ムベショウ

恋を知った。ショウを想うほどに締め付けられる心臓と、そこからじわりと広がる温もりは、今まで知らなかった感覚で、それこそが恋なのだと、唯一の恋なのだと、やっと知った。恋とはこんなものなのかとやっと知ったわしだが、それを伝えるべきか、考えあぐねて。けれど、ショウから好きだと真っ直ぐ好意を伝えられた時、わしは躊躇うことなく首を縦に振っていた。
今となれば、それは酷く愚かなことだったと思う。ショウはまだ若く、自分はもう死に向かうほうが早い身だ。けれど吐いた言葉は無かったことにはできず、そして唯一の恋を知った自分の心を欺くこともできず。
シノビの身だ、それくらい欺けなければならなかった。だが、どうしても。この想いばかりは、騙せない。そうして手に入れた太陽の娘は、今日もイモモチを無心で頬張っている。
「今日も最高においしいです、ムベさん!」
「そうか、そうか」
久々にテルとラベン博士の同伴はない。だからこそショウに供するイモモチを一人前より少し多めに皿に盛ることができた。まだ隠れた付き合いである。大っぴらに恋を伝えられない代わりに、このくらいの甘さは許されるだろう。
「美味しすぎて太っちゃいそうです」
「年頃じゃ、少しばかり多く食べても太りはせんよ」
「そう、ですかね……ムベさんは私が太っても好きでいてくれますか?」
「店先じゃ」
盆でショウの頭を軽く小突くと、ショウはうぅ、と唸ってから、またイモモチを口に運び始めた。
太ろうが、瘦せようが、唯一の恋心が変わることはないと言ってやれれば良かっただろうが、往来の前でそう口にすることはできない。そればかりの理性だけは残っている。
ショウは、このような恋さえ言葉にできぬ爺を嫌うだろうか。嗚呼、思考の全てがショウに侵されていく。あんたとなら、どんな明日だって恐ろしくはないと思っている。だというのに、歳ばかり重ねて意固地になったわしには、そんな言葉すら伝えられない。好きだと伝えたのも、たった一度だけ。ショウはこの恋を疑ってはおるまいか。そんな不安ばかりがまとわりついて消えない。ならばこそ言葉を伝えればいいというのに、矢張り、それは歳ばかりを重ねた爺には難しい。
ショウよ、どうか疑わないでくれまいか。この爺の唯一の恋を。言葉にできぬこの意気地なしを信じろと言うのも、虫の良すぎることではあるが。だが、それでも。ショウに疑われることばかりが、恐ろしいのだ。
「……ショウよ」
「なんですか?」
イモモチのタレを顔にくっつけたショウの頬を拭うふりをして、顔をショウに近づける。
「……今夜、会えんかね?」
耳打ちすると、ショウは一瞬で頬を花色に染め上げた。そしてこくこくと首を縦に振る。先ほど盆で小突いたのが効いているのか、声を出すことはしない。
初めて夜を誘った。ショウとてそれほど子供ではない。男が夜に女を誘うことの意味くらいは分かっているだろう。だからこそ、こんなにも頬を染めている。
迷いは、ある。このような爺に、ショウを散らす権利があるのかと。けれど、ショウが他の男に散らされることなど、想像もしたくない。奪うのならば、この手でがいい。それがショウの人生を閉ざすということは判りながら、それでも唯一の恋故に。
自分の欲深さに眩暈がする。まるでショウの太陽のような笑みに惹かれた虫だ。焼かれて落ちるのは自明の理。だが、それでも。
――焼かれるのも、悪くない。そんな愚かな男が、このわしだった。



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