汚泥より顕現せし黒き闇(龍之介side)

「では行くか、汚泥より顕現せし黒き闇を滅する為に」

 隼人は片手で顔半分を隠す特殊なポーズを決めながら、存在感のある声で高らかに宣言した。どうやら気に入ったらしい。

 彼が勢い良くドアを開けると、それだけで望が大袈裟に叫ぶ。あっという間に龍之介の背後に回り込んできた望は、後ろからガッチリ抱き着いてくるという、普段なら絶対に有り得ない行動を見せたのだ。
 服を掴んでくる指先が白くなるほど怯えている彼を前にこんな事を思うのは些か不謹慎だが、少し懐かしい気持ちになった。

 今でこそ龍之介を邪険にしている望だが、ほんの去年までは「龍くん、龍くん」と擦り寄って、それはもう可愛らしかったのだが――

「いないぞ」

 隼人の声で現実に戻された。部屋を軽く見渡してみたが姿が見えないと言う。
 そんな筈は無いとムキになる望は、もっとよく見て! と、目に涙を浮かべて懇願した。

「お願い、どうにか見つけて追い出して! さもなくば今夜は君達の部屋に泊まるからな!」

 最大限の脅しのつもりなのだろう。けれど龍之介にとってそれは望との溝を埋める絶好の機会。
 冗談半分で、俺のベッドで一緒に寝るかィ? と聞くと、真顔で「隼人くんと寝る」と拒否されてしまい、それもそうかと苦笑した。

 気を取り直してゴキ――汚泥より顕現せし黒き闇を隼人と共に探す事に。
 シンプルにまとめられた部屋は必要最低限の物しか置いておらず、勉強机もよく整頓されている。ベッドに至っては、定期的にシーツを洗濯しているのか真っ白だ。
 狼狽える望の気持ちが少しわかった気がする。ここまで綺麗にしている部屋に奴が出たとなれば、さぞかしショックだろう。
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