ムベショウ
わしのほうが早く死ぬだろう。そんなことは最初から分かっている。ショウはまだ15の子供で、わしは齢50を越えた老骨だ。未来なんてない。ショウがわしを好きだと震えながら言うたびに、そればかりが頭をよぎる。
告白は、何度目だろうか。そしてわしは何度、ショウに苦しい思いをさせるのだろうか。ショウの想いに応えてやりたい。否、わしとてショウのことが好きで、愛おしくて、堪らない。けれど、死にゆく身にショウの若い時期を浪費させてはならない、と。わしはショウの想いを跳ね除け続けている。
「ショウよ、あんたはまだ若いのだ。わしのような老いぼれに時間を使ってはならんぞ」
「何度もそう言うんですね。私はそんなこと関係ないんです」
「関係ないことがあるかね」
「ムベさんのことが好きだって気持ちと、ムベさんの年齢は関係ないです」
「あるじゃろう。あんたは若い身空じゃ」
「私が若いことなんて、もっと関係ないじゃないですか」
今日に限って、ショウは食い下がってくる。何度もこのやり取りをしているが、ここまでショウが食い下がってきたのは初めてだ。そう食い下がられても、結果は変わらないというのに。
「……わしはもう死にゆくだけの身じゃ」
「そんなことないです」
「わしはもう50も越えた。あんたと生きていられる時間はもう、少ないんじゃよ」
「だから私の告白をはぐらかし続けるんですか」
図星だ。もう返す言葉もなくなってしまった。ショウのことを想うが故の言葉は、瓦解した塔のように脆い。好きだと言えない、愛を知らぬわしの身故に、ショウの好意を無碍にし続けている。けれど、嫌いだと跳ね除けることすらできない。愛に臆病な男が、このムベであった。
じゃあ。と、ショウが口を開く。小さな薄い唇が、耳に心地の良い声を発するのが好きだ。
「天国で待ってて」
ショウの唇が、囁いた。
「私、きっとすぐに追いつくから……ねえ、天国にいれば数十年なんて一瞬でしょ?」
わしが天国に行けるわけがないのを知っていて、そう言うのか。わしは地獄へ行くだろう。それをわかっていて、ショウはあえて天国という言葉を使っているのだろうか。
「……わしは」
「天国で、待ってて」
繰り返された言葉は、ショウの強い瞳と共に。
その言葉に、どう返事をしたものか。ショウの言葉がわしを切り裂いていく。
「ねぇ、明日ムベさんが死んじゃうなら、最後にあなたにおやすみなさいって言うのは私がいいんです」
嗚呼、何たる我儘だ。いつ死ぬかわからぬこの身に、残酷な言の葉が降り注ぐ。そう言われてしまえば、死にたくなどなくなってしまう。毎日、お早うとおやすみをその唇から聞きたくて、そうしたら眠ったまま死ぬことなんてできない。
死ぬのが、恐ろしくなってしまう。今更死を恐れるなどと、考えたことがなかったというのに。
「だから、天国で待ってて。天国に行くまでの間だけ、私と一緒にいてください」
わしが天国に行くと信じて疑わぬ瞳。否、わしがいる所が天国なのだと言いたげな瞳だった。ショウよ。わしはきっと地獄に落ちるだろう。けれど、それでもショウはそこに飛び込んでくるというのか。行先は、暗い道ばかりだ。それでも。
「天国で、私を待っててください」
繰り返される言葉。嗚呼、最早――それに抗う言葉を、わしは持っていない。
「……わかった。天国で、待っておるよ」
当てにならない未来を約束した。するとショウは花が咲いたように頬を染めて、顔に両手を当てた。
「じゃあ、ムベさんに最後にお休みなさいって言っていいんですか」
「……良い」
「じゃあ、毎日言いに行きますよ?最後がいつか分からないから」
「良いぞ」
わしだって、最後に聞く言葉が、ショウの優しい声だったならばどれ程良いか。
未来は行方知れず。わしは数年のうちに死ぬだろう。最期にアンタの口から聞くお休みを待ちかねている。死ぬことばかりは恐ろしいが、その言葉があるならば、死ぬことだって悪くない。
天国で待っている。あんたをずっと、待っている。
天国に行けるわけもない身で、ショウをやっと抱きとめた。
告白は、何度目だろうか。そしてわしは何度、ショウに苦しい思いをさせるのだろうか。ショウの想いに応えてやりたい。否、わしとてショウのことが好きで、愛おしくて、堪らない。けれど、死にゆく身にショウの若い時期を浪費させてはならない、と。わしはショウの想いを跳ね除け続けている。
「ショウよ、あんたはまだ若いのだ。わしのような老いぼれに時間を使ってはならんぞ」
「何度もそう言うんですね。私はそんなこと関係ないんです」
「関係ないことがあるかね」
「ムベさんのことが好きだって気持ちと、ムベさんの年齢は関係ないです」
「あるじゃろう。あんたは若い身空じゃ」
「私が若いことなんて、もっと関係ないじゃないですか」
今日に限って、ショウは食い下がってくる。何度もこのやり取りをしているが、ここまでショウが食い下がってきたのは初めてだ。そう食い下がられても、結果は変わらないというのに。
「……わしはもう死にゆくだけの身じゃ」
「そんなことないです」
「わしはもう50も越えた。あんたと生きていられる時間はもう、少ないんじゃよ」
「だから私の告白をはぐらかし続けるんですか」
図星だ。もう返す言葉もなくなってしまった。ショウのことを想うが故の言葉は、瓦解した塔のように脆い。好きだと言えない、愛を知らぬわしの身故に、ショウの好意を無碍にし続けている。けれど、嫌いだと跳ね除けることすらできない。愛に臆病な男が、このムベであった。
じゃあ。と、ショウが口を開く。小さな薄い唇が、耳に心地の良い声を発するのが好きだ。
「天国で待ってて」
ショウの唇が、囁いた。
「私、きっとすぐに追いつくから……ねえ、天国にいれば数十年なんて一瞬でしょ?」
わしが天国に行けるわけがないのを知っていて、そう言うのか。わしは地獄へ行くだろう。それをわかっていて、ショウはあえて天国という言葉を使っているのだろうか。
「……わしは」
「天国で、待ってて」
繰り返された言葉は、ショウの強い瞳と共に。
その言葉に、どう返事をしたものか。ショウの言葉がわしを切り裂いていく。
「ねぇ、明日ムベさんが死んじゃうなら、最後にあなたにおやすみなさいって言うのは私がいいんです」
嗚呼、何たる我儘だ。いつ死ぬかわからぬこの身に、残酷な言の葉が降り注ぐ。そう言われてしまえば、死にたくなどなくなってしまう。毎日、お早うとおやすみをその唇から聞きたくて、そうしたら眠ったまま死ぬことなんてできない。
死ぬのが、恐ろしくなってしまう。今更死を恐れるなどと、考えたことがなかったというのに。
「だから、天国で待ってて。天国に行くまでの間だけ、私と一緒にいてください」
わしが天国に行くと信じて疑わぬ瞳。否、わしがいる所が天国なのだと言いたげな瞳だった。ショウよ。わしはきっと地獄に落ちるだろう。けれど、それでもショウはそこに飛び込んでくるというのか。行先は、暗い道ばかりだ。それでも。
「天国で、私を待っててください」
繰り返される言葉。嗚呼、最早――それに抗う言葉を、わしは持っていない。
「……わかった。天国で、待っておるよ」
当てにならない未来を約束した。するとショウは花が咲いたように頬を染めて、顔に両手を当てた。
「じゃあ、ムベさんに最後にお休みなさいって言っていいんですか」
「……良い」
「じゃあ、毎日言いに行きますよ?最後がいつか分からないから」
「良いぞ」
わしだって、最後に聞く言葉が、ショウの優しい声だったならばどれ程良いか。
未来は行方知れず。わしは数年のうちに死ぬだろう。最期にアンタの口から聞くお休みを待ちかねている。死ぬことばかりは恐ろしいが、その言葉があるならば、死ぬことだって悪くない。
天国で待っている。あんたをずっと、待っている。
天国に行けるわけもない身で、ショウをやっと抱きとめた。