一章
あれは確か始業式が終わった直後の事だった。当時の俺はこれから始まるであろう定番の自己紹介イベントに向けて無人のトイレで一人、自己紹介の練習をしていた。
「涼太です、よろしくお願いします。……うーん、これだけじゃ印象が薄いか……。」
最初の自己紹介は第一印象を決める、すなわちこれからの学校生活を決める大切なイベントだ。どういう挨拶をすれば好印象を得られるか、俺の高校デビューはこの自己紹介にかかっていると言っても過言ではない。
俺がここまで自己紹介……もといこれからの学校生活に情熱を燃やしている理由は俺の過去にある。
俺は中学の頃、理不尽な酷いいじめにあって以来最近までずっと引きこもりだった。いじめの理由は今でもわからない。どうせくだらない、考えるだけ無駄だ。
そんなことがあったから高校では心機一転し、新しい人生をスタートさせたい。その思いを糧に必死でいじめられていた自分と向きあっていった結果、見事恐怖心に打ち勝ち高校受験を機に外へ出ることができた。
――が、あの苦しみを完全に忘れることは出来なかった。
「っ……!」
たまに過去を思い出して不安になった時はおもむろにポケットからお守りを取り出し、それを握り締めて目を閉じる。こうして深く息を吸って吐くと心が落ち着くからほぼ習慣化してる。
大丈夫……大丈夫、知り合いは一人もいない遠い高校を選んだし、ダサい眼鏡は卒業してコンタクトにしたし、髪も染めてみたし、笑顔の練習だって頑張った。一時は自信喪失してどん底だった精神状態も回復しつつある。
とはいえ長年染み付いた対人恐怖症は完全に拭いきれなくて、今でも僅かだが苦手意識が残っている。そんな俺だから最初が肝心の自己紹介は少しでも気が抜けないんだ。
「えー……よろしくお願いします。中学の頃入っていた部活は――って部活入ってなかったし……趣味はカラオケ――つっても一人カラオケ専門で人前で歌ったことはねぇし。」
顎に手をやり考えを巡らせていた俺は夢中になりすぎて周りなんて見えていなかった。……突然視界の外から話し掛けられるまでは。
「一人で何喋ってんの?」
自分以外の声が聞こえた瞬間、時が止まった。
――そう、このとき俺に話し掛けてきた男こそ諸悪の根元康平、後のストーカーである。
油断してたとはいえ予想外の出来事にパニックになった俺は、不思議そうな顔をした康平と暫く見つめあった後、無理矢理笑顔を作って逃げるようにその場を後にした。
ちなみに自己紹介は何事もなく無事に終了。意外と皆そこまで張り切っていなくて、ほとんどが名前と出身中学のみの自己紹介だったから俺もそれに便乗してうまく溶け込んだ。
問題はその次の日だ。この日からさっそく下駄箱に貢ぎ物があって、不審に思いながら教室に入った瞬間康平と目があった。俺を待っていたらしく、表情がパッと明るくなったのを今でも覚えてる。
「涼太、涼太!」
自己紹介で知った俺の名を気安く呼びながら嬉しそうにやってきた康平。昨日の事で何か言われるんじゃ……と身構えたのもつかの間、妙に真剣な顔つきになった康平は俺より上にあるその頭を下げ、教室の真ん中で一際通る声で腹からしっかり声を出した。
「好きです、付き合ってください!」
「……は?」
多数のクラスメートに見守られる中、俺は出会って間もない同性から公開告白を受けたのだった。
最初はからかってるんだと思った、だから怪訝な顔をして言ってやった。「何の罰ゲーム?」って。そしたら康平は本気だと言うじゃないか、ますます意味がわからない。罰ゲームにしといてくれりゃいいのに。
どちらにせよ俺の返事はNOだ、昨日今日知り合ったばかりというのもあるが何より同性だからというのが大きい。それに見た目からして元ヤン臭がする康平の容姿は、俺をいじめていた主犯達と似てるから一目見た時から苦手だったんだ。
「ごめん、無理です。」
あくまでシンプルな返事だったが、周囲からの注目を集めているだけあって教室中は騒然とした。入学したての時期に大勢が見てる前で男が男に告白しあっけなくフラれたのだ、戸惑いと冷やかしの声が混ざって居心地が悪い。
「そっか、無理か……。」
しゅんと肩を落とした康平。人生初の告白を受けた身としては相手に落ち込まれるとちょっと罪悪感が残るが、正直この条件でOKする奴なんていないだろと呆れる自分もいる。だけど同情しているのも確かだ、この件のせいでこいつは周りから奇異の目で見られるのだから。
なのでちょっと情けをかけた、思えばこれが俺の人生最大の間違いだったのだ。
「そんな落ち込むなよ、俺らまだ会ったばかりだしさ、お前人付き合い上手そうだし、これからもいい人は見つかるって。」
「涼太……。」
さすがに友達になろうとまでは言えなかった、不良は苦手だ。だけど康平はまるで絶望の淵から一筋の希望の光を見たような目をしていた。
「涼太、ありがとう。」
「あぁ、お互い頑張ろうな。」
よし、諦めたな。と胸を撫で下ろすが甘かった。
「俺、諦めねぇからぁぁっ!」
「諦めねぇの!?」
康平は予想以上に執念深かった。後になって知ったが、さきほどの同情の言葉で脈ありと判断したらしい。
そしてその日から康平の求愛という名のストーカーが始まる。
「涼太ぁーおはよー!」
「なっ、なんでお前がここに!」
朝は電車の時間とよく利用する車両まで把握されて、通学は高確率で一緒になる事から始まったがこれは時間と車両をランダムに変えることで解決した。が、康平はその程度で止まる奴じゃない。
「涼太、昨日男とスーパー行ってたろ、『えーちゃん』って誰。」
「何でそんなキレてんだよ、瑛 ちゃんは兄だから。」
三日目になると俺のあらゆる私物にGPSや盗聴器を仕込み俺の行動を把握し始めた。
「さすがにバイト先までは来ないな……いらっしゃいませー。」
「スマイルテイクアウトでー!」
「うぉぉぉい!!」
ついにはバイト先も突き止められる。
「スマイルテイクアウトなんかねぇよ、適当にセットでも食って帰れ!」
「じゃあ照り焼きバーガー1つ。んで、涼太が上がる21時にまた来るわ、そんときお前をテイクアウトするから!」
「なんで上がりの時間知ってんだよ。」
何故かスタッフしか持っていないはずのシフト表まで手に入れて、それでは飽きたらず俺のバイト先から徒歩数秒くらいに位置するコンビニでバイトを始めやがった。シフトを把握されているため上がる時間も同じ時間に調整されており、バイト帰りは必ずこいつが付いてくる。
「涼太、一緒に帰ろうぜー。」
「また待ち伏せ……。」
家まで送ってくれるから夜道は安全なんだけど、そのせいで住所を知られてしまったという失態をおかす。
「じゃあな涼太、お義兄さんによろしく!」
「お義兄さんてなんだよ!」
「あ、お義父さんとお義母さんにも!」
「義をつけるな義を! 旦那気取りか!」
もちろん家族構成も把握されている。
「うわっ、今日はパウンドケーキか。プレーン、チョコ、抹茶……無駄にクオリティたけぇ。」
「全部涼太が食っていいんだぜっ!」
「丸ごと三本も食えるか!」
自己アピールのつもりなのか手作りのお菓子や小物を俺の下駄箱や鞄に突っ込んだり。
「手書きのラブレターなんて、意外と古い手使うんだなお前。」
「内容も全部違うぜ!」
「ふぅん、読んでねぇわ。」
「ひっでぇー!」
毎日毎日内容の違うラブレターを書き。
「涼太ー、愛してるぜー!」
「うるっせぇ授業中に叫ぶなボケ!」
そして目が合えば愛の告白。ちなみにこのあと二人揃って先生に怒鳴られている。
あとあれだ、ゴミ捨てといてやるという名目で俺が使ったストローをこっそりポケットに忍ばせてること、俺は気付いてるからな。
冗談抜きで気持ち悪いし大迷惑だが、ここまでくるとある意味感心する。よくもまぁ出会って間もない男のためにここまで頑張れるよな。その執念はすげぇよ、尊敬はしねぇけど。
「おいお前俺のストローポケットに入れただろ。俺が気付かないとでも思ったか?」
「バレてたか! ごめん、涼太の事が好きすぎてつい!」
「ついじゃねぇよこのド変態野郎!」
――こうして地獄のような生活が14日続いて今に至る。
「涼太です、よろしくお願いします。……うーん、これだけじゃ印象が薄いか……。」
最初の自己紹介は第一印象を決める、すなわちこれからの学校生活を決める大切なイベントだ。どういう挨拶をすれば好印象を得られるか、俺の高校デビューはこの自己紹介にかかっていると言っても過言ではない。
俺がここまで自己紹介……もといこれからの学校生活に情熱を燃やしている理由は俺の過去にある。
俺は中学の頃、理不尽な酷いいじめにあって以来最近までずっと引きこもりだった。いじめの理由は今でもわからない。どうせくだらない、考えるだけ無駄だ。
そんなことがあったから高校では心機一転し、新しい人生をスタートさせたい。その思いを糧に必死でいじめられていた自分と向きあっていった結果、見事恐怖心に打ち勝ち高校受験を機に外へ出ることができた。
――が、あの苦しみを完全に忘れることは出来なかった。
「っ……!」
たまに過去を思い出して不安になった時はおもむろにポケットからお守りを取り出し、それを握り締めて目を閉じる。こうして深く息を吸って吐くと心が落ち着くからほぼ習慣化してる。
大丈夫……大丈夫、知り合いは一人もいない遠い高校を選んだし、ダサい眼鏡は卒業してコンタクトにしたし、髪も染めてみたし、笑顔の練習だって頑張った。一時は自信喪失してどん底だった精神状態も回復しつつある。
とはいえ長年染み付いた対人恐怖症は完全に拭いきれなくて、今でも僅かだが苦手意識が残っている。そんな俺だから最初が肝心の自己紹介は少しでも気が抜けないんだ。
「えー……よろしくお願いします。中学の頃入っていた部活は――って部活入ってなかったし……趣味はカラオケ――つっても一人カラオケ専門で人前で歌ったことはねぇし。」
顎に手をやり考えを巡らせていた俺は夢中になりすぎて周りなんて見えていなかった。……突然視界の外から話し掛けられるまでは。
「一人で何喋ってんの?」
自分以外の声が聞こえた瞬間、時が止まった。
――そう、このとき俺に話し掛けてきた男こそ諸悪の根元康平、後のストーカーである。
油断してたとはいえ予想外の出来事にパニックになった俺は、不思議そうな顔をした康平と暫く見つめあった後、無理矢理笑顔を作って逃げるようにその場を後にした。
ちなみに自己紹介は何事もなく無事に終了。意外と皆そこまで張り切っていなくて、ほとんどが名前と出身中学のみの自己紹介だったから俺もそれに便乗してうまく溶け込んだ。
問題はその次の日だ。この日からさっそく下駄箱に貢ぎ物があって、不審に思いながら教室に入った瞬間康平と目があった。俺を待っていたらしく、表情がパッと明るくなったのを今でも覚えてる。
「涼太、涼太!」
自己紹介で知った俺の名を気安く呼びながら嬉しそうにやってきた康平。昨日の事で何か言われるんじゃ……と身構えたのもつかの間、妙に真剣な顔つきになった康平は俺より上にあるその頭を下げ、教室の真ん中で一際通る声で腹からしっかり声を出した。
「好きです、付き合ってください!」
「……は?」
多数のクラスメートに見守られる中、俺は出会って間もない同性から公開告白を受けたのだった。
最初はからかってるんだと思った、だから怪訝な顔をして言ってやった。「何の罰ゲーム?」って。そしたら康平は本気だと言うじゃないか、ますます意味がわからない。罰ゲームにしといてくれりゃいいのに。
どちらにせよ俺の返事はNOだ、昨日今日知り合ったばかりというのもあるが何より同性だからというのが大きい。それに見た目からして元ヤン臭がする康平の容姿は、俺をいじめていた主犯達と似てるから一目見た時から苦手だったんだ。
「ごめん、無理です。」
あくまでシンプルな返事だったが、周囲からの注目を集めているだけあって教室中は騒然とした。入学したての時期に大勢が見てる前で男が男に告白しあっけなくフラれたのだ、戸惑いと冷やかしの声が混ざって居心地が悪い。
「そっか、無理か……。」
しゅんと肩を落とした康平。人生初の告白を受けた身としては相手に落ち込まれるとちょっと罪悪感が残るが、正直この条件でOKする奴なんていないだろと呆れる自分もいる。だけど同情しているのも確かだ、この件のせいでこいつは周りから奇異の目で見られるのだから。
なのでちょっと情けをかけた、思えばこれが俺の人生最大の間違いだったのだ。
「そんな落ち込むなよ、俺らまだ会ったばかりだしさ、お前人付き合い上手そうだし、これからもいい人は見つかるって。」
「涼太……。」
さすがに友達になろうとまでは言えなかった、不良は苦手だ。だけど康平はまるで絶望の淵から一筋の希望の光を見たような目をしていた。
「涼太、ありがとう。」
「あぁ、お互い頑張ろうな。」
よし、諦めたな。と胸を撫で下ろすが甘かった。
「俺、諦めねぇからぁぁっ!」
「諦めねぇの!?」
康平は予想以上に執念深かった。後になって知ったが、さきほどの同情の言葉で脈ありと判断したらしい。
そしてその日から康平の求愛という名のストーカーが始まる。
「涼太ぁーおはよー!」
「なっ、なんでお前がここに!」
朝は電車の時間とよく利用する車両まで把握されて、通学は高確率で一緒になる事から始まったがこれは時間と車両をランダムに変えることで解決した。が、康平はその程度で止まる奴じゃない。
「涼太、昨日男とスーパー行ってたろ、『えーちゃん』って誰。」
「何でそんなキレてんだよ、
三日目になると俺のあらゆる私物にGPSや盗聴器を仕込み俺の行動を把握し始めた。
「さすがにバイト先までは来ないな……いらっしゃいませー。」
「スマイルテイクアウトでー!」
「うぉぉぉい!!」
ついにはバイト先も突き止められる。
「スマイルテイクアウトなんかねぇよ、適当にセットでも食って帰れ!」
「じゃあ照り焼きバーガー1つ。んで、涼太が上がる21時にまた来るわ、そんときお前をテイクアウトするから!」
「なんで上がりの時間知ってんだよ。」
何故かスタッフしか持っていないはずのシフト表まで手に入れて、それでは飽きたらず俺のバイト先から徒歩数秒くらいに位置するコンビニでバイトを始めやがった。シフトを把握されているため上がる時間も同じ時間に調整されており、バイト帰りは必ずこいつが付いてくる。
「涼太、一緒に帰ろうぜー。」
「また待ち伏せ……。」
家まで送ってくれるから夜道は安全なんだけど、そのせいで住所を知られてしまったという失態をおかす。
「じゃあな涼太、お義兄さんによろしく!」
「お義兄さんてなんだよ!」
「あ、お義父さんとお義母さんにも!」
「義をつけるな義を! 旦那気取りか!」
もちろん家族構成も把握されている。
「うわっ、今日はパウンドケーキか。プレーン、チョコ、抹茶……無駄にクオリティたけぇ。」
「全部涼太が食っていいんだぜっ!」
「丸ごと三本も食えるか!」
自己アピールのつもりなのか手作りのお菓子や小物を俺の下駄箱や鞄に突っ込んだり。
「手書きのラブレターなんて、意外と古い手使うんだなお前。」
「内容も全部違うぜ!」
「ふぅん、読んでねぇわ。」
「ひっでぇー!」
毎日毎日内容の違うラブレターを書き。
「涼太ー、愛してるぜー!」
「うるっせぇ授業中に叫ぶなボケ!」
そして目が合えば愛の告白。ちなみにこのあと二人揃って先生に怒鳴られている。
あとあれだ、ゴミ捨てといてやるという名目で俺が使ったストローをこっそりポケットに忍ばせてること、俺は気付いてるからな。
冗談抜きで気持ち悪いし大迷惑だが、ここまでくるとある意味感心する。よくもまぁ出会って間もない男のためにここまで頑張れるよな。その執念はすげぇよ、尊敬はしねぇけど。
「おいお前俺のストローポケットに入れただろ。俺が気付かないとでも思ったか?」
「バレてたか! ごめん、涼太の事が好きすぎてつい!」
「ついじゃねぇよこのド変態野郎!」
――こうして地獄のような生活が14日続いて今に至る。