そのほか

神様、どうかわたしのお願いを叶えてください。
寮の窓から見える空は暗く鈍色の曇り空で、真っ赤に燃えた色の葉をつけた木々は風で揺れている。こんな天気は、まるでわたしの心を表しているようだ。わたしの目の前にあるレターセットは、未だ綴るべき言葉がわからず白紙のまま。
好きな人が、いる。シュウメイくんは、わたしの好きな人は、古風なことが好きだから、こうして心を手紙にして伝えようとしたけれど、結局どんな言葉ならシュウメイくんの心に届くのかがわからない。やっぱり少し古風な言葉遣いを綴るのがいいだろうか。いや、ヘタに使い慣れない言葉を書くよりは、気持ちをストレートに伝えたほうがいいかもしれない。そんなことを考えて、考えて、考えて――結局書いたものをゴミ箱に放り投げてはため息をついている。
溜息で、机の上に置いておいた葉っぱがふわりと動いた。赤いけれどところどころ黄色い、ハート型の葉っぱ。ちょっと色むらがあるそれは、さっき外庭で拾ったものだ。赤いハートが可愛いと思って拾った葉っぱは、今やわたしのため息に吹かれて机の上でクルクル回っている。わたしの心の内側を表すように、くるくると。これは、手紙の中にひとひら吹き込もう。まだ空っぽの封筒の中にそれを入れて、わたしは大きく伸びをした。
神様!どうしたらシュウメイくんにこの想いを伝えられるでしょうか!そう空に問いかけてみても、雲に閉ざされて届きそうにない。文字を綴るペン先は行ったり戻ったりで忙しい。
それからたっぷり数時間、結局わたしは便箋に綴るべき言葉を失くしたままでいる。外はまだ、曇り空のままで。悩みすぎて、いつの間にかすっかり真夜中になっている。月も見えない曇り空の下で、わたしはまだずっと、悩んでいる。
いっそ、伝えないほうがいいのだろうか。シュウメイくんはボタンの宝物だ。わたしのじゃない。わたしがいくらシュウメイくんのことが好きでも、シュウメイくんにとっての宝物はスター団のみんなであって、わたしじゃない。わたしは言わば、闖入者なのだ。勝手に好きになって、勝手に落ち込んでいる自分が滑稽で仕方ない。
でも――
「すき、なんだもんなぁ」
白紙の便箋に、涙が一つ落ちた。
すき。すきなの。どうしようもないくらい、すきなの。
赤と緑で塗られた爪先も、すらりと身長が高いところも、布の間から見える優しくて臆病そうな青い目も、仲間思いなところも、優しいところも、こわがりなくせに強がるところも、全部、全部、すきなの。好きになっちゃったんだから仕方ない。でも、わたしはそんなことしか知らないの。そんなことしか知らないわたしが、愛してほしいって願うなんて、思い上がりなのかもしれない。
でもね、シュウメイくん。わたしは燃える葉だけを入れた封筒を握り、窓を開けて、カシオペア座も見えない空に向かって手を伸ばす。シュウメイくんってチーム・シーのリーダーだから、知ってると思うけど……シーって、連星かもしれないんだって。だから、そんな星たちみたいに、わたしがシュウメイくんの連星になりたいの。
……そんなこと、恥ずかしくって言えないな。伸ばした手は、力なく窓枠に落ちた。
「アオイ殿?」
ふと、下から聞きたくて仕方のなかった声が聞こえた。声の方へ視線を向けると、相変わらず毒タイプの色をした人がこちらを見ていた。
「シュウメイくん」
「こんな時間に窓を開けていると冷えるでござるよ」
「シュウメイくんこそ、こんな時間までトレーニング?」
「そうであるな。夜分も遅くなった故、今から自室に戻るところでござる」
「そっか、遅くまでお疲れ様です」
「アオイ殿も、このように遅くまで根を詰めれば明日に差し障る。早めに――」
そう言うシュウメイくんの声を、一際強く吹いた木枯らしが攫った。身を切るような冷たさに思わず顔を手で覆うと、その手から封筒が落ちてしまった。
「あっ!」
木枯らしは、封筒を真っ直ぐシュウメイくんの元に運んでいった。まだ、赤い葉っぱ一枚しか入っていないそれが、シュウメイくんの足元にふわりと落ちる。
「アオイ殿、これは」
「っ、なんでもないの!なんでもなくて、ただ葉っぱが入ってるだけ!なんでもないの!」
封筒を、シュウメイくんが拾い上げる。触れば、中に葉っぱ一枚しか入っていないことはすぐわかるだろう。指先の感覚でそれが分かったのか、シュウメイくんはそれを持ったままこちらをまた見上げた。
「大切なものなら、今から届けに参るでござるよ」
「大切……じゃ、ない……さっき拾っただけで……」
「だが、封筒に入れるほどのもの。誰かに渡すものでは?」
「そんな、こと……」
言葉はどんどん小さくなってしまう。そう。あなたに、見てほしかったの。あなたに、触れてほしかったの。あなたに、あなたに笑ってほしかったの。そんなことすら、意気地なしのわたしには、言えない。頬に、涙が滑り落ちた。
「アオイ殿」
宥めすかすような、優しい声色だった。
「葉のひとひらしか入っていないなら、我がこれを貰ってもいいでござるか?」
願ってもない。それはもともとシュウメイくんに見せるために持ってきたものだ。涙を拭って「はい」と返事をすると、シュウメイくんは封筒を懐に入れて、目元しか見えないながらにこりと青い目で弧を描いてみせた。
「有難く頂戴いたす」
「いや、そんな……それは」
「やはり、誰か宛でござるか?」
いじわるなことを聞かないで。わたしが手紙を書きたいと思ったのなんて、あなたにだけだよ。
「……シュウメイくんに、あげたいの」
「では矢張り、有難く」
そう言い、シュウメイくんは立ち去ってしまった。懐に、くしゃくしゃの封筒を入れたまま。
――何はともあれ。シュウメイくんにあれが渡ってしまった。あのハート形の落ち葉の意味に、彼は気付いてしまうだろうか。それが怖くて、わたしは結局ベッドの中で目を見開いたまま、明け方を迎えてしまうのだった。

翌日。学園のエントランスで予習用の資料を探していると、数時間ぶりにシュウメイくんと会った。シュウメイくんは椅子に座ってじっと本を読んでいたが、わたしの気配に気づいたのかふと顔をあげて、わたしに微笑んでくれた。
「シュウメイくん、こんにちは。何を読んでいるの?」
「歴史についてでござるよ。学び舎に籍を置くならば、予習は当然でござる」
そう言いながら、シュウメイくんはポケットから赤いものを出して本のページの上に置いた。それは、昨日わたしが窓から落としてしまったもの。シュウメイくんに見てほしくて仕方なかった赤い葉っぱを、綺麗に栞にしたものだった。
「それ……」
「これでござるか?捨てるに惜しい故、栞にさせていただいた」
「な、なんで」
「思慕の情を抱く相手から頂戴したものは、何でも嬉しいでござるよ」
なんて、言った。思慕の情?さらりと言ってのけるシュウメイくんを前に、わたしは本を手から落として立ち尽くしてしまった。
「ああ、顔までそう紅葉のように染めるな」
そう言い、シュウメイくんは熱くなったわたしの頬にそっと指先を滑らせた。優しい指先に、私はもっと赤くなってしまう。
「紅葉顔負けでござるな」
そんな風に微笑まれては、触れられては、正常じゃいられない。わたしは落ちた本もそのままに、爆発しそうな頭を抱えて床に膝をついた。
すると、シュウメイくんはわたしにすっと手を差し出して、青い瞳にわたしを映してみせた。
「膝をつくのは我の方でござるよ、アオイ殿」
シュウメイくんの手を見ると、その上にあるのは紅い栞。ハート形の、色むらが昨日拾ったものとは少し違う葉っぱをラミネート加工したそれが、シュウメイくんの手の上にある。
「勘違いであれば詮無いが、これが我なりの思慕でござる」
おそろいの、ハート。シュウメイくん、わざわざこれを探してくれたんだ。これだけ思慕を向けられていたことに、わたしは今まで気づかなかった。誰の宝物、とかを勝手に考えていたこと自体が間違っていた。わたしだって宝物は一つじゃないのに、シュウメイくんの宝物をスター団一つだと勝手に決めつけて。シュウメイくんは、こんなにわたしに歩み寄ってくれたのに。
シュウメイくんの掌にある栞にそっと指を伸ばすと、シュウメイくんはもう片方の手をわたしの手の甲に重ねてくれた。赤く塗られた、深爪ぎみの指。冷たい指だけれど、その指から鼓動までも伝わってくる。ドキドキしてるの、わたしだけじゃない。
「両想い、でござるな」
シュウメイくんは秘め事を小さな声で囁いた。重ねた二人の手の間には、大きな赤いハート。いつまでも色あせない、真っ赤な心。手紙にいくら書いても足りなかったあなたへの想いは、今、「わたしもすき」というシンプルな言葉だけになって、シュウメイくんの瞳を揺らがせたのだった。
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