ムベショウ
「ねえムベさん。写真を撮りに行きませんか」
まだ布団から出もせずに、ショウは微笑んだ。
そう言うわしもまだ布団の中である。小さな窓から差し込む光は、まだ薄い。夜明け前だ。布団をふたつ敷いて、向かい合って朝を迎えた。
ショウから好きだと告白されたのは、しばらく前のこと。最初こそ戸惑いはした。こんな未来のない爺にうつつを抜かしている暇があるのかと問い詰めもした。けれど、ショウがわしを見るその瞳は、しっかりと熱を持っていて。そうして、わしもショウを憎からず思っていた――否、愛している。その瞳が、狂おしいほどに愛しいがため。わしは、その告白を受け入れて、ショウを抱きしめた。恋焦がれた小さな体の温もりが腕の中にあるということは、何十年も生きてきた中で一番の喜びだった。
そうしてしばらくはこの関係は秘めておこうと相談もしたが、結局こうしてお互いを想う気持ちは止められないもので、外では今まで通りの関係を装いながら、夜は恋人の時間を過ごしている。そして今、ショウがなぜわしの横で寝ているかと言えば、そういうことだ。
「何故、写真を?」
「ふたりの心がつながった記念ですよ?ムベさんったらムードないんだから」
ムードとは。ショウの言葉は時々理解できない。けれど、ショウが言いたいことはなんとなくわかる。
女は記念を大切にするものらしい。ショウしか相手にしたことがない故にそういうものを考えたことはなかったが、ショウがそうなだけなのか、ショウが生きてきた時代ではそれが当たり前なのか。そればかりは皆目判らぬ。けれど、ショウが願うことは全て叶えてやりたい。それ程にわしはすっかりショウに参っている。
「で、どちらのわしとじゃ?」
意地悪く訊いてみる。シノビの拙者か、それともイモヅル亭のわしか。どちらが好きなのだ?と問うてみると、ショウは顔を手で覆いながら「どっちもしゅき……」と蚊の鳴くような声で言うものだから、やはり愛しいのだ。
先住民とコトブキムラの間に確執はなくなり、拙者のシノビとしての役割も御役御免となった。もう、シノビは必要のない時代になったのだ。故に拙者もシノビとしての顔を隠す必要はなくなった。ショウに勝負しようと請われれば、シノビの装束で訓練場に行っている。もう、隠す必要もない本性である。なので、どちらのわしで写真を撮っても構わないのだが。
ショウは顔を覆ったままうんうんと唸っている。それを眺めるのも、また楽しいものだ。
たっぷり数分後、ショウは布団からがばりと起き上がった。
「どっちとも撮ります!」
「欲張りじゃな」
「だって、どっちも大好きなんですもん!」
ムベさんのことは、どっちも大好きなの。イモヅル亭のご主人としていつも美味しいご飯を作ってくれる優しいムベさんも、シノビとしてすらっとしてクールで綺麗なムベさんも、どっちもだいすき!!と、ショウはこぶしを握り締めて力説する。こうまで熱烈に告白されると、意地悪くしてみたこちらが恥ずかしくなってしまう。
「あいわかった、両方じゃな」
「うん、うん!ムベさん大好き!」
ショウは飛びつく勢いでわしに抱き着いた。老骨にはこの無邪気さは多少毒でもあるが、その毒がすっかり全身に回ってしまった今、ショウの行動すべてが愛おしい。
「写真屋が開くまでもう暫し時がある。もうしばらく寝ておれ」
「うー、はーい……楽しみで眠れないかもです」
そう言いながらショウは布団をかぶって横になった。まだ、夜明け前。こうして過ごす時間も悪くはない。ショウはこちらを向いて、柔らかく微笑んだ。その表情は、わしにしか見せないものなのだと思うと、嗚呼、矢張りすっかり参ってしまう自分がいるのだ。
まだ布団から出もせずに、ショウは微笑んだ。
そう言うわしもまだ布団の中である。小さな窓から差し込む光は、まだ薄い。夜明け前だ。布団をふたつ敷いて、向かい合って朝を迎えた。
ショウから好きだと告白されたのは、しばらく前のこと。最初こそ戸惑いはした。こんな未来のない爺にうつつを抜かしている暇があるのかと問い詰めもした。けれど、ショウがわしを見るその瞳は、しっかりと熱を持っていて。そうして、わしもショウを憎からず思っていた――否、愛している。その瞳が、狂おしいほどに愛しいがため。わしは、その告白を受け入れて、ショウを抱きしめた。恋焦がれた小さな体の温もりが腕の中にあるということは、何十年も生きてきた中で一番の喜びだった。
そうしてしばらくはこの関係は秘めておこうと相談もしたが、結局こうしてお互いを想う気持ちは止められないもので、外では今まで通りの関係を装いながら、夜は恋人の時間を過ごしている。そして今、ショウがなぜわしの横で寝ているかと言えば、そういうことだ。
「何故、写真を?」
「ふたりの心がつながった記念ですよ?ムベさんったらムードないんだから」
ムードとは。ショウの言葉は時々理解できない。けれど、ショウが言いたいことはなんとなくわかる。
女は記念を大切にするものらしい。ショウしか相手にしたことがない故にそういうものを考えたことはなかったが、ショウがそうなだけなのか、ショウが生きてきた時代ではそれが当たり前なのか。そればかりは皆目判らぬ。けれど、ショウが願うことは全て叶えてやりたい。それ程にわしはすっかりショウに参っている。
「で、どちらのわしとじゃ?」
意地悪く訊いてみる。シノビの拙者か、それともイモヅル亭のわしか。どちらが好きなのだ?と問うてみると、ショウは顔を手で覆いながら「どっちもしゅき……」と蚊の鳴くような声で言うものだから、やはり愛しいのだ。
先住民とコトブキムラの間に確執はなくなり、拙者のシノビとしての役割も御役御免となった。もう、シノビは必要のない時代になったのだ。故に拙者もシノビとしての顔を隠す必要はなくなった。ショウに勝負しようと請われれば、シノビの装束で訓練場に行っている。もう、隠す必要もない本性である。なので、どちらのわしで写真を撮っても構わないのだが。
ショウは顔を覆ったままうんうんと唸っている。それを眺めるのも、また楽しいものだ。
たっぷり数分後、ショウは布団からがばりと起き上がった。
「どっちとも撮ります!」
「欲張りじゃな」
「だって、どっちも大好きなんですもん!」
ムベさんのことは、どっちも大好きなの。イモヅル亭のご主人としていつも美味しいご飯を作ってくれる優しいムベさんも、シノビとしてすらっとしてクールで綺麗なムベさんも、どっちもだいすき!!と、ショウはこぶしを握り締めて力説する。こうまで熱烈に告白されると、意地悪くしてみたこちらが恥ずかしくなってしまう。
「あいわかった、両方じゃな」
「うん、うん!ムベさん大好き!」
ショウは飛びつく勢いでわしに抱き着いた。老骨にはこの無邪気さは多少毒でもあるが、その毒がすっかり全身に回ってしまった今、ショウの行動すべてが愛おしい。
「写真屋が開くまでもう暫し時がある。もうしばらく寝ておれ」
「うー、はーい……楽しみで眠れないかもです」
そう言いながらショウは布団をかぶって横になった。まだ、夜明け前。こうして過ごす時間も悪くはない。ショウはこちらを向いて、柔らかく微笑んだ。その表情は、わしにしか見せないものなのだと思うと、嗚呼、矢張りすっかり参ってしまう自分がいるのだ。