一章

 強引に始まったデートは俺の人生初のデートでもある。放課後の制服デートは憧れてたけど男が相手とは想像してなかったよ。
 俺はただ手を引かれる方へ歩き、いつもと違う駅で康平と共に降りる。学校からずーっと手を繋ぎっぱなしだったせいか周りの目が俺らに集中してた。それでも康平はニコニコと幸せそうだ、俺の気も知らずにな。

「なぁ、手ぇ離さねぇ?」
「えー……。」

 降りた駅は地元から離れた都会で当然人も多いし男女のカップルならまだしも男同士で手を繋いでいる俺らは浮く。それは嫌だと訴えると意外と素直に手を離してくれた。
「初デートだし涼太には心から楽しんでもらいたいから。」だってさ、良い奴じゃん。そのくせ名残惜しそうに俺の手を見つめているけどな。

「……せっかく会えたんだからもう少し繋いでおきたかったな……。」
「あ? 毎日会ってんじゃん。どういう意味?」
「あっ! あぁいや、何でもねぇ。こっちの話。」

 なんかはぐらかされた。まぁいいか。

「んで、これからどうする? つーかデートってなにするの?」

 相手が康平だから『こんな質問したら経験ないのがバレる』とかいう余計なプライドで自分を誤魔化す必要がない。どうせこいつはそれなりに経験してんだろ、この際だからズケズケ聞いてやんよ、いずれ彼女ができたときのために! まだ童貞卒業の夢は諦めてねぇぞ俺は。

「……よし、とりあえずゲーセン行くか!」
「ゲーセンすか。」

 聞けば俺らはまだ高校生だからあまり贅沢は出来ないし、ゲーセンならだいたいの男は好きだからとのこと。

「なるほど、デートする相手次第で場所を変えるんだな。ちなみに女子とデートするときはどこ行くの?」
「んー、定番なのは映画じゃね? あと飯は牛丼屋とラーメン屋とファストフードはNGな。」
「マジかー。」

 金かかりそー。

「あと、女子の『なんでもいい』と『どこでもいい』は言葉通りに捉えるなよ! 選択肢を間違えればその日はずっと不機嫌だ!」
「マジかー。」

 めんどいな……まぁそういうワガママなところが女子の可愛いところなんだろうけど。

「あっ、俺は涼太と一緒ならどこでもいいし何しても楽しいからな!」
「おー。」

 ぶっちゃけこいつのが楽だな……って、俺はまた何を考えてんだ!
 しばらく康平について歩くと、とある大きな建物の前で「ついたぞ」と立ち止まった。なんだか俺が想像してたゲーセンとはちょっと……いやかなりイメージが違う。

「で、でかくね? ここ。」
「だろぉー?」

 目を丸くして建物を見上げていたら、康平がどや顔で説明を始めた。

「ここはさ、色んな遊びができる施設なんだ! 一階が普通のゲーセンでプリクラもあって、二階は料金を払えば一定時間色んなスポーツが遊び放題! あとボウリングもある! んで三階はカラオケができる! 最後に四階は漫画喫茶だ!」

 カラオケ……だと!?

「マジかよすっげぇ! ここだけで何でも出来るじゃん!」

 康平がどや顔するのもわかる、ここは遊び盛りで体力が有り余ってる俺らにとっては天国みたいな場所だ。話を聞いただけで魅力がたっぷりの施設を前にして俺のテンションは急上昇、心が踊るあまり体も落ち着きがなくなってきた。

「あーっ、ヤバイどうしよう! 何しよう何しよう! 二階のスポーツ遊び放題も気になるし、カラオケは絶対楽しいし、漫画喫茶も前から気になってたし……!! どうしよう康平!!」

 目を輝かせて康平に詰め寄ると「涼太かわいー!」と笑われ、とりあえず中に入ろうと促された。

「一日で全制覇は無理だから今日は一階から攻めてみようぜ! ここはゲーセンエリアもすげぇんだ!」
「そうなの!?」

 康平の自信たっぷりな顔に期待を膨らませて中に入ると、その広さとゲームの多さに圧倒されて更に興奮した。

「すっげぇー! なんだこれ!!」

 さっそく目についたゲームに飛び付いた。UFOキャッチャーに似たゲームだが、俺がときめいたのはその景品のでかさだ。お菓子の詰め合わせなんだけど、こんなにでかいのはスーパーやコンビニでは見たことがない。
 康平を呼ぼうと振り向くとすでに俺の近くに来ていた。

「なぁ康平見ろよこれ! でかすぎねぇ?」
「なー、やべぇよな! テンション上がるわ!」

 色んなお菓子の詰め合わせがあるけれど、康平は三角形の苺味のチョコレート菓子に一番食い付いていた。こんなヤンキーみたいなナリして苺好きとか可愛すぎかよ、可笑しくなってつい笑ってしまった。

「ちょっと挑戦してみようかな……でもどうやんのこれ。」
「よしっ任せろ!」

 康平は俺に良いところを見せようとしてるんだろう、腕捲りをして財布から100円玉を取り出した。

 このゲームは景品にプラスチック製の輪っかがついており、そこに従来のUFOキャッチャーのアームを引っ掛けて取る仕組みらしい。康平の狙いは勿論苺のチョコレートだが俺はそんなに上手くいくとは思ってない。

「あ"っ!」

 康平が悔しそうに呻く。その横でほくそ笑んでやると更に悔しそうな顔をするが、すぐにニヤリと笑い「涼太もやってみ」と、どっかの紳士みたいに手を台に伸べて場所を譲ってきたが当然お断りだ。
「へたれー」と煽られても知らん、俺は確実に負けるとわかっている戦はしねぇんだよ。
 確かに取れたら凄いけど、俺らは素人だしアームゆるゆるだし、その手のプロでもねぇかぎり無理だって。だけどせっかく来たのに何もしないわけにもいかない、というわけで俺が選んだのはエアホッケーだ。これなら二人で楽しめるだろ。

「負け戦はしねぇんじゃねぇの?」

 康平が挑発的な流し目で茶化してくるもんだから俺の闘志に火がついた。

「なめんなよ康平こっちは二刀流だ。」

 俺はマレットという円盤を打つ道具を、左右の手に一つづつ持って不敵な笑みを浮かべた。

「きったねぇ!」

 思いきり抗議されたが、体格差を考慮してのハンデだと適当な理由をぶっこむと納得したのか大人しくなった。
 簡単に騙された康平は見た目通りの馬鹿だったと確信、完全に俺の計画通りだ。にもかかわらず俺の心中は穏やかではなかった。なぜなら体格差を指摘したときにあっさり納得されてしまったからだ、自分から言ったとはいえ少しも否定されなかったのは一人の男として腹が立つ。
 天然かそれともわざとか、康平は余裕綽々でマレットを一つだけ持って俺の向かいのゴールで構え「かかってこいよ」と、俺に手の甲を見せて指だけをちょいちょい動かして挑発、それにまんまと焚き付けられて更に闘志を剥き出しにする俺もまた馬鹿だ。

「なめやがって、こいつ絶対潰す!」

 かくして俺達のエアホッケーバトルは開幕した。
 まずは俺の先制攻撃、真っ直ぐ打った円盤は上手くスピードに乗って余裕ぶっこいてる康平のゴールに迷わず入った。情けないことに康平はピクリとも動けなかったが、これを機に康平にも火がついたようで好戦的な笑みを浮かべた。

「へっ、完全に油断してたぜ。やりやがったな涼太。」

 康平は自分のゴールから円盤を取り出して目をギラつかせる。ここからが本番だ……両手のマレットをしっかり握り直した。

***

「――くっそ、負けた……。」

 十数分の攻防の末勝利したのは康平、俺が綺麗に点を奪えたのは最初に意表をついたあの攻撃のみで、その後は二刀流で挑んだにも関わらず、一刀流の康平に惨敗してしまった。

「圧倒的だった……なんだよお前の身体能力、バケモンか。」
「空振りしまくる涼太可愛かったなぁー。」
「お前そればっかか。」

 そばにある長椅子に腰掛け、セーターを脱いで胸もとをパタパタあおいだ。
 ちょっとムキになりすぎたかな、額から背中までしっとり汗ばんでる。俺がこうなんだから康平はどうだろうと見ると、まぁ涼しい顔してますこと。
 はいはい、どーせ元引きこもりの体力なんてこんなもんですよ。
……で、なんで康平は俺の隣、それも体をぴったりくっ付けて座ってんだよ。暑いっつってんだろ。もう少し端に寄れ。んで、なんかめっちゃ見てくるし。

「康平、ちょっと近い。離れろ。」
「涼太ってさー……」
「話聞けよ。」
「汗かいてんのにいい匂いするよなぁー、シャンプーの匂い?」
「きっっっしょ!」

 条件反射でサッと立ち上がり、更に横に何歩かずれて距離をとった。やけに真剣な顔してんなと思ったらこれだよ! 康平が真面目な顔してる時は九割九分ろくな事考えてねぇ。

「りょーたぁーそんな離れんなよー傷付くー。」

 康平は猫なで声で後ろから覆い被さるように抱きついついてきた。
 だから暑いっての。それ以前にこんな人が多い所で男同士がこんな事してたら目立つだろうが。「マジいい匂いー。」じゃねぇよ。
 ゆっくり振り向いて睨んでやると観念したようにすごすご離れてったけど、ニカッと笑いかけてきたから絶対反省してない。

「なぁなぁ涼太、シャンプー何使ってんの? 俺も同じの使いてぇから教えて。」
「そういう事を堂々と言える図太さには舌を巻くけど、たぶん無理だぜ。お前女物使わねぇだろ?」
「え、てことは涼太女物使ってんの?」
「うん、お母さんと同じやつ。」
「へぇー、おかーさんと同じやつかぁー。」

 康平は目尻を下げてニマニマしやがる、どうせ男が女物使ってたり母親と共同ってのが可笑しいんだろ。
 別に深い意味は無い、俺の髪質的に女物のが合うってだけだ、と俺が言うより先に康平の薄く弧を描いている口が開いた。

「お母さん呼び可愛いなぁ。」

 いや、そっちかよ。つーかそれくらい日々の盗聴で把握済みだろうが。

「お前盗聴してんだから俺が家族をどう呼んでるかくらい知ってんだろ。」
「知ってるけど、改めて聞くと可愛さハンパねぇの。だって俺ら高校生だぜ? 男子高校生がお父さん、お母さん、んで兄は瑛ちゃん……って。やべぇ、可愛い、可愛すぎてしんどい……苦しい。」

 康平は胸を押さえて一人で勝手に苦しんでる。そんなに苦しいなら病院行け。頭のな。
 つくづく思うけどこいつ俺の事好きすぎだろ、どこがそんなに良いんだか。こいつと会ってから今のところ拒絶とキツめのツッコミしかしてねぇってのに。
 なのにどうして康平はいつもいつもこんな楽しそうに笑いかけてくれるんだろう。好きだからの一言じゃあどうにも納得出来ない。

「んー? なんだよ涼太ぁ、そんな見つめて。もしかして、俺に可愛いって言われて嬉しかった感じ?」
「それはねぇや。」

 スンッと真顔になって、自販機で水を買ってがぶ飲みする今の俺を見ても可愛いと言える康平の感性は当てにならねぇんだよ。あと何度も言うけど俺は男だから、どうせなら格好いいって言って。

「はぁー、涼太の家族はいいよなぁ、こんな可愛い生き物の生活を観察し放題なんだからよぉ。ゴロゴロしてるところとか寝顔とか、あと風呂上がりとかテレビ観て爆笑してるところとか見てみてぇなぁ。涼太との生活……きっとそれだけで幸せなんだろうなぁ。」
「……。」

 思わず水を飲む動作が止まった。
――俺の家族が幸せ? 俺との生活が幸せ?
 全く悪意の無い康平の言葉に胸がズキリと痛んだ。康平は俺を傷付けようと思って言ったんじゃない、それはわかってる。だけど俺にとってさっきの言葉はかなり辛いものだった。

「……そんな良いもんじゃねぇよ。俺との生活なんて。」

 引きこもってた頃、俺がどんだけ家族に迷惑と心配をかけたか……。俺のせいで家族がバラバラになりかけた事もあった、お母さんはいつも泣いてた、幸せなわけがない。

「涼太……。」

 俺が突然声を落としたもんだから、なんだか変な空気になってしまった。どうしていいかわからず康平に背を向けるけど、意外にもあいつは何も言ってこない。
 俺は康平が自販機で何かを買ってるのを横目で見届けてから目を伏せた――次の瞬間、突如として頬に冷たい何かが触れて肩がビクンと跳ねた。

「ひぁっ!?」

 情けない声を発して振り返ると、買ったばかりのジュース片手に康平がニッと笑ってた。
 何すんだよ、と文句を言おうとしたけれど、康平の愉快そうな笑い声がそれをかき消した。「悪い悪い!」と、ケラケラ笑ってジュースを手渡してくる。
 片手に収まるサイズの小さいペットボトルがひんやり気持ちいい。

「涼太これ好きだろ。」

 渡されたのは果汁100%のオレンジジュース、俺の大好物だ。何故知ってるんだとは今更聞かない、こいつの事だから俺の好きなもんくらい調べ尽くしてるだろうから。
 それよりも気を使わせてしまった事が後ろめたい。

「ありがと。てかごめん、急に暗くなって。ジュース代返すよ。」

 鞄から財布を取り出そうとすると、康平の大きな手で止められた。なんで? と顔を上げると、バツが悪そうに目線を横にずらしており、その金髪を軽く乱していた。

「いやぁーなんか俺、余計な事言ったっぽいからさ、これはほんのお詫び。ごめんな。」
「お詫びって……お前に悪気は無かったんだから、そんなの……。」
「悪気は無くても傷付けた事に変わりねぇだろぉ? だから、な、気にせず貰えるもんは貰っとけー!」

 爽快に笑い飛ばす康平に頭をわしわし撫で回される。

「ちょ、やめろよ!」

 振り払おうにも俺と違って大きくて力強い手だ、そう簡単にいくわけもないので大人しくされるがままでいてやる。
 こういう時の康平は俺よりずっと大人だ。変な空気にさせたのはこっちなのに、それについては何も言ってこないし詮索しない。何かあったのか聞いてもおかしくないはずだったのに。

「……なんも聞いてこねぇんだな。」

 つい口をついて出てしまった。かと言って何があったんだと詰め寄ってほしかったわけじゃない、むしろ何も聞かないでほしい。だけど不思議だったから、なんで詮索してこないんだろうって。
 頭を撫でられる感覚は発言した時点で止まっていた。「聞いて欲しかった?」と頭上からの声に首を横に振ると、「だから聞かねぇ。」と、嫌味のない笑顔を向けられた。
 なんだよこいつめちゃくちゃ良い奴じゃん。
 普段はどうしようもない馬鹿で人前でキスしてきたくせに、あれで意外と常識ある一面もあるし、人が本当に踏み込んで欲しくない領域にはそっと距離を置いてくれる。
 見た目で勝手に元ヤンだとか思ってたけど、俺が知る限りそういう連中はデリカシーが無く、人の傷口をむしろえぐりに来るはずで、康平はそいつらとは真逆なんだよな。見た目は置いといて。
 もしかすると俺は大きな勘違いをしていたのかもしれない。金髪やピアスは単に派手好きなだけかもしれないし、ガタイが良いのも筋トレやスポーツが趣味ってだけなのかもしれない。
 だとしたら康平に対してかなり失礼な疑惑を抱いていた事になるんだけど……。

「なぁ康平。」
「んー?」
「お前って……その、あれ……あの……」

 しどろもどろしているうちに、これは言うべきじゃないと判断して口をつぐんだ。
 お前って元ヤン? なんて軽々しく聞いていいもんじゃないだろう。そもそも康平だって俺の過去については何も聞いてこないのに俺が聞けるわけない。

「いや、あの……良い奴だなって思って。」

 咄嗟に言う言葉を変えたように思われるかもしれないけど、これはこれで伝えたかった事だった。正直この一日で康平の株が爆上がりなんです。人前でキスしてきたけど。
……人前でキスしてきたけどねっ!!

「まぁその……色々あったけど正直、康平がいてくれて助かってるよ。人前でキスとかストーカー行為は勘弁してほしいけど、話してみると面白いし、今も楽しいし。……だから、その、ありがとう。」
「っ!! りょ、涼太からの……ガチめなお礼っ!!」

 いやお前なんでちょっと泣いてんの。

「ああでもストーカーはしてねぇよ!」

 そこは認めろよいい加減。
 こういう所は割と本気でどうにかならねぇもんかね。気配りもできて明るくて、見た目もまぁ良くて、さぞおモテになっただろうよ。
 そんな凄い奴が本気で落としにかかってるのが男の俺っていうのがまた……なんというか滑稽だ。俺が女だったらもう既に身体を許していたかもしれない。女だったら、な。
 気分を変えようと、貰ったオレンジジュースを遠慮なくいただく。いい具合に心が安らいだところで、それを待ってたかのように康平は「よし!」と手を叩いた。

「カラオケ行くか!」
「カラオケ!?」

 思わず食い気味に反応した。
 そうだ、そういえばここは三階がカラオケのフロアだって康平が言っていた。
 期待を込めた視線を送ると、それが返事だと捉えられたらしくて、満面の笑みを浮かべた康平に手を引かれ三階へ上がった。
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