柿原兄弟の幼児化〜秀虎side〜
秀虎は目を白黒させていた。目の前にいるのはよく知る柿原兄弟なのだが、その姿は普段見ている彼らとは随分かけ離れていたからだ。
ぷっくりとした頬、紅葉のような手、小さく柔らかそうな体を見るに、歳は幼稚園児くらいだろうか。それにしても何故このような姿に──などと考えを巡らせていた最中、突如視界の外から隼人が顔を出した。
「これは幼児化というやつだな」
「っ、どっから湧いて出てきやがった」
思わず肩が跳ねた秀虎をよそに隼人は何食わぬ顔で続ける。
「烏羽先生の実験にでも巻き込まれたんだろう。あの人は化学教師でありながらマッドサイエンティスト。怪しげな薬を作っては生徒に飲ませているとか、いないとか」
まずやるべきは暖かい部屋まで連れていき休ませる事だろうと考え、身を低くして手を差し伸べた。
「おい、とりあえずこっち来い」
「ガラの悪い見た目といい人攫いみたいだな」
「うっせぇ」
余計な事を言う隼人を適当にあしらいつつ目をやると、幼い双子は互いの手を強く握り直していた。どうやら不安にさせてしまったらしい。どうしてくれんだと隼人を睨みつけたが知らん顔だ。
すると兄の方である望がサッと前に出て、にこやかに秀虎の手を取った。
「よろしくおねがいします、おにいちゃん」
やや舌っ足らずな口調とあどけない仕草、どうやら幼児化しているのは外見だけではないらしい。愛らしい無邪気な笑顔と、小ぶりな手の温かい感触に胸を鷲掴みにされながら、おぼつかない足取りで談話室まで向かうのだ。
*
「へェ、不思議な事もあるもんだなァ」
そう言ったのは龍之介。手を口元へ持っていき、まじまじと双子を見比べている。彼が茶菓子にと出した煎餅と、秀虎が甘く味付けしたホットミルクはなんともミスマッチな組み合わせだが、小さな望は弟の歩より先に受け取り、丸い頬を赤く染めて満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!」
ハキハキと上手に礼を言って、息を吹きかけながら慎重にホットミルクを口にする。数口飲んだところで、そのカップを歩に手渡してから煎餅を齧り、そして半分食べかけのそれも歩に渡した。
「なにやってんだ? 普通に自分の食えよ」
秀虎はつい指摘した。妙な飲み食いの仕方だと思ったからだ。それぞれに一つずつカップを用意しているし、煎餅も小皿に二枚ずつ配っているのに、なぜそのような食べ方をするのだろうかと。
「えっと……」
小さな望は煎餅を持つ指先をモジモジ動かして目を泳がせている。肩を竦めて、こちらをうかがうように上目で見たり逸らしたり。
「……言いたくねぇんなら言わなくていいけどよ」
別に気にしてねぇし、と吐き捨てるついでに横目で盗み見る。望はホッとしたように体の力を抜いて、自分の齧った煎餅を何事もない様子で食べる歩を確認して微笑んだ。一方で弟の歩は食べかけを渡されたというのに、兄には小さな声で「ありがと」と礼を言う。
妙なやりとりだ。これではまるで──
「まるで毒味だなァ」
「何ほざいてんだテメェは」
龍之介の一言に間髪入れず突っ込んだが、実のところ秀虎も同じことを思っていた。兄である望が弟の口に入るものを先に飲み食いして、安全を確認してから手渡す。時代劇でもたびたび見られる毒味役を望が引き受けているように見えた。
だけどまさかこんな年端もいかない幼児がそんな真似をするか? という疑問も残る。さすがに考えすぎだろうと一蹴すると、これには龍之介も賛同した。
「だよなァ。……だといいけど」
いまひとつ歯切れの悪い返答に不安が残るも、きっとこの双子には二人のあいだでしかわからないルールがあるのだろう。小さな体を寄せあって大人しくしている姿は仲睦まじくで微笑ましい。
しかしそんな和やかな空気は、徐々に近付いてくる騒音によって見事に台無しにされることになる。バタバタと騒がしく足音を立てる人物──晴馬がドアを開けると、蜂蜜色の髪と同じくらい明るい声が談話室に響いた。
「羽鳥センセの話聞いてきたぜぇー!」
晴馬には化学教師の元へ薬の詳しい情報を聞き出しに行ってもらっていたのだ。
話によるとこの薬の効果時間は約一日だそうで、次の日の朝には元に戻るだろうとの事だった。つまりそれまではこの双子は幼児化したままだということ。
困惑する空気の中、真っ先に口を開いたのは隼人だ。
「仕方ない、ここは俺達でお世話するしかないな」
相変わらず無表情なままの彼の手には幼児用の服と哺乳瓶があった。どこから持ってきたのかと突っ込む者はいなかったが、その代わりに龍之介が発達した犬歯をチラつかせて苦笑する。
「仕方ねェって言う割には準備良いじゃあねェか。……あと哺乳瓶はいらねェだろ、俺でもわかンぞ」
確かに哺乳瓶はいらない。それと持っている服も出来るならば着せない方向で考えたい。大して可愛くもないカエルの絵の上に「GERO」というロゴが書かれたビビットカラーのTシャツなんて、あの天使のような二人に着せたくはない。