ペパアオ
オレの依存先は、マフィティフだった。
母ちゃんはいつの間にかいなくて、父ちゃんは仕事一辺倒ちゃんで、オレのことなんて見向きもしなかったし。オレにはマフィティフしかいなかった。世界で一つだけ何かを選ぶなら、絶対にマフィティフ。それ以外のことは、正直どうでもよかった。日差しが叫ぶ公園で、他の家族が楽しそうにしていたとしても、オレにはマフィティフがいたからそれだけでオレの世界は十分に過ぎた。――アオイと、友達になるまでは。
友達、そう、友達。オレとアオイは友達だ。それ以上でもそれ以下でもない。友達だ。アオイとゼロエリアに行くにあたって、機械に強いボタンとバトルに明るいネモを紹介してもらい、一緒に地下深くまで向かった。ボタンもネモも一癖……いや、二癖もある奴らだったけど、いい奴らだった。それは認める。話が終わった後、一緒にテーブルシティで買い食いをして……それで、そこそこ仲良くなったと思う。今回の課外授業は、このためにあったのかと思うほどに。オレにはマフィティフしかいなかったけれど、マフィティフ以外に何もなかったオレに友達が三人もできた。たった数か月前には、こんなこと想像がつかなかった。オレはマフィティフのことしか考えていなかったから、マフィティフが調子を崩してからというものの、酷く他人に心を閉ざしていたのだと自覚した。オレは、自分で選んだとはいえ、孤独だったのだ。
それが、今ではどうだ。マフィティフは元気になり、ネモ、ボタン、そしてアオイ。あの事件が終わってからも、時々一緒にいる。友人という距離感が妙に心地よかった。付かず離れず、そんな距離感が。
特にアオイ。アオイといっしょにいると、空がやけに青く見える。近くに見える。手を伸ばせば届きそうな距離に見える。つかめそうな、そんな気がして仕方ないのだ。
アオイ、という名前のせいだろうか。青い青い空が、オレを包んでくれているような気がする。オレの世界を色付けていったのは、どこまでもアオイの存在ありきだった。ネモはネモいけど明るくていいやつだし、ボタンは毒舌で引っ込み思案という矛盾だが、悪い奴じゃない。この二人と過ごす時間も悪くないのだが、アオイは。アオイだけは、別、なんだ。
「ペパー先輩」
オレを呼ぶ、弾んだ声が心地いい。もっと、もっとその声でオレを呼んでくれと懇願したくなる。その目でオレを見ていてくれと縋りつきたくなる。はてさて、それは友人に向けて持っていい感情なのだろうか?少しの疑問がオレの胸をかすめていくが、アオイのこととなるとすっかりどうでもよくなってしまう。一生、友達でいてくれ。そう思ってしまうほどに。
「ペパー先輩、今日は何処に行くの?」
「そうだなぁ、晴れてるところでピクニックとかどうだ?うまいサンドウィッチ、作るぜ」
「やった!!」
アオイはサンドウィッチと聞くや否やオレの手を引っ張って走り出す。掴まれた手から、アオイの熱が移ってくる。優しくて、あったけー手だ。太陽みたいな、春の空みたいな、あったかさだった。
そんなある日のことだ。アオイが少しの間帰省すると言って学校を休んだ。たった数日の帰省だというのに、オレの胸は妙にざわついた。聞いたことがある。アオイの父親は仕事の都合で各地方を飛び回っていて、コサジタウンにある実家というのもここ数ヶ月でやっと決まった定住地なのだと。
「だから、実家って言っても、実は何週間かしか住んでないんだよね」
そう言ったアオイの表情は、どんなだったっけか。
アオイの親がまた引っ越すことになったら、どうすればいいんだろうか。アオイは、ここを離れて行ってしまうのだろうか。学校も退学して、他の地方へと行ってしまうのだろうか。――そうしたら、オレはどうすればいい?
オレにはマフィティフも、ネモも、ボタンもいるっていうのに。友達には恵まれたって言うのに。それでも、アオイがいなくなるかもしれないという根拠のない不安で押しつぶされそうになっている。
「アオイ、いつ帰って来るんだろうね」
ネモが言う。
「って言ってもネモとアオイはお隣さんしょ。いつでも会えるんじゃないん?」
「それはそうだけどー、アオイが学校最強戦にいないと張り合いがなくてさぁ」
「ネモい……けど、まあわかるかな」
「でしょ?」
ネモとボタンが会話をしているのに、オレはそれに参加する気にもなれなかった。
いつ帰って来るのか、わからない。最悪、どこかに行ってしまうかもしれない。不安だけがオレの胸の中をかき混ぜていた。ホイップクリームをかき混ぜすぎると固くなるように、オレの心臓も冷たく固くなる。苦しくて、仕方ない。景色が、色を失っていく。青いはずの空は、雲がかかったように暗くオレの頭の上にあった。
たった数日のことなのに、夜もうまく眠れなくて。マフィティフにも心配をかけて。そうして数日を苦しみもがいて過ごして、やっとアオイが学校に戻ってくる日がやってきた。
朝からアオイを探して学校中を歩き回って、やっとアオイを見つけたのは昼になる前。遠くに見慣れた三つ編みが揺れているのを見て、オレは転びそうになりながらもアオイの元へと駆けつけていった。
「アオイ……っ!」
「ペパー先輩!ただいま!」
オレの気も知らずにアオイはいつも通りの笑顔を浮かべてオレの名前を呼んだ。乱れた呼吸を落ち着けてアオイの顔を見ると、相変わらずまるい瞳をオレに向けて笑っていた。
「アオイ、どっかに行ったりしないよな」
「え、何のこと?」
「親がまた転勤とか、ないよな」
「あー、その話かぁ。ぜんっぜん!もうここに骨を埋めるってくらいあの家を気に入ってるみたい!」
「そ、そうか……」
膝から力が抜けて、今度こそ尻もちをついた。
「ペパー先輩!?大丈夫!?」
へたりこんだオレに、アオイは手を差し出してくれた。その手を掴むと、相変わらず春の日向みたいにあったけー手で、アオイがいない間に見えていたモノクロームの景色は一瞬で色付いていく。
空は青い。風は優しく頬を撫でる。どこかから鳥ポケモンの鳴き声が聞こえて、アオイの瞳はおれを映してきらめいていた。そうしてやっとわかったのだ。オレは、アオイがいないだけでこんなにもだめになっちまう男なのだと。
たかが友人一人の数日の不在で、と笑われるだろうか。それでも、よかった。アオイが傍にいてくれないと、おれは心臓がさびたようになるから。アオイがいてくれるから、オレはオレでいられる。
友人に対して抱くにはあまりにイタい感情を抱えて、オレはゆっくり立ち上がる。アオイは、まだまだオレと一緒にいてくれる。その手が遠くなろうものなら、オレは学校を辞めて追いかけるだろう。どこまでも、どこまででも。一生、追いかけてやる。オレはオマエがいないとだめだから。オマエがいない世界に、もう呼吸できるところはないから。
オレが呼吸できるように、世界が色付いて見えるように、一生、ずっとずっとそばにいてくれ。縋りついた指先が永遠でなきゃ嫌だ。アオイがいる世界は泣きたいくらいに明るい。それを手放したくないから――だからアオイは、オレの一番の友人なんだ。
母ちゃんはいつの間にかいなくて、父ちゃんは仕事一辺倒ちゃんで、オレのことなんて見向きもしなかったし。オレにはマフィティフしかいなかった。世界で一つだけ何かを選ぶなら、絶対にマフィティフ。それ以外のことは、正直どうでもよかった。日差しが叫ぶ公園で、他の家族が楽しそうにしていたとしても、オレにはマフィティフがいたからそれだけでオレの世界は十分に過ぎた。――アオイと、友達になるまでは。
友達、そう、友達。オレとアオイは友達だ。それ以上でもそれ以下でもない。友達だ。アオイとゼロエリアに行くにあたって、機械に強いボタンとバトルに明るいネモを紹介してもらい、一緒に地下深くまで向かった。ボタンもネモも一癖……いや、二癖もある奴らだったけど、いい奴らだった。それは認める。話が終わった後、一緒にテーブルシティで買い食いをして……それで、そこそこ仲良くなったと思う。今回の課外授業は、このためにあったのかと思うほどに。オレにはマフィティフしかいなかったけれど、マフィティフ以外に何もなかったオレに友達が三人もできた。たった数か月前には、こんなこと想像がつかなかった。オレはマフィティフのことしか考えていなかったから、マフィティフが調子を崩してからというものの、酷く他人に心を閉ざしていたのだと自覚した。オレは、自分で選んだとはいえ、孤独だったのだ。
それが、今ではどうだ。マフィティフは元気になり、ネモ、ボタン、そしてアオイ。あの事件が終わってからも、時々一緒にいる。友人という距離感が妙に心地よかった。付かず離れず、そんな距離感が。
特にアオイ。アオイといっしょにいると、空がやけに青く見える。近くに見える。手を伸ばせば届きそうな距離に見える。つかめそうな、そんな気がして仕方ないのだ。
アオイ、という名前のせいだろうか。青い青い空が、オレを包んでくれているような気がする。オレの世界を色付けていったのは、どこまでもアオイの存在ありきだった。ネモはネモいけど明るくていいやつだし、ボタンは毒舌で引っ込み思案という矛盾だが、悪い奴じゃない。この二人と過ごす時間も悪くないのだが、アオイは。アオイだけは、別、なんだ。
「ペパー先輩」
オレを呼ぶ、弾んだ声が心地いい。もっと、もっとその声でオレを呼んでくれと懇願したくなる。その目でオレを見ていてくれと縋りつきたくなる。はてさて、それは友人に向けて持っていい感情なのだろうか?少しの疑問がオレの胸をかすめていくが、アオイのこととなるとすっかりどうでもよくなってしまう。一生、友達でいてくれ。そう思ってしまうほどに。
「ペパー先輩、今日は何処に行くの?」
「そうだなぁ、晴れてるところでピクニックとかどうだ?うまいサンドウィッチ、作るぜ」
「やった!!」
アオイはサンドウィッチと聞くや否やオレの手を引っ張って走り出す。掴まれた手から、アオイの熱が移ってくる。優しくて、あったけー手だ。太陽みたいな、春の空みたいな、あったかさだった。
そんなある日のことだ。アオイが少しの間帰省すると言って学校を休んだ。たった数日の帰省だというのに、オレの胸は妙にざわついた。聞いたことがある。アオイの父親は仕事の都合で各地方を飛び回っていて、コサジタウンにある実家というのもここ数ヶ月でやっと決まった定住地なのだと。
「だから、実家って言っても、実は何週間かしか住んでないんだよね」
そう言ったアオイの表情は、どんなだったっけか。
アオイの親がまた引っ越すことになったら、どうすればいいんだろうか。アオイは、ここを離れて行ってしまうのだろうか。学校も退学して、他の地方へと行ってしまうのだろうか。――そうしたら、オレはどうすればいい?
オレにはマフィティフも、ネモも、ボタンもいるっていうのに。友達には恵まれたって言うのに。それでも、アオイがいなくなるかもしれないという根拠のない不安で押しつぶされそうになっている。
「アオイ、いつ帰って来るんだろうね」
ネモが言う。
「って言ってもネモとアオイはお隣さんしょ。いつでも会えるんじゃないん?」
「それはそうだけどー、アオイが学校最強戦にいないと張り合いがなくてさぁ」
「ネモい……けど、まあわかるかな」
「でしょ?」
ネモとボタンが会話をしているのに、オレはそれに参加する気にもなれなかった。
いつ帰って来るのか、わからない。最悪、どこかに行ってしまうかもしれない。不安だけがオレの胸の中をかき混ぜていた。ホイップクリームをかき混ぜすぎると固くなるように、オレの心臓も冷たく固くなる。苦しくて、仕方ない。景色が、色を失っていく。青いはずの空は、雲がかかったように暗くオレの頭の上にあった。
たった数日のことなのに、夜もうまく眠れなくて。マフィティフにも心配をかけて。そうして数日を苦しみもがいて過ごして、やっとアオイが学校に戻ってくる日がやってきた。
朝からアオイを探して学校中を歩き回って、やっとアオイを見つけたのは昼になる前。遠くに見慣れた三つ編みが揺れているのを見て、オレは転びそうになりながらもアオイの元へと駆けつけていった。
「アオイ……っ!」
「ペパー先輩!ただいま!」
オレの気も知らずにアオイはいつも通りの笑顔を浮かべてオレの名前を呼んだ。乱れた呼吸を落ち着けてアオイの顔を見ると、相変わらずまるい瞳をオレに向けて笑っていた。
「アオイ、どっかに行ったりしないよな」
「え、何のこと?」
「親がまた転勤とか、ないよな」
「あー、その話かぁ。ぜんっぜん!もうここに骨を埋めるってくらいあの家を気に入ってるみたい!」
「そ、そうか……」
膝から力が抜けて、今度こそ尻もちをついた。
「ペパー先輩!?大丈夫!?」
へたりこんだオレに、アオイは手を差し出してくれた。その手を掴むと、相変わらず春の日向みたいにあったけー手で、アオイがいない間に見えていたモノクロームの景色は一瞬で色付いていく。
空は青い。風は優しく頬を撫でる。どこかから鳥ポケモンの鳴き声が聞こえて、アオイの瞳はおれを映してきらめいていた。そうしてやっとわかったのだ。オレは、アオイがいないだけでこんなにもだめになっちまう男なのだと。
たかが友人一人の数日の不在で、と笑われるだろうか。それでも、よかった。アオイが傍にいてくれないと、おれは心臓がさびたようになるから。アオイがいてくれるから、オレはオレでいられる。
友人に対して抱くにはあまりにイタい感情を抱えて、オレはゆっくり立ち上がる。アオイは、まだまだオレと一緒にいてくれる。その手が遠くなろうものなら、オレは学校を辞めて追いかけるだろう。どこまでも、どこまででも。一生、追いかけてやる。オレはオマエがいないとだめだから。オマエがいない世界に、もう呼吸できるところはないから。
オレが呼吸できるように、世界が色付いて見えるように、一生、ずっとずっとそばにいてくれ。縋りついた指先が永遠でなきゃ嫌だ。アオイがいる世界は泣きたいくらいに明るい。それを手放したくないから――だからアオイは、オレの一番の友人なんだ。