ペパアオ

今日のアオイはヤケに機嫌が悪い。左のほっぺたに大きな絆創膏をくっつけている顔を見たときにはどこか怪我でもしたのかと慌てちまった。だが、大きな怪我ではないようで少し安心した。じゃあ、何でほっぺたに絆創膏なんて貼ってるんだ?と聞くと、アオイはますます機嫌を悪くして、とうとうオレと視線も合わせてくれなくなった。
なにか、悪い事でも言っただろうか?怪我の心配をしただけなんだが。まったく女というものはよくわからない。
「ペパー先輩はわかってない」
「何がだよ。言ってくれなきゃわかるもんもわかんないだろ」
「そういうところがわかってない」
アオイは絆創膏が貼ってあるほうのほっぺたを丸く膨らませて、オレの顔すら見ようとしない。
「アオイ、どうしたんだっての」
「……できたの」
「なにがだよ」
「ニキビ!振られニキビ!できちゃったの!」
振られニキビ、とは。ニキビは思春期の少年少女になら当然できるものだし、そんなことでこんなに機嫌が悪くなるとは思えない。スマホロトムでその不機嫌の理由を検索してみると、果たしてそれは表示される。

左の頬にできるニキビは、好きな人への想いが届かないという暗示。

「……オマエ、好きな人でもいるのか?そんなの気にするって」
「いちゃ悪いですか、ほんとにペパー先輩はなにもわかってない」
……どうやら、アオイには好きな人がいるようだ。そんなこと、考えたこともなかった。アオイが誰かを好きになるというのもだし、そもそもこのアオイを振るような男がいるということも想像がつかなかったからだ。それは、分かっていないと言われても仕方がない。自分の不甲斐なさに小さくため息をつきながら頭を掻くと、とうとうアオイの大きな目から真珠のように涙がこぼれ始めた。
「……ため息つかれた」
「違っ、今のは違ってだな、確かにオレがわかってなかったって反省のため息!な!サンドイッチ作ってやる!機嫌なおせよ、な?」
「釣られないもん……」
アオイは細い指で目からこぼれる小さな真珠たちを拭いとるが、涙は止まってくれそうもない。そんなアオイの姿を見ていると、どうにもむかっ腹が立ってくるというものだ。アオイほどの女をこんなに苦しめるだなんて、そいつはどんな男なんだ。
アオイは、オレのダチだ。ダチのために何でもしてやりたいと、オレは胸に決めていた。だから、アオイの頬にまた薔薇を染めつけたような薄いピンク色が戻ってきてくれるなら、何でもする。アオイがオレを求めてくれるなら、何でも。
「アオイ、オレが協力するから。オマエと好きなヤツ、くっつけてやるから。オレに安心してどーんと任せろよ、な?」
安心させてやろうとした言葉は、アオイの涙の量を増やすだけだった。ぽろぽろと数滴流すだけだった涙が、今じゃ濁流と化している。水タイプか、オマエは。鼻水まで垂らし始めたアオイの顔にハンカチを当ててやると、アオイはもっと大泣きし始めてしまった。
「ど、どうしたってんだよぉ……!」
「うっ、ぐすっ、ぺぱあせんぱいの、ばかっ!」
「なっ!?」
びーびー泣き続けるアオイを前に、オレはもう心に白旗を掲げるしかなかった。

アオイを寮の部屋に送り届けて、自分も部屋に戻ってベッドに横たわる。なんでアオイはあんなに泣いていたんだろう。たかがジンクスだ、本当に振られると決まったわけじゃないだろう。そんなに悲観ちゃんにならなくてもいいような気がする。
だが、乙女心は複雑ともいう。何かのジンクスにでも縋らないとやっていられないような心境のときもあるのだろう。それが今回は悪い方向に働いてしまっただけだ。可哀想なアオイ。どうにかしてやりたい。あの涙で真っ赤になった頬を、目元を、いつもの淡い薔薇色に戻してやりたい。……色事に疎いオレじゃ、頼りないかもしれないけど。アオイのことをこの世で一番に大切なダチだと思っているのはオレだっていう自信だけは、この胸の中にしっかり杭を打っている。
さて、明日はどうアオイを元気づけようか。顎を撫でると、違和感があった。バスルームの鏡に自分の顔を映してみると、顎の真ん中に小さなニキビができたオレがオレを見つめている。

男性の顎にできたニキビは、誰かに思われているという暗示。

余りに馬鹿げた偶然に、オレはまだ赤くなっていないニキビを潰して、明日作るサンドイッチに思いを巡らせる。
油分のないものがいい。さっぱりしたサラダを挟んだものにしよう。アオイはそれを喜んでくれるだろうか。またわかってない、と言われるだろうか。ああそうさ、おれは何もわかっちゃいない、けど──オマエのほっぺがオレのせいで赤くなるなら、それもいいなって思った。

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