見てくれた(龍之介の一人称視点)

 中学時代、龍之介には友達がいなかった。

 地元の学校では、龍之介の名はあまりにも有名すぎた。ヤクザ、極道、様々な言葉で忌み嫌い、恐れ、誰も近寄ってこない。

 しかしそれでも龍之介は、同級生との親交を深める努力を惜しまなかった。
 制服を着て、一歩校舎に入れば皆同じ中学生なのだ。個人同士で話をすれば、きっと分かり合えるはずだ。そう信じて、流行りの曲やトレンドの服などの情報をキャッチしては、何でもすぐに取り入れてきた。

 世間ではそういった者をミーハーやニワカと表現するのだろう。けれど当時の龍之介からしてみれば、そうやって嘲笑してもらったほうが有難いくらいだった。

 もっと気楽に接してほしい──そんな願いを抱えながら、どうすれば友達ができるのだろうかと毎日頭を悩ませていたのだ。

 そんなある日のこと、賑やかな教室内で龍之介は、とある光景を目にする。毎週月曜日、少年漫画の週刊誌を回し読みしているクラスメイト達だ。
 少年漫画といっても、読者は男女問わず学校のあちこちで見かけた。

「今はあれが流行ってンのか……」

 その日の放課後、龍之介はさっそく近所のコンビニで例の雑誌を購入する。
 掲載されているのは主に連載漫画だったため、ほとんどは途中から読むことになってしまう。しかし少年漫画というだけあって、中学生男子の龍之介にとっては面白く、あっという間に隅から隅まで熟読した。

 やがてそれを何度か繰り返し、ある程度話題についてこられるくらいになった頃合で、いよいよ月曜日がやってきた。
 勿論その日に買ったばかりの新刊を学校へ持ち込み、胸を高鳴らせて周りと同じように雑誌を開く。

 ただ会話に混ざるだけならばこちらから話しかければ終いだが、それで萎縮させてしまうと意味が無い。こわばった表情で気を遣った対応をされるよりも、互いに自然な笑みで気楽な会話をしたいのだ。

 騒がしい教室で漫画を読みふける龍之介を、周囲はどう見るだろうか。きっとただの中学生に見えているはずだ。
 親近感を抱いて話しかけてくれるのではと期待して、キリのいいタイミングで目線を横に流してみた、のだが──

「……」

 予想とは裏腹に、誰もこちらを見てはいなかった。

 龍之介とクラスメイト達との溝は、思っていたよりもずっと深かったらしい。
 親交を深めるだとか、親近感を抱いてもらうだとか、それ以前の話として、そもそも彼らは龍之介を視界に留めることすら拒否していたのだ。

 彼らにとって蘇芳家はまさに恐怖そのもの。無垢な龍之介はその事実を比較的早くに理解した。それもそうか──と、どこか腑に落ちた気さえする。
 ザラリとした紙の感触やけに手に残り、指先に力を入れるとほんの一部にだけ皺を作った。

 龍之介は独りで乾いた笑みを浮かべて本を閉じた。その刹那、頭上に薄暗い影が落ちる。
 咄嗟に顔を上げると明るい髪の少年が龍之介をじっと見下ろしていた。

「それ今週の? すおーくんも読むんだ。チョー意外っつーか、なんかウケんね」

 その少年はまるで子犬のような目をしていて、気安く“蘇芳”の名を口にした。彼の事はよく知っている、浅葱晴馬──このクラスの中心的存在だ。

「すおーくんってなんの漫画が好き? オレはさーあのギャグばっかのやつ! バカバカしくてウケんだよねー! そんでさ──」

 晴馬は龍之介の手元を指さしつつカラカラ笑う。今時の若者言葉を混じえて何やら色々と話しているようなのだが、わからない言葉も多々あり、龍之介は思わず首を傾げてしまった。

「そ、そうなのか……?」

 なんとか笑顔は作ってみたものの困惑が隠し切れず、どうしても眉に力が入ってしまう。
 けれども嫌な気はしない、むしろ嬉しい。なぜなら龍之介が求めていたコミュニケーションとは、本来こういうものだったからだ。

「──で、みんな読んでっからぜんっぜんオレんとこにまわってこねーの! ヤバくね? マジつらたんー」

 晴馬の馴れ馴れしい態度も、砕けすぎた口調も何もかもが嬉しい。今までにそんな人はいなかった。
 その苦い事実を証明するように、先程まで龍之介を見向きもしなかったクラスメイト達がこちらを──というより軽い態度の晴馬を見て顔を青くしている。
 それを知ってか知らずか、晴馬は何食わぬ顔で話を続けるのだ。

「つーわけですおーくん、それ読み終わってたら貸して!」

 身振りも声も大きい彼が両手を勢いよく合わせると、冴えた音が教室に鳴った。龍之介と晴馬はすっかり注目の的である。

 浅葱晴馬は不思議な男だ。

 彼はなぜ龍之介に話しかけたのだろう。孤立している龍之介を気遣ってくれたのか、それともただ単純に漫画が読みたかっただけなのか。
 いや、そんなことはどちらでもいい。どちらでもいいが、ただ一つ言えることは、龍之介はこの時初めて“報われた”と思ったのだ。

「うん……!」

 笑った瞬間、心をポカポカ温めていた熱が頬に移った気がした。

【完】
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