Dear〇〇From××
──手紙なんてらしくない事をしてると思ってる。多分これを読んでるお前も笑ってるんだろう。だけどお前がこれを読んでるという事は、俺は全部書き切ってお前に手渡したって事だから、どうかその勇気を汲んで最後まで読んでほしい。
初めて会った時、お前は俺の名字を格好良いと言った。それから矢継ぎ早(次々にって意味な)に俺を褒めただろ、先生に敬語使うのが逆に格好良いだとか、一人でも堂々としてるところがヤバイとか。
正直、逆とかヤバイの意味はよくわからなかったし、他の言葉も未だに理解出来てない所はあるけど、たぶん褒められたんだなと感じた。
驚いたよ。今まで俺の顔色伺って、全く心に響かない世辞ばかり言ってくる奴らばかりだったから。なんの雑味も無い綺麗な褒め言葉は初めて聞いた。
調理実習の日、覚えてるか? お前と同じ班になって肉じゃがを作っただろ。料理なんてした事無いくせに、俺は包丁を握って案の定指を切る怪我をした。
その時、お前は明るく笑い飛ばしてくれたよな。妙な言い方になるけど、あれが凄く嬉しかったんだ。嬉しかったと言うより、ホッとした。胸がすっと軽くなった。俺が勝手に怪我しただけなのに、周りはこの世の終わりみたいな顔してたから、余計に。
次の日の美術で、使った筆やパレットを洗うのを代わってくれた時の俺の気持ち、お前にはわからないだろうな。だってお前はいつもの調子で「いいから」なんて笑ってたから。
ここまで読めばもう察しが付いてるかもしれない、お前はきっとこういう経験をいくつもしてきただろうから。
だけどそれを書く前に一つ、俺の身勝手な頼みを聞いてほしい。志望校を変えてくれ。
俺は知り合いがいない遠い学校へ行きたいから東雲を選んだ。だけどお前は俺と同じ高校を選んだ。一緒だと楽しそうだし、なんて笑って。
さんざん考えても理解できなかった。お前には俺以外にもいくらでも知り合いや友達、それ以上の関係の人間がいるのに、何故あえて俺を選ぶんだろうって。
何度も言うけど、男子校には女子はいないし、全寮制って事は長期休み以外は家に帰れないんだ。その意味、ちゃんとわかってるか?
もしかして、あの日、俺を抱いたからか? 初めての男だから? 情か? ……なんて、お前はそんな奴じゃないよな。
当然だけど俺が志望校を変えるという選択肢もあった。だけど皆どこかしらの高校にバラけるから、必ず一人はそこにいる。その点、東雲に入るつもりの奴は、うちではお前と俺しかいない。勝手な話だとは思うけど、ここはどうか譲ってほしい。きっとそれはお前の為にもなるはず。
だってお前言ってただろ、恋愛は面倒だって。友達以上恋人未満の関係が一番楽しいって。今の俺はそれじゃ満足できない。それこそ、お前と同じ学校へ行って、寮部屋も同室になったらと考えると、どうなるか自分でもわからない。
今ならまだ間に合う、これを読んで少しでも心変わりしたなら、そっと何も言わず志望校を変えてほしい。
ここまで読んでくれてありがとう。返事はいらない、だけど最後に一つ、伝えさせてくれ。
俺は、ハルの事が、この世の誰よりも──
――手紙はここで途絶えた。ビリビリに破り捨てられたそれは、ごみ箱の中で他と混ざり合い、本来それを読む筈だった者に届く前に灰となり、今では塵一つ残っていないだろう――
【完】