ムベショウ
ショウは、家に帰りたがっていた。ポケモン図鑑を完成させて、アルセウスとやらに会い、そうして家に帰してもらえるようにお願いするのだと、空が赤く染まる事件を解決した後の祭りでそう笑っていた。
信頼されている自信はある。好かれている自信もある。けれど、ショウの願いはどうしても、家に帰ることなのだ。自分がもっていた「好かれている自信」というのは、何も愛されている、ということではない。親のような、祖父のような、そういう意味での「好かれている」だ。実際にショウは何かがあればすぐに自分に報告してくる。笑顔で「イモモチいっぱいください」と言いながら席に座り、わしがイモモチ定食を持ってくると花が咲いたように笑いながら、そして今日あったことを報告してくれる。そして、わしはその時間こそがショウに信頼されているあかしだと思っていた。
ショウのことが、好きだ。イモモチを口いっぱいに頬張る姿は愛らしい。わしの本性を知ってなお、翌日にはいつもの声の調子で「ムベさん!」と手を振ってきた彼女に、どれだけ心が救われたか。「ムベさん、勝負しましょう!」とわしを訓練場に誘っては、テンガン山の時に合わせた視線とはまた違う、勝負が心から楽しいのだとでもいうような、青い火花を飛ばす視線が、好きだった。こちらまで感電しそうになるその瞳が。好き、だった。
けれど。
昨日、ショウはラベン博士とテルとともにイモヅル亭にやってきて、「この地方のポケモンすべてと出会ったんです! 明日にはやっとアルセウスに出会えるかもしれません!」と、イモモチを注文するよりも早くわしに向かってその残酷な言葉を吐いた。
「そうかい。良かったじゃないか」
「はい! アルセウスに会えるの、楽しみです!」
「そうかね。とはいえどやはり神とやらの元に向かうのじゃ、ケガには気を付けるんじゃぞ」
「はい!」
そう言い、わしが震える手を隠して差し出したイモモチを、ショウはこちらの気持ちも知らずに夢中で口に運んでいた。
嗚呼、彼女はもうこのイモヅル亭に来ることもない。二度と。アルセウスとやらに会った時、彼女は家に帰らせてくれと願うのだろう。だから、もう会うことはない。イモモチのタレで汚れたその唇が艶めくのを見ることは、無いのだ。これが最後。なら、みっともなく縋ろうが意味はない。――これが、最後だ。ショウが食事を終えるまで他愛ない話をして、そして皿の上がとうとう空っぽになって。「ごちそうさま!」と手を合わせて席から立ち上がるショウを見て、ああ、本当に。もうその笑顔を見ることはできないのだと。胸が締め付けられるほどに苦しい。愛しい、苦しい。唯一の恋は、ここで終わりを迎えた。
――はずだった。
いつも通りにイモヅル亭の仕事をしていた。少しの空虚を抱えてはいたが、数日後にはいつも通りの生活に戻れるだろう。唯一の恋を抱いていたとはいえど、伝えなかった。それを後悔ではないと言うことはできないが、それでよかったのだと、己を納得させようとしたとき。
「……ムベさん」
唯一の恋の声が、わしの背後から聞こえた。そしてその声は何時もの快哉なものではなく、涙を孕んでいた。
「どうしたんじゃ……ショウ。ともかく座らんかね。中の席がいいかね?」
「ムベさん……うん、中がいいです」
声は、苦しさを押し込めている。そんなショウをまだ誰もいない店内の席に座らせ、扉に準備中の札をかけて。それからわしは、ショウの前に座った。
「いったい、どうしたと言うんじゃ」
暖かい茶を差し出してやるが、ショウはそれに手を付ける様子もない。しばらくショウは黙って俯いて――そうしてやっと顔を上げたとき、ショウの大きな目からは大粒の水晶のような涙がこぼれだしていた。
「むべさん」
「ああ……言ってみろ」
「私……私、帰れないんです」
そう言って、ショウは悲しみをどうしていいのかわからないというようにそのまま机に突っ伏してわんわんと泣き続けた。
ここに帰ってくるまで、ずっと耐えていたのだろう。悔しい、苦しいとばかりに泣き続けるショウの背中を撫でる権利は、自分にはあるだろうか。……かといって、ショウが最初に頼ったのは自分だと思えば、権利だのと言っている場合ではない。そっと背中を擦ってやると、たっぷり数分後、ショウは鼻声でぽつぽつと話し出した。
「私、アルセウスに会ったんです」
「うむ」
「でも、私……現実の世界では、もう死んでるんですって」
アルセウスは、死んだ私の魂だけをここに連れてきたんですって。だから、私にはもう帰る場所なんてないんです。もう葬儀も終わっちゃったかな。骨、お墓に入れられちゃったかな。もう一年近くもここにいるんですもん、向こうではもう誰も私のことなんて覚えていないんじゃない、かなぁ。
わしが黙っていると、ショウは絞り出すような声でそう語った。
神よ。神を名乗るものよ。如何して、ショウにそのような運命を課すのだ。ショウは、ただの一五を過ぎた程度の子供だというのに、神とやらは彼女の運命を徒に苛酷にするのか。そんなことが、あっていいのか。泣き続けるショウの背中を撫でている間に、ショウはとうとう泣き疲れて眠ってしまった。
宿舎に運んでやってもよかったが、こんな状態では一人でいるのも心細かろう。わしは自室の布団にショウを寝かせ、余っていた木材に臨時休業、と書いて店先にぶら下げた。こんなショウを放ってはおけない。それは、恋故だろうか。判らない。
疲れて眠りながらも、ショウの閉じた瞼は涙で彩られていた。苦しい夢を見ているのだろうか、時々寝言で悲しいと言う。哀れな娘。一生懸命に毎日を過ごし、アルセウスから与えられた使命をやっとのことでこなしたというのに、最後にはこの仕打ちである。なんて哀れで、悲しい存在なのだろう。眠る彼女の髪を撫でてやって、ようやく彼女は穏やかな寝息を立てた。
そうして、自分の中に汚い感情が渦巻いていくことも、同時に理解してしまった。そうか、ショウは元の世界には帰れないのか。ショウは、この世界で生きていくしかないのか。そうしたら――また、彼女が「ムベさん!」と元気に声をかけてくる日常が、わしが死ぬまで続くのだ。わしは、それが如何しても嬉しい。この娘を哀れだと思いながらも、終わりだと思っていた日常がまだ続いていくことが、嬉しかったのだ。なんて身勝手な考えだろうか。あまりの身勝手さに吐き気すら覚える。だが、それでも。――好き、なのだ。
唯一の恋だ。愛している。その涙を堪えて、最初に頼ってくれたのが自分であるということが、嬉しい。それほどまでにショウの信頼を得られたことが、こんなにも。
一度は彼女の命を狙った身だ。こんなことを思うのはきっと烏滸がましくて、そして、罪悪なのだろう。けれど。それでも。この小鳥のような彼女が、自分の元に降りてきたのが如何しようもなく嬉しかった。
「……ショウよ」
柔らかな髪がわしの指から零れ落ちていく。
好きだ。愛しているよ。もう、手放してやれそうにない。髪に口づけると、ショウはくすぐったそうに身をよじった。そのしぐささえも、愛しくてかなわんのだ。
ショウの寝顔を眺めて、数刻。ぱちりとショウの瞼が開いた。
「あれ……ここ……」
「起きたかね」
「むべ、さん?」
ショウは自分の宿舎ではない部屋の様子に戸惑っていたが、すぐに布団から這い出して佇まいを直した。
「ご、ご迷惑をおかけしました……!」
「迷惑とは思っとらんでな。よく眠れたかの?」
「は、はい。なんかスッキリしました」
「それは重畳。もう少しゆっくり休んでおってもよいのだぞ。それとも、腹が減っておろう。イモモチでも食べるかね。そう訊くと、ショウはイモモチという言葉に反応してぴくりと肩を震わせた。それから、ぐう。という音を部屋中に響かせて、ショウは真っ赤な顔で俯く。
「……今用意するでな、待っておれ」
「はい……」
夕刻に帰ってきて、いつもなら食事をしている時間を泣いて過ごし、それから数刻眠っていたのだ。腹も空こうというものだ。調理場に立ち、用意してあったイモモチのタネを焼いてタレをかけて、自室に戻り、ちゃぶ台の上に置いてやる。
するとショウは先ほどまで泣いていたとは思えないように瞳を煌めかせてイモモチを待っていた。
「いただきます!」
相当腹を空かせていたのだろう。ショウはイモモチにかぶりついて、黙々と食事を進める。わしはその姿を、茶を飲みながら眺めている。
すると、ショウは最後の一個を食みながら、またぽろりと涙をこぼした。
「おいしいです、むべさん」
「なら何故泣くんじゃ」
「おいしくて。ムベさんがやさしいのが、うれしくて。私、もうムベさんのご飯が食べられないこと、会えなくなること、心残りだったんですけど。でも、帰れないってなったら、悲しかったけど……でもいま、ムベさんのご飯食べて……帰れなくても、うれしいなって思っちゃって」
ぐちゃぐちゃの言葉を、ショウは泣きながら紡ぐ。帰れない悲しみと、それに安堵もしていることを、泣きながらも必死に言葉にしている。
そして、その言葉を嬉しいと思っている、自分がいた。
「……これから毎日、わしの料理が食べられるぞ」
「うん。うん。すごくおいしいです。それが、うれしいの」
「毎日、会える」
「はい。私、ムベさんのこと大好きだから、毎日会えるのうれしいの」
その「大好き」が、わしが求めているものとは違うことはわかっている。そんなことは、とっくに理解している。けれど、たとえこれが罪悪だとしても、わしは。なあ、ショウ。わしは、あんたのことを愛している。
もう一度頭を撫でてやると、ショウは頬に涙の筋を残しながらも小さく微笑んだ。嗚呼、その笑顔は、わしのこの胸を苦しくさせるほどに愛おしいのだ。
信頼されている自信はある。好かれている自信もある。けれど、ショウの願いはどうしても、家に帰ることなのだ。自分がもっていた「好かれている自信」というのは、何も愛されている、ということではない。親のような、祖父のような、そういう意味での「好かれている」だ。実際にショウは何かがあればすぐに自分に報告してくる。笑顔で「イモモチいっぱいください」と言いながら席に座り、わしがイモモチ定食を持ってくると花が咲いたように笑いながら、そして今日あったことを報告してくれる。そして、わしはその時間こそがショウに信頼されているあかしだと思っていた。
ショウのことが、好きだ。イモモチを口いっぱいに頬張る姿は愛らしい。わしの本性を知ってなお、翌日にはいつもの声の調子で「ムベさん!」と手を振ってきた彼女に、どれだけ心が救われたか。「ムベさん、勝負しましょう!」とわしを訓練場に誘っては、テンガン山の時に合わせた視線とはまた違う、勝負が心から楽しいのだとでもいうような、青い火花を飛ばす視線が、好きだった。こちらまで感電しそうになるその瞳が。好き、だった。
けれど。
昨日、ショウはラベン博士とテルとともにイモヅル亭にやってきて、「この地方のポケモンすべてと出会ったんです! 明日にはやっとアルセウスに出会えるかもしれません!」と、イモモチを注文するよりも早くわしに向かってその残酷な言葉を吐いた。
「そうかい。良かったじゃないか」
「はい! アルセウスに会えるの、楽しみです!」
「そうかね。とはいえどやはり神とやらの元に向かうのじゃ、ケガには気を付けるんじゃぞ」
「はい!」
そう言い、わしが震える手を隠して差し出したイモモチを、ショウはこちらの気持ちも知らずに夢中で口に運んでいた。
嗚呼、彼女はもうこのイモヅル亭に来ることもない。二度と。アルセウスとやらに会った時、彼女は家に帰らせてくれと願うのだろう。だから、もう会うことはない。イモモチのタレで汚れたその唇が艶めくのを見ることは、無いのだ。これが最後。なら、みっともなく縋ろうが意味はない。――これが、最後だ。ショウが食事を終えるまで他愛ない話をして、そして皿の上がとうとう空っぽになって。「ごちそうさま!」と手を合わせて席から立ち上がるショウを見て、ああ、本当に。もうその笑顔を見ることはできないのだと。胸が締め付けられるほどに苦しい。愛しい、苦しい。唯一の恋は、ここで終わりを迎えた。
――はずだった。
いつも通りにイモヅル亭の仕事をしていた。少しの空虚を抱えてはいたが、数日後にはいつも通りの生活に戻れるだろう。唯一の恋を抱いていたとはいえど、伝えなかった。それを後悔ではないと言うことはできないが、それでよかったのだと、己を納得させようとしたとき。
「……ムベさん」
唯一の恋の声が、わしの背後から聞こえた。そしてその声は何時もの快哉なものではなく、涙を孕んでいた。
「どうしたんじゃ……ショウ。ともかく座らんかね。中の席がいいかね?」
「ムベさん……うん、中がいいです」
声は、苦しさを押し込めている。そんなショウをまだ誰もいない店内の席に座らせ、扉に準備中の札をかけて。それからわしは、ショウの前に座った。
「いったい、どうしたと言うんじゃ」
暖かい茶を差し出してやるが、ショウはそれに手を付ける様子もない。しばらくショウは黙って俯いて――そうしてやっと顔を上げたとき、ショウの大きな目からは大粒の水晶のような涙がこぼれだしていた。
「むべさん」
「ああ……言ってみろ」
「私……私、帰れないんです」
そう言って、ショウは悲しみをどうしていいのかわからないというようにそのまま机に突っ伏してわんわんと泣き続けた。
ここに帰ってくるまで、ずっと耐えていたのだろう。悔しい、苦しいとばかりに泣き続けるショウの背中を撫でる権利は、自分にはあるだろうか。……かといって、ショウが最初に頼ったのは自分だと思えば、権利だのと言っている場合ではない。そっと背中を擦ってやると、たっぷり数分後、ショウは鼻声でぽつぽつと話し出した。
「私、アルセウスに会ったんです」
「うむ」
「でも、私……現実の世界では、もう死んでるんですって」
アルセウスは、死んだ私の魂だけをここに連れてきたんですって。だから、私にはもう帰る場所なんてないんです。もう葬儀も終わっちゃったかな。骨、お墓に入れられちゃったかな。もう一年近くもここにいるんですもん、向こうではもう誰も私のことなんて覚えていないんじゃない、かなぁ。
わしが黙っていると、ショウは絞り出すような声でそう語った。
神よ。神を名乗るものよ。如何して、ショウにそのような運命を課すのだ。ショウは、ただの一五を過ぎた程度の子供だというのに、神とやらは彼女の運命を徒に苛酷にするのか。そんなことが、あっていいのか。泣き続けるショウの背中を撫でている間に、ショウはとうとう泣き疲れて眠ってしまった。
宿舎に運んでやってもよかったが、こんな状態では一人でいるのも心細かろう。わしは自室の布団にショウを寝かせ、余っていた木材に臨時休業、と書いて店先にぶら下げた。こんなショウを放ってはおけない。それは、恋故だろうか。判らない。
疲れて眠りながらも、ショウの閉じた瞼は涙で彩られていた。苦しい夢を見ているのだろうか、時々寝言で悲しいと言う。哀れな娘。一生懸命に毎日を過ごし、アルセウスから与えられた使命をやっとのことでこなしたというのに、最後にはこの仕打ちである。なんて哀れで、悲しい存在なのだろう。眠る彼女の髪を撫でてやって、ようやく彼女は穏やかな寝息を立てた。
そうして、自分の中に汚い感情が渦巻いていくことも、同時に理解してしまった。そうか、ショウは元の世界には帰れないのか。ショウは、この世界で生きていくしかないのか。そうしたら――また、彼女が「ムベさん!」と元気に声をかけてくる日常が、わしが死ぬまで続くのだ。わしは、それが如何しても嬉しい。この娘を哀れだと思いながらも、終わりだと思っていた日常がまだ続いていくことが、嬉しかったのだ。なんて身勝手な考えだろうか。あまりの身勝手さに吐き気すら覚える。だが、それでも。――好き、なのだ。
唯一の恋だ。愛している。その涙を堪えて、最初に頼ってくれたのが自分であるということが、嬉しい。それほどまでにショウの信頼を得られたことが、こんなにも。
一度は彼女の命を狙った身だ。こんなことを思うのはきっと烏滸がましくて、そして、罪悪なのだろう。けれど。それでも。この小鳥のような彼女が、自分の元に降りてきたのが如何しようもなく嬉しかった。
「……ショウよ」
柔らかな髪がわしの指から零れ落ちていく。
好きだ。愛しているよ。もう、手放してやれそうにない。髪に口づけると、ショウはくすぐったそうに身をよじった。そのしぐささえも、愛しくてかなわんのだ。
ショウの寝顔を眺めて、数刻。ぱちりとショウの瞼が開いた。
「あれ……ここ……」
「起きたかね」
「むべ、さん?」
ショウは自分の宿舎ではない部屋の様子に戸惑っていたが、すぐに布団から這い出して佇まいを直した。
「ご、ご迷惑をおかけしました……!」
「迷惑とは思っとらんでな。よく眠れたかの?」
「は、はい。なんかスッキリしました」
「それは重畳。もう少しゆっくり休んでおってもよいのだぞ。それとも、腹が減っておろう。イモモチでも食べるかね。そう訊くと、ショウはイモモチという言葉に反応してぴくりと肩を震わせた。それから、ぐう。という音を部屋中に響かせて、ショウは真っ赤な顔で俯く。
「……今用意するでな、待っておれ」
「はい……」
夕刻に帰ってきて、いつもなら食事をしている時間を泣いて過ごし、それから数刻眠っていたのだ。腹も空こうというものだ。調理場に立ち、用意してあったイモモチのタネを焼いてタレをかけて、自室に戻り、ちゃぶ台の上に置いてやる。
するとショウは先ほどまで泣いていたとは思えないように瞳を煌めかせてイモモチを待っていた。
「いただきます!」
相当腹を空かせていたのだろう。ショウはイモモチにかぶりついて、黙々と食事を進める。わしはその姿を、茶を飲みながら眺めている。
すると、ショウは最後の一個を食みながら、またぽろりと涙をこぼした。
「おいしいです、むべさん」
「なら何故泣くんじゃ」
「おいしくて。ムベさんがやさしいのが、うれしくて。私、もうムベさんのご飯が食べられないこと、会えなくなること、心残りだったんですけど。でも、帰れないってなったら、悲しかったけど……でもいま、ムベさんのご飯食べて……帰れなくても、うれしいなって思っちゃって」
ぐちゃぐちゃの言葉を、ショウは泣きながら紡ぐ。帰れない悲しみと、それに安堵もしていることを、泣きながらも必死に言葉にしている。
そして、その言葉を嬉しいと思っている、自分がいた。
「……これから毎日、わしの料理が食べられるぞ」
「うん。うん。すごくおいしいです。それが、うれしいの」
「毎日、会える」
「はい。私、ムベさんのこと大好きだから、毎日会えるのうれしいの」
その「大好き」が、わしが求めているものとは違うことはわかっている。そんなことは、とっくに理解している。けれど、たとえこれが罪悪だとしても、わしは。なあ、ショウ。わしは、あんたのことを愛している。
もう一度頭を撫でてやると、ショウは頬に涙の筋を残しながらも小さく微笑んだ。嗚呼、その笑顔は、わしのこの胸を苦しくさせるほどに愛おしいのだ。