うちよそ
最初はムーミンパパだった。
2回目はスノークのお嬢さん。
3回目は、スナフキンだ。
……職場の近くのカフェがムーミンコラボをしていると、ゼミ生から聞いた。俺のムーミン趣味を知っている唯一の学生は、「あたし着いていってあげないからね!」と言って帰っていった。
今日は午後の講義がなく、ゼミもない。暇を持て余し……いや、明日の講義の準備はある。少し逡巡したあと、俺はノートパソコンを鞄に入れ、研究室を出た。
件のカフェは職場から歩いて10分ほどの場所にある。カフェの前ではムーミンがメニューが書かれた黒板を持って座っていた。ちらりと窓から中を覗くと、案の定女性連れか子供連ればかりだ。ムーミンが好きな男のソロ客なんて、俺ぐらいだろう。だが、黒板に貼り付けられたミィのラテアートは可愛い。随分と器用な店員がいるのだろう。意を決して店内に入り、空いている席に座る。数分も待たない間に、男の店員……顔が良い。俺と別ベクトルで顔が良い店員が、メニュー表を持って……それと、うっすら紫色のふわふわ……ムーミンパパを持って、おもむろに俺の正面の椅子にムーミンパパを置いた。
面食らったが、ムーミンパパはかっこいい。何度か瞬きしたあと店員を見ると、笑顔で俺を見ていた。俺が男ソロで寂しいとでも思ったのだろうか。どんな気遣い?と思ったが、テーブルに顎を乗せているムーミンパパが可愛かったので、思わず笑ってしまった。
「俺、ムーミンパパ好きなんだよな。あざす」
そう言うと、男店員は気まずそうにメニューを置いて下がってしまった。
ラテアートを注文し、パソコンを立ち上げる。パワポを作りながら横目でキッチンを見ると、さっきの顔の良い男店員がラテアートを作っていた。器用な店員はあの男の人か。届いたラテアートはムーミンパパの顔だった。俺がムーミンパパを好きだと言ったからパパを描いてくれたのか。律儀な店員だ。
オリジナルコースターを貰えた俺は味をしめて、もう一度このカフェに来ていた。
あの顔の良い男店員は今日もいた。今日は、スノークのお嬢さんを俺の前に置いてくれた。
「スノークのお嬢さんも好きだ。あざす」
「は、はい。よかったです」
顔の良い店員は、俺にメニューと裏に伏せたコースターを置いてまた下がってしまった。またラテアートを頼むと、今日は顔の良い店員がラテアートを持って俺の席に来た。
「あ、ミィ」
「お好き、ですか」
「仲間たちはみんな好き」
「そうですか、よかったです」
背景にぼのぼのみたいに汗が飛んで見えるのは気のせいだろうか。
3回目も、あの店員がいた。今度はスナフキンを置いてきた店員の胸には、「朽葉」という名札とムーミンのラバーがついたボールペンがついている。
「お兄さん」
「はっ、はい」
「好きなの?」
もちろん、ムーミンがだ。ムーミンコラボをやっているから仕事の都合でムーミングッズをつけている可能性もある。だが、同志ならば。同じくムーミンのオタクなのだとしたら。そこまで言わずとも、ムーミンが好きなのだとすれば。俺のムーミン趣味を理解してくれる人かもしれない。そう思って話しかけると、朽葉というらしい店員は体を縮こめた。
「っ!?…あ、え、えと…は、はい!!好きです!!!パッと見はクールに見えるけど…その、可愛いとこもあって素敵だと思います……」
スナフキン派か。
「いいよなスナフキン。立て看板抜いたりするのちょっと可愛いし」
「は、はい!!そうです!!」
はっと顔を上げた朽葉なる男店員は、やっぱり顔が良かった。儚げな顔をしているが、喋ってみれば思ったよりボイスがデカい。もしかしたらオタク特有のやつかもしれないし、そうではないかもしれない。こんな一言二言で人間像は測れないものだ。
しかし、気付いてみれば、今日もそれなりにカフェの席は埋まっている。もっと話してみたいが、ラテアートを担当しているこの店員は忙しいだろう。
「ごめんな急に引き留めて。お仕事頑張ってな、お兄さん」
「ありがとうございます……」
店員は恥ずかしそうに下がっていく。やっぱり背景にぼのぼのの汗みたいなのが見えた。
届いたラテアートは、相変わらず丁寧に可愛くスナフキンが描かれていた。スナフキンが相当好きなのだろう。
もし、もしも。
コラボカフェじゃないときも胸にムーミンのボールペンをさしていたなら、もう少し詳しく話しかけてみようか。同志よ!となるかもしれないし、ならないかもしれないけど。
このカフェは職場からも近いし、いい息抜き場所になりそうだ。
2回目はスノークのお嬢さん。
3回目は、スナフキンだ。
……職場の近くのカフェがムーミンコラボをしていると、ゼミ生から聞いた。俺のムーミン趣味を知っている唯一の学生は、「あたし着いていってあげないからね!」と言って帰っていった。
今日は午後の講義がなく、ゼミもない。暇を持て余し……いや、明日の講義の準備はある。少し逡巡したあと、俺はノートパソコンを鞄に入れ、研究室を出た。
件のカフェは職場から歩いて10分ほどの場所にある。カフェの前ではムーミンがメニューが書かれた黒板を持って座っていた。ちらりと窓から中を覗くと、案の定女性連れか子供連ればかりだ。ムーミンが好きな男のソロ客なんて、俺ぐらいだろう。だが、黒板に貼り付けられたミィのラテアートは可愛い。随分と器用な店員がいるのだろう。意を決して店内に入り、空いている席に座る。数分も待たない間に、男の店員……顔が良い。俺と別ベクトルで顔が良い店員が、メニュー表を持って……それと、うっすら紫色のふわふわ……ムーミンパパを持って、おもむろに俺の正面の椅子にムーミンパパを置いた。
面食らったが、ムーミンパパはかっこいい。何度か瞬きしたあと店員を見ると、笑顔で俺を見ていた。俺が男ソロで寂しいとでも思ったのだろうか。どんな気遣い?と思ったが、テーブルに顎を乗せているムーミンパパが可愛かったので、思わず笑ってしまった。
「俺、ムーミンパパ好きなんだよな。あざす」
そう言うと、男店員は気まずそうにメニューを置いて下がってしまった。
ラテアートを注文し、パソコンを立ち上げる。パワポを作りながら横目でキッチンを見ると、さっきの顔の良い男店員がラテアートを作っていた。器用な店員はあの男の人か。届いたラテアートはムーミンパパの顔だった。俺がムーミンパパを好きだと言ったからパパを描いてくれたのか。律儀な店員だ。
オリジナルコースターを貰えた俺は味をしめて、もう一度このカフェに来ていた。
あの顔の良い男店員は今日もいた。今日は、スノークのお嬢さんを俺の前に置いてくれた。
「スノークのお嬢さんも好きだ。あざす」
「は、はい。よかったです」
顔の良い店員は、俺にメニューと裏に伏せたコースターを置いてまた下がってしまった。またラテアートを頼むと、今日は顔の良い店員がラテアートを持って俺の席に来た。
「あ、ミィ」
「お好き、ですか」
「仲間たちはみんな好き」
「そうですか、よかったです」
背景にぼのぼのみたいに汗が飛んで見えるのは気のせいだろうか。
3回目も、あの店員がいた。今度はスナフキンを置いてきた店員の胸には、「朽葉」という名札とムーミンのラバーがついたボールペンがついている。
「お兄さん」
「はっ、はい」
「好きなの?」
もちろん、ムーミンがだ。ムーミンコラボをやっているから仕事の都合でムーミングッズをつけている可能性もある。だが、同志ならば。同じくムーミンのオタクなのだとしたら。そこまで言わずとも、ムーミンが好きなのだとすれば。俺のムーミン趣味を理解してくれる人かもしれない。そう思って話しかけると、朽葉というらしい店員は体を縮こめた。
「っ!?…あ、え、えと…は、はい!!好きです!!!パッと見はクールに見えるけど…その、可愛いとこもあって素敵だと思います……」
スナフキン派か。
「いいよなスナフキン。立て看板抜いたりするのちょっと可愛いし」
「は、はい!!そうです!!」
はっと顔を上げた朽葉なる男店員は、やっぱり顔が良かった。儚げな顔をしているが、喋ってみれば思ったよりボイスがデカい。もしかしたらオタク特有のやつかもしれないし、そうではないかもしれない。こんな一言二言で人間像は測れないものだ。
しかし、気付いてみれば、今日もそれなりにカフェの席は埋まっている。もっと話してみたいが、ラテアートを担当しているこの店員は忙しいだろう。
「ごめんな急に引き留めて。お仕事頑張ってな、お兄さん」
「ありがとうございます……」
店員は恥ずかしそうに下がっていく。やっぱり背景にぼのぼのの汗みたいなのが見えた。
届いたラテアートは、相変わらず丁寧に可愛くスナフキンが描かれていた。スナフキンが相当好きなのだろう。
もし、もしも。
コラボカフェじゃないときも胸にムーミンのボールペンをさしていたなら、もう少し詳しく話しかけてみようか。同志よ!となるかもしれないし、ならないかもしれないけど。
このカフェは職場からも近いし、いい息抜き場所になりそうだ。
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