ムベショウ
夜、雨粒は踊る。あなたは私と色違いの夢を見ている。どうせ忘れてしまうなら、せめておそろいの夢を見ていたかったけれど――私とあなたは、おそろいの夢を見ない。
私はいつこの世界からはじき出されてしまうかわからない身で、ムベさんは死の足音のほうがずっと早い。だからこそ、ねえ。世界が私たちを忘れ去る前に、二人だけの秘密が欲しい。そう言って、私はムベさんに恋を伝えた。ムベさんは最初こそ戸惑っていたものの、年齢差だとか、未来がどうとか、私にとってそんなものはどうでもよかったから――何度も恋を伝えて、やっとムベさんが折れてくれた。そうして育った二人だけの秘密を、私たちは今日も共有するのだけれど、きっと、私たちの秘密が同じ色になることはない。指を重ね合わせても、きっとお互いにお互いの本心を知ることはない。
ねえ、本当よ、狂おしいほどにあなたが好き。きっとあなたもそう思ってくれている、と信じさせてね。
ムベさんの胸に寄り添うと、私とは全然重ならない鼓動が聞こえた。どうして鼓動すら重なり合えないのかな。どうして、何もかもをお揃いにできないのかな。ちっぽけな望みすらも、叶いやしないのだ。
ねえ、世界が私たちを忘れていくなら、祝福もないのなら、せめて、同じ夢を見て眠りたい。あなたがどんな夢を見ているのかすらも分からないから、きっと、その願いだって傲慢なのだ。あなたを愛すれば愛するほどに傲慢になっていく私が、どうにも嫌いになってしまいそうになる。それでも、私はあなたのことが好き。眠れないまま開いた目が、じわりと濡れた。
どうか、お願い。世界が私を裏切る前に、私の手をしっかりつかんで離さないでいてほしいの。あなたの胸に頬を寄せて、鼓動が重なるのを待っているの。
「……眠れないのか」
すっかり眠っていると思っていたムベさんの無骨な手が、私の髪を撫でた。
「……起こしちゃいました? ごめんなさい」
「年寄りは眠りが浅いものじゃよ」
そう言いながら、ムベさんは私の髪にゆっくり指を通した。優しい指先が頬に触れるのが嬉しくて、私はムベさんの胸元にもう一度耳を当てた。やっぱり重ならない鼓動は、少し悲しい。
私が知りたいことは、ムベさんが私をどう思っているかなんてことじゃなくて、答えのないこと。問いにも、ならないこと。止まない雨が、私の孤独の輪郭をはっきり浮かび上がらせる。言葉にするときっと陳腐になってしまうこの孤独を飲み込んだ。
「ムベさん、私、ムベさんのことが大好きです」
「わしもじゃよ」
ねえ、言葉は一緒。でも見てるものってきっと違うの。あなたは隣にいてもきっと同じ夢を、同じ未来を、思い描いてはくれない。そのくせ優しい声が、言葉が、私の胸を苦しくさせる。
「愛してます」
涙が頬を伝って落ちていった。ムベさんの襟元に小さなシミを作って、涙は広がっていく。愛しています。愛しているんです。私はまだ子供なりに、本気でムベさんのことを愛しています。どうかそれを疑わないで。涙と雨音が重なって、もっと泣きたくなる。ムベさんはそんな情けない私の髪を、優しく撫でてくれた。その優しさに、強張っていた体がゆっくりと夢の世界に落ちていく。ねえ、ムベさん――眠りに落ちる前に一つだけ思うのは、私が今から見る夢は、あなたが見る夢とお揃いかってこと。
重ならない胸の鼓動が、そうじゃないことだけを確かにして、私はまた一粒だけ涙をムベさんの襟元に落とした。
止まない雨、すべては無情を刻んで。でも、どうか。二人の秘密だけは、消えないで。