ムベショウ


 青い鳥が飛ぶような、晴れた綺麗な日。けれど空に青い鳥は見えなくて、ムベとショウは二人顔を見合わせた。
「やっぱり青い鳥なんていないのかなぁ」
 ショウは背伸びをして、それからため息をついた。青い鳥が見たいと言ったのはショウ。ムックルやヤミカラスではダメなのだとショウは拳を握ってムベを誘った。
 とはいえ、はじまりの浜にはなかなかポケモンはいない。ムックルはおろか、何もいないのだ。そんなことは、誰にだってわかるだろう。それでもショウはムベをはじまりの浜に連れてきた。
 なにも、見つけられないだろう。ムベは小さくため息をついた。無駄だ。無駄なのだ。ヒスイ地方に青い鳥はいない。
 ムベがふと空を見上げると、浜の側に建っている木の枝が、空を小さく分けていた。
「パズルみたいな空」
 ショウもムベのそばに来て、そっと空を見上げた。
「ぱずる、とは」
「一枚の絵をバラバラに切って、それを元通りに戻す遊びです」
「未来の者が考えることはわからんな」
 ムベが空を見上げるのをやめても、ショウはもう青い鳥探しもやめたのか、ぱずるとやらの空を眺めていた。ざざ、と強い海風がショウの髪を揺らした。
「あ、なんか、飛べそうな風。私、ちょうど青い服を着てるし……私が青い鳥になれたら、いいのになぁ」
「鳥になって如何する」
「そうしたら、ムベさんが行くところに何処にでもついていくな」
 結局、ショウはムベのことしか考えていない。ショウに与えられた僅かな休息の時間を、ショウはほとんどムベのことを考えることに費やしている。
 愛している。愛しているから。
 それを声にして伝えたのが、先月のこと。返事は当然のように、お断りだった。それでもショウは、何事もなかったかのようにこうしてムベを誘うのだ。
 ムベとてショウが憎くて断った訳ではない。逆だ。ショウを想うが故だった。名前をつけるならば、唯一の恋だった。それほどに、ムベはショウのことが愛しくて堪らない。だからこそ、死の近い老骨の身でショウのそばにいる事は相応しくないと、ショウの想いを跳ね除けた。それでもショウはムベに何度も手を差し出す。この身が抱いた唯一の恋を許すとでも言うように。
 ああ、赦されよ。わしは、あんたに恋をしている。潮風の中、髪を揺らしながら微笑むショウの横顔に、そう祈る以外、ムベにできることはない。
「ムベさん」
「なんじゃ」
 一際強く、海風がショウの髪をばさりと広げた。まるで濡羽色の鳥の羽のようだ。
「好きです。私があなたの青い鳥になりたい」
 その姿で、そう言うな。ムベは手をぐっと握る。
「……青い鳥、とは」
 やっと出てきた言葉は、「好き」から話を逸らしたものだった。
「……私のいた世界ではね、青い鳥は幸せの象徴なんです。青い鳥は探してもどこにもいないけれど、いつもそばにいるんです」
 だから、私も貴方のそばにいたい。ショウの真っ直ぐな瞳がムベを捉えて離さない。嗚呼、そんな真っ直ぐすぎる目で見ないでくれ。その視線は苦しすぎる。
 何度も、好きだとバレないように胸の中に閉じ込め続けてきた。それこそ、何度も。好きと言う気持ちを閉じ込めて嘘を重ねる度に、罪を重ねる。ショウは知るまい。ムベが「すまない」と言うたびに、一瞬呼吸を止めることを。本当は、そんな言葉を言いたいのではない。痛みだけが、呼吸と一緒に口から出ていく。
 そんな痛みをショウは知るまい。だからこそ無邪気に好きだと口にできるのだ。その無邪気さが、それだけがひどく憎らしかった。
「……青い鳥は、ヒスイ地方にはおらんのじゃよ」
「私がなります。私が、ムベさんの青い鳥になります」
「青い鳥は、いない」
 断じた。するとショウは俯き、大きな目からぽろぽろと真珠のような涙を砂浜に落とす。これでいい。これでいいのだ。
 太陽が、海が、砂浜が、あちこち光が反射して、幾つもの光にショウが埋もれている。そうだ、ショウは光の子なのだ。闇を生きるムベは、矢張り。と一歩後ずさる。数えきれないほどの光の中で、二人は千切れていく。
 知らないでいてくれ。この唯一の恋を。
 忘れてくれ。こうして涙を流す恋をしたことを。
 我儘だらけの恋の終わりは、光まみれだった。
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