ハロウィン2018
晴馬や龍之介と別れた後、そろそろどこかで休もうかと周りを見渡した時、ふと視界に入ったのは、校舎裏にしゃがみこんで携帯を触っている金髪の不良。
ちょうどいい──口元を緩ませて歩み寄った。
「虎くん、トリック・オア・トリート」
すると金髪の不良──天野秀虎は、その鋭い猫目で望の頭の先から爪先までじっくり視線を這わせたと思えば、何故だか少し不満げに唇を尖らせた。
「……仮装しねぇんすか」
「そのコメント、散々言われたから」
三度目ともなると少々うんざりするが、気を取り直して秀虎の隣へ腰掛けた。
「さて、今日は虎くんにプレゼントがあります」
言って、紙袋からマフィンを取り出す。そのラッピング袋は、これまで配ってきた物より少し大きめで、中身は特別に二つ入っているのだが、そうとは知らずに受け取った本人は「あざす」と短い礼を一つだけ。
口元が僅かに緩んでいるのは、彼が甘党だからか、それとも別の理由か。いずれにせよ喜んでもらえたのなら良い、それが一番だ。だから秀虎からのお返しは特に求めてはいなかったのだが──
「あの、本当は俺も用意してるんすけど、寮に置きっぱで……さーせん」
謝られてしまった。不貞腐れるような横顔に、気にしないでと笑って言っても良かったが、それでは少し味気ない。──というわけで予定を変更、秀虎にはマフィンを渡すだけだと決めていたが、急遽悪戯を決行する事に。
失礼しまーすと軽い調子で秀虎の膝にまたがると、驚く目がこちらを見上げた。
「なっ! なんすかいきなり!」
「何って、今日はハロウィンだよ。お菓子くれない子には悪戯しまーす」
「いたずら……って、どんな?」
「さぁ、なんでしょう?」
妖しく笑み、秋風に冷やされた秀虎の頬に手を添えると、みるみるうちに赤く熱くなっていった。
「目閉じて」
低い声音で言えば、秀虎の喉仏が静かに上下し、狼狽える目がゆっくりと素直に閉じられる。
いい子──と囁いて、ピアスで飾られた耳たぶを柔くこねると、色素の薄い睫毛がピクリと震えた。その目元を親指でそっとなぞりながら顔を寄せ、秀虎の唇へ自身の肌を合わせて……数秒後、惜しむようにゆっくり離れていくと、彼の目は自然に開く。その期待を込めた瞳が最初に映したものは──
「……指?」
そう、望の人差し指と中指。二本並べて秀虎の唇に当てて、望とキスをしているような錯覚を起こさせたのだ。
「ンだよそれ……」
わかりやすく溜め息をついている様子から、悪戯は成功したらしい。だけどまだ少し物足りない、もう一つ悪戯させてもらおうか。
「からかってごめんね、お詫びに君も俺に悪戯していいよ」
勿論お詫びなんて建前である。予想だにしないサービスを前に動転する様を見たいだけ。
「はーい、制限時間まであと五秒前ー」
「は? ちょ!」
問答無用に始まるカウントダウン。無意味に周囲を見渡したり、望より大きな手をばたつかせたりと、予想通り慌てふためく年下が微笑ましい。
最後にゆっくりゼロと言いかけた時、不意に温かい何かがふにっと頬を包み、強制的にカウントは終了した。
「んぅ?」
ギリギリ制限時間内に動いた秀虎の手の平で、両頬を軽く圧迫されたのだ。
「……い、悪戯……」
目すら合わせずに消え入りそうな声で言われたのは、なんとも可愛らしい一言だった。唐突すぎて頭が回らなかったとはいえ、これは駄目だ、思わず腹を抱えて笑ってしまう。
「あっははは! かーわーいーいー。みんな聞いてー虎くんがすっごく可愛いー!」
「やめっ……可愛い言うなっ!」
──こうして、目尻に涙を浮かべた望のハロウィンは、楽しげに幕を閉じたのだった。
【完】
ちょうどいい──口元を緩ませて歩み寄った。
「虎くん、トリック・オア・トリート」
すると金髪の不良──天野秀虎は、その鋭い猫目で望の頭の先から爪先までじっくり視線を這わせたと思えば、何故だか少し不満げに唇を尖らせた。
「……仮装しねぇんすか」
「そのコメント、散々言われたから」
三度目ともなると少々うんざりするが、気を取り直して秀虎の隣へ腰掛けた。
「さて、今日は虎くんにプレゼントがあります」
言って、紙袋からマフィンを取り出す。そのラッピング袋は、これまで配ってきた物より少し大きめで、中身は特別に二つ入っているのだが、そうとは知らずに受け取った本人は「あざす」と短い礼を一つだけ。
口元が僅かに緩んでいるのは、彼が甘党だからか、それとも別の理由か。いずれにせよ喜んでもらえたのなら良い、それが一番だ。だから秀虎からのお返しは特に求めてはいなかったのだが──
「あの、本当は俺も用意してるんすけど、寮に置きっぱで……さーせん」
謝られてしまった。不貞腐れるような横顔に、気にしないでと笑って言っても良かったが、それでは少し味気ない。──というわけで予定を変更、秀虎にはマフィンを渡すだけだと決めていたが、急遽悪戯を決行する事に。
失礼しまーすと軽い調子で秀虎の膝にまたがると、驚く目がこちらを見上げた。
「なっ! なんすかいきなり!」
「何って、今日はハロウィンだよ。お菓子くれない子には悪戯しまーす」
「いたずら……って、どんな?」
「さぁ、なんでしょう?」
妖しく笑み、秋風に冷やされた秀虎の頬に手を添えると、みるみるうちに赤く熱くなっていった。
「目閉じて」
低い声音で言えば、秀虎の喉仏が静かに上下し、狼狽える目がゆっくりと素直に閉じられる。
いい子──と囁いて、ピアスで飾られた耳たぶを柔くこねると、色素の薄い睫毛がピクリと震えた。その目元を親指でそっとなぞりながら顔を寄せ、秀虎の唇へ自身の肌を合わせて……数秒後、惜しむようにゆっくり離れていくと、彼の目は自然に開く。その期待を込めた瞳が最初に映したものは──
「……指?」
そう、望の人差し指と中指。二本並べて秀虎の唇に当てて、望とキスをしているような錯覚を起こさせたのだ。
「ンだよそれ……」
わかりやすく溜め息をついている様子から、悪戯は成功したらしい。だけどまだ少し物足りない、もう一つ悪戯させてもらおうか。
「からかってごめんね、お詫びに君も俺に悪戯していいよ」
勿論お詫びなんて建前である。予想だにしないサービスを前に動転する様を見たいだけ。
「はーい、制限時間まであと五秒前ー」
「は? ちょ!」
問答無用に始まるカウントダウン。無意味に周囲を見渡したり、望より大きな手をばたつかせたりと、予想通り慌てふためく年下が微笑ましい。
最後にゆっくりゼロと言いかけた時、不意に温かい何かがふにっと頬を包み、強制的にカウントは終了した。
「んぅ?」
ギリギリ制限時間内に動いた秀虎の手の平で、両頬を軽く圧迫されたのだ。
「……い、悪戯……」
目すら合わせずに消え入りそうな声で言われたのは、なんとも可愛らしい一言だった。唐突すぎて頭が回らなかったとはいえ、これは駄目だ、思わず腹を抱えて笑ってしまう。
「あっははは! かーわーいーいー。みんな聞いてー虎くんがすっごく可愛いー!」
「やめっ……可愛い言うなっ!」
──こうして、目尻に涙を浮かべた望のハロウィンは、楽しげに幕を閉じたのだった。
【完】