだから驚きだ。秀虎達とは一言も話さなかったのに。

 今ひとつ釈然としなかったが、謙也が双子を思いきり褒め倒している最中だったので口は挟まないでおく。散々二人の頭を撫でた謙也はその後、改めて兄の望と向き合った。

「隼人から聞いたぜぇ、お前人見知りしねぇんだってな。こいつらと一緒にいて泣かねぇのはすげぇよ、どいつもこいつも図体でけぇし、耳は穴だらけで髪はカラフルだし目付きは悪ぃしで、怖かったろ?」

 彼がくしゃりと笑った傍らで、龍之介は気まずそうに耳を隠し、髪を撫でつける晴馬は明後日の方を向いて口笛を吹き、そして秀虎は矢か何かでグサリと身を刺された思いに駆られた。ノーダメージに見えるのは隼人だけである。

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