ムベショウ
めまいの渦の中で、あなただけが確かなの。それはきっと、お互いにそう。
空には穴が開いていて、私はいつその空に吸い込まれて消えていくのだろう。そんなことばかりを考えて。愛しいあなた――ムベさんは、自分の命の短さを考えている。ねぇ、どっちもいつ消えるかわからない運命ね。それが私とあなたの共通点。そんな私たちだからこそ惹かれあったのは当然で、愛も恋もすっ飛ばして、夜、肌を重ねている。
思惑通りの夜。私たちは一つの布団で、息遣いも荒く体を触れ合わせている。
ムベさんはやはり鍛えているので、苦しそうに息を吐くものの、呼吸は乱れていない。かという私は何度目かもわからない絶頂に体を震わせることしかできない。
「むべ、さん」
「どうした、もう終わりか?」
「いじわる言わないで、あ、ぁんっ」
急に奥深くを穿たれて、私は思わず淫らな声を上げてしまった。こうして肌を合わせるのも何度目か、すっかり私の体はムベさんにぴったり合うカタチにされてしまった。
愛してる、愛してるの。息も絶え絶えにそう告げると、ムベさんは「わかっておる」とだけ言って、私のナカに精を吐き出した。それでも行為は終わらない。これで今日何度目か。私とムベさんの間は、どちらのものか分からない白濁が泡を立てている。全身をどろどろに溶かされたような感覚だけが私を襲っている。ただ、私の顔に触れるムベさんの髪が私を現実に引き戻してくれる。
ムベさんは、私を愛していると言ってくれない。それは、本当に私に対して愛情がないからではない。ムベさんは確かに私を愛していて、だからこそこうして私を抱いてくれる。女は生涯只一人。ムベさんは、最初の夜にそう言った。そして、私を生涯に一人の女にすると、約束してくれた。そこに愛がないだなんて、思わない。
目を閉じると、感覚が過敏になる。何回も吐精したというのに、ムベさんのそれは私の中でぐっと大きくなった。
「そんなに締め付けるな」
「だって、きもち、いいん、だもん」
打ち付けられるたびに頭がどうにかなってしまいそうになる。何回絶頂した? もうわからない。一突きごとに脳天まで痺れてしまって、もう何も考えることはできない。ただムベさん、ムベさんと名前を繰り返し呼んで、快楽に溺れている。何を見る余裕もない。私の顔に、汗のせいでべったり貼りついた髪をそっと払ってくれるムベさんの指先すらも私の神経をひどく刺激する。背骨が抜けてしまいそうだ。ろうそくの薄明りで、ムベさんの苦しそうな顔が見える。ねえ、ムベさん。どうか私をぎゅっと抱きしめて。この世界にいていいって証明して。あなたの愛で、私はここにいていいって言って。こころには触れないの、わかってる。それでも、あなたが私を抱いていてくれている間だけ、私はこの世で確かな存在になる。もっと私を抱いて。私のぼんやりとした世界の輪郭を明確にして。
蜘蛛の糸を辿るような感覚だ。私はムベさんという微かな糸に縋りついて生きている。もう手遅れ。今眠ってしまったら、そのままこの世界から投げ出されているかもしれないという憂鬱に脅かされながら、私はムベさんに抱かれているのだ。
怖い、怖いよムベさん。寝て起きたら、あなたのことが夢になってしまうんじゃないかって、怖いよ。だから、しっかり抱いて。中に出してよ。私がここで生きていることを証明させてよ。
「もっと、もっと、奥まで挿れて」
涙と荒い息の合間にそう言うと、ムベさんは私を抱き抱えて子宮の入り口までしっかりとムベさんのもので突いてくれた。もう声を気にする余裕もない。淫らな呼吸と悲鳴の間で、何度か口づけを交わして――その先のことは、暗闇の中だ。
世界は傾いている。暗闇の中、あなたを探して手探りで歩いていく。心臓の音がやけにうるさい。視界は真っ暗な中、赤と青が点滅するみたいに瞬く。これって、終わりなのかな。私という存在の終わりは、いつやってくるのだろう。怖い。暗闇の中必死に手を伸ばしても、何も縋れるものはない。ムベさん、ムベさん、助けて。私、怖いよ。どうか、まだ夢から覚めたくない。
はっと鎖骨に汗が落ちる感覚で目が覚めた。顔中が汗まみれで、体が熱い。だるい体を起こさないまま瞼を開けると、見慣れたムベさんの家の天井があった。顔を横に向けると、ムベさんが私の横で眠っている。薄明りが窓から差し込んでいる。
――ああ、今日も私はここに生きている。そう思ったら、やっと滴る汗を腕で拭うことができた。その身じろぎで、ムベさんが目を覚ました。
「ショウ、早いな」
「ムベさんこそ……」
「もう少し眠っておれ」
そう言い、ムベさんは私の腹を軽く撫でる。中にしっかり残した痕跡を確かめるような優しい手つきだった。けれど、私は眠れない。今日もやっとこの世界を手繰り寄せられたのに、それを手放す眠りの世界に落ちるなんて考えられない。
ムベさんが優しく撫でてくれる感覚と、真っ暗な中ひとりで空気を掴む感覚と、どちらが夢なのだろうか。胡蝶の夢というけれど、私にはもうどちらが現実なのかがわからない。
「ムベさん」
「何だ?」
「私、この世界にいるんですか」
無意味な質問だ。この世界が私の夢ならば、ムベさんだって夢幻だ。ゆめまぼろしに何を問うても、意味のある言葉など返ってこないだろう。けれど、ムベさんは相変わらず私を優しく撫でる。
「十月後には、あんたがこの世界にいることがわかる」
十か月? そんなの、待っていられない。それに、どこにそんな根拠があってそう言うの? 疑問を表情に浮かべると、ムベさんは小さく微笑んだ。
「わしが、あんたをここに繋ぎとめてみせる」
ムベさんは起き上がり、そして私に覆いかぶさった。ムベさんの指が私の裸の体を滑っていく。ついさっきまでそういう行為をしていたというのに、まだムベさんは元気が有り余っているらしい。
「も、もう朝ですよ」
「関係ない」
呼吸を口づけで塗りつぶされた。そうして仕込みの時間になるまでたっぷり体を可愛がられて、太陽が顔を見せた頃に一呼吸を置く。
よろよろと自分の宿舎に戻り、朝から風呂に入って、汗とその他のもので汚れた体を清めている間に、やっと意識が戻ってきた。
十月。ムベさんは何をしようとしているのだろうか……十月? 十月って。やっとそれに思い至って、私は顔を覆った。
ムベさんは本当に私のことを愛しているんだ。私がこの世にいようがあの世にいようが、ムベさんと愛し愛された痕跡をしっかりと残すくらいに。
ああ――腹を撫でる。このような関係になって、まだひと月。私は月のものが来る身体で、ムベさんは精が有り余っている。運が良ければ、悪ければ。私の体はこの世界が現実である証拠を身に受けるのだ。
ムベさんは、私が思っている以上に――私を愛している。それがなんとも気恥ずかしくて、私は頭のてっぺんまで風呂に沈めて、誰にも聞こえぬ悲鳴を上げた。
ゆるりとほろぶからだ。それは、どちらも同じこと。いつか私たちの始まりも、終わりも、誰も知らなくなる。けれど、ねえ。あなたはいつだって私をしっかり抱きとめてくれる。また夜には手探りで暗闇を進む夢を見る。どちらが現実かは結局わからない。それでも。ねえ、この世界が夢だったとしても、夢の続きを見てくれるひとが、このお腹の中に宿ってくれたら――憂鬱は色付いて、きっとそれは、すてきなこと。
空には穴が開いていて、私はいつその空に吸い込まれて消えていくのだろう。そんなことばかりを考えて。愛しいあなた――ムベさんは、自分の命の短さを考えている。ねぇ、どっちもいつ消えるかわからない運命ね。それが私とあなたの共通点。そんな私たちだからこそ惹かれあったのは当然で、愛も恋もすっ飛ばして、夜、肌を重ねている。
思惑通りの夜。私たちは一つの布団で、息遣いも荒く体を触れ合わせている。
ムベさんはやはり鍛えているので、苦しそうに息を吐くものの、呼吸は乱れていない。かという私は何度目かもわからない絶頂に体を震わせることしかできない。
「むべ、さん」
「どうした、もう終わりか?」
「いじわる言わないで、あ、ぁんっ」
急に奥深くを穿たれて、私は思わず淫らな声を上げてしまった。こうして肌を合わせるのも何度目か、すっかり私の体はムベさんにぴったり合うカタチにされてしまった。
愛してる、愛してるの。息も絶え絶えにそう告げると、ムベさんは「わかっておる」とだけ言って、私のナカに精を吐き出した。それでも行為は終わらない。これで今日何度目か。私とムベさんの間は、どちらのものか分からない白濁が泡を立てている。全身をどろどろに溶かされたような感覚だけが私を襲っている。ただ、私の顔に触れるムベさんの髪が私を現実に引き戻してくれる。
ムベさんは、私を愛していると言ってくれない。それは、本当に私に対して愛情がないからではない。ムベさんは確かに私を愛していて、だからこそこうして私を抱いてくれる。女は生涯只一人。ムベさんは、最初の夜にそう言った。そして、私を生涯に一人の女にすると、約束してくれた。そこに愛がないだなんて、思わない。
目を閉じると、感覚が過敏になる。何回も吐精したというのに、ムベさんのそれは私の中でぐっと大きくなった。
「そんなに締め付けるな」
「だって、きもち、いいん、だもん」
打ち付けられるたびに頭がどうにかなってしまいそうになる。何回絶頂した? もうわからない。一突きごとに脳天まで痺れてしまって、もう何も考えることはできない。ただムベさん、ムベさんと名前を繰り返し呼んで、快楽に溺れている。何を見る余裕もない。私の顔に、汗のせいでべったり貼りついた髪をそっと払ってくれるムベさんの指先すらも私の神経をひどく刺激する。背骨が抜けてしまいそうだ。ろうそくの薄明りで、ムベさんの苦しそうな顔が見える。ねえ、ムベさん。どうか私をぎゅっと抱きしめて。この世界にいていいって証明して。あなたの愛で、私はここにいていいって言って。こころには触れないの、わかってる。それでも、あなたが私を抱いていてくれている間だけ、私はこの世で確かな存在になる。もっと私を抱いて。私のぼんやりとした世界の輪郭を明確にして。
蜘蛛の糸を辿るような感覚だ。私はムベさんという微かな糸に縋りついて生きている。もう手遅れ。今眠ってしまったら、そのままこの世界から投げ出されているかもしれないという憂鬱に脅かされながら、私はムベさんに抱かれているのだ。
怖い、怖いよムベさん。寝て起きたら、あなたのことが夢になってしまうんじゃないかって、怖いよ。だから、しっかり抱いて。中に出してよ。私がここで生きていることを証明させてよ。
「もっと、もっと、奥まで挿れて」
涙と荒い息の合間にそう言うと、ムベさんは私を抱き抱えて子宮の入り口までしっかりとムベさんのもので突いてくれた。もう声を気にする余裕もない。淫らな呼吸と悲鳴の間で、何度か口づけを交わして――その先のことは、暗闇の中だ。
世界は傾いている。暗闇の中、あなたを探して手探りで歩いていく。心臓の音がやけにうるさい。視界は真っ暗な中、赤と青が点滅するみたいに瞬く。これって、終わりなのかな。私という存在の終わりは、いつやってくるのだろう。怖い。暗闇の中必死に手を伸ばしても、何も縋れるものはない。ムベさん、ムベさん、助けて。私、怖いよ。どうか、まだ夢から覚めたくない。
はっと鎖骨に汗が落ちる感覚で目が覚めた。顔中が汗まみれで、体が熱い。だるい体を起こさないまま瞼を開けると、見慣れたムベさんの家の天井があった。顔を横に向けると、ムベさんが私の横で眠っている。薄明りが窓から差し込んでいる。
――ああ、今日も私はここに生きている。そう思ったら、やっと滴る汗を腕で拭うことができた。その身じろぎで、ムベさんが目を覚ました。
「ショウ、早いな」
「ムベさんこそ……」
「もう少し眠っておれ」
そう言い、ムベさんは私の腹を軽く撫でる。中にしっかり残した痕跡を確かめるような優しい手つきだった。けれど、私は眠れない。今日もやっとこの世界を手繰り寄せられたのに、それを手放す眠りの世界に落ちるなんて考えられない。
ムベさんが優しく撫でてくれる感覚と、真っ暗な中ひとりで空気を掴む感覚と、どちらが夢なのだろうか。胡蝶の夢というけれど、私にはもうどちらが現実なのかがわからない。
「ムベさん」
「何だ?」
「私、この世界にいるんですか」
無意味な質問だ。この世界が私の夢ならば、ムベさんだって夢幻だ。ゆめまぼろしに何を問うても、意味のある言葉など返ってこないだろう。けれど、ムベさんは相変わらず私を優しく撫でる。
「十月後には、あんたがこの世界にいることがわかる」
十か月? そんなの、待っていられない。それに、どこにそんな根拠があってそう言うの? 疑問を表情に浮かべると、ムベさんは小さく微笑んだ。
「わしが、あんたをここに繋ぎとめてみせる」
ムベさんは起き上がり、そして私に覆いかぶさった。ムベさんの指が私の裸の体を滑っていく。ついさっきまでそういう行為をしていたというのに、まだムベさんは元気が有り余っているらしい。
「も、もう朝ですよ」
「関係ない」
呼吸を口づけで塗りつぶされた。そうして仕込みの時間になるまでたっぷり体を可愛がられて、太陽が顔を見せた頃に一呼吸を置く。
よろよろと自分の宿舎に戻り、朝から風呂に入って、汗とその他のもので汚れた体を清めている間に、やっと意識が戻ってきた。
十月。ムベさんは何をしようとしているのだろうか……十月? 十月って。やっとそれに思い至って、私は顔を覆った。
ムベさんは本当に私のことを愛しているんだ。私がこの世にいようがあの世にいようが、ムベさんと愛し愛された痕跡をしっかりと残すくらいに。
ああ――腹を撫でる。このような関係になって、まだひと月。私は月のものが来る身体で、ムベさんは精が有り余っている。運が良ければ、悪ければ。私の体はこの世界が現実である証拠を身に受けるのだ。
ムベさんは、私が思っている以上に――私を愛している。それがなんとも気恥ずかしくて、私は頭のてっぺんまで風呂に沈めて、誰にも聞こえぬ悲鳴を上げた。
ゆるりとほろぶからだ。それは、どちらも同じこと。いつか私たちの始まりも、終わりも、誰も知らなくなる。けれど、ねえ。あなたはいつだって私をしっかり抱きとめてくれる。また夜には手探りで暗闇を進む夢を見る。どちらが現実かは結局わからない。それでも。ねえ、この世界が夢だったとしても、夢の続きを見てくれるひとが、このお腹の中に宿ってくれたら――憂鬱は色付いて、きっとそれは、すてきなこと。