ムベショウ
獣のように求め合った。齢五〇も過ぎたというこの身にようそれだけの胆力が残っていたものだと自嘲する。
唯一の恋は、布団の上で裸体を晒したまま目を閉じていた。唯一の恋。そうだ。この娘は最初で最後の恋だ。愛しくて、苦しくて、つい年甲斐もなく抱いてしまう。一呼吸で済む日もあれば、今日のように潰れるまで搔き抱いてしまう日もある。もう、東の空は薄っすら橙色と藍色の混じった、夢のような色に変わっていた。
店を閉めて、掃除をして、自分たちの飯を作り、食し、風呂を沸かして、布団を敷いている間に、唯一の恋が風呂から濡れ髪から水滴を滴らせながらわしの背中に縋りついた。冬である。唯一の恋の髪は冷えていて、わしの頬に冷たさを残した。
「髪をしっかり拭かんかね。風邪をひくぞ」
そう言いながら彼女の髪に手ぬぐいをかけ、水気を切っているうちに……どうにも首に貼りついた細い髪が情欲を誘い、唯一の恋の髪も乾かぬうちに布団に押し倒し、嫌がりもしない若い体に、齢五〇も過ぎた老骨のそれを突き立てて、穿って、腰を打ち付け続けた。そうして彼女が疲れて嬌声も上げなくなった頃にやっとはっとして、未だ萎える気配のない自分のものをそっと抜いた。
全身を震わせながら苦しそうに息を吐く彼女の髪は、当然のことながらもうすっかり乾いていた。雨戸を開けてみれば、もう仕込みを始めるまでに二刻…いや、一刻と半と言ったところだろうか。そんな時間まで、唯一の恋を潰すように抱いてしまった。哀れな娘に布団をかけてやってから、普段は吸わない煙管に刻み葉を詰め込み、燐寸で火をつける。一呼吸すると、薄い朝日に照らされて煙が色付いた。
そのうち彼女の呼吸は穏やかになって、どうやらすっかり眠っているようだ。何回煙管に刻み葉を詰め直したかはわからなくなってしまった。何刻でもいい。このような時間が続けばいい。
この歳になって、自分の名前に意味がつく日が来るだなんて、夢にも思わなかった。ムベ。自分の名が意味する言葉は、「唯一の恋」。
忍びとして生きる以上、色事には無縁だった。親には早く結婚して子を成せ、血を残せと口酸っぱく言われたものだが、そのような相手を見つける前に、親も、故郷も、全て焼き滅ぼされてしまった。それからというものの、何とか生き残った者たちをかき集めて、デンボクを長として立し、ヒスイ地方へと上陸し、デンボクがポケモンを調査するための組織を作ると言いだしたときに、わしはデンボクの懐刀として影に日向にデンボクを守ると心に決めた。この地には、元から住まう人々がいた。それらと争いが起きたときには、この身が路傍に転がり骨となり吹き曝しになろうとも構わない覚悟だった。けれど。
布団で幸せそうに眠る娘を見て思う。ああ――この身があの地獄を味わってなお生き延びてしまったのは。ヒスイ地方に来るまでの長い長い旅で、途中で崩れ落ちずにいられたのは。全て――そう、全て、この恋のためだったのではないかと錯覚するほど。否、これは、錯覚ではない。唯一の恋が、布団の中から小さな声を上げた。
「ムベさん……だいすき……」
夢の中ですら自分を求める少女が、狂おしいほどに愛しかった。
そうだ、これが唯一の恋。もう髪もだいぶ白くなってしまったよ。筋肉も落ちてしまったよ。お前が良い歳になる頃には、わしはもうお前を抱くことはできないだろう。
それでも。どうか、この恋はいつまでも熱を持ったまま、この胸にあり続ける。
唯一の恋よ、どうかこの火を消さないでくれ。
唯一の恋は、布団の上で裸体を晒したまま目を閉じていた。唯一の恋。そうだ。この娘は最初で最後の恋だ。愛しくて、苦しくて、つい年甲斐もなく抱いてしまう。一呼吸で済む日もあれば、今日のように潰れるまで搔き抱いてしまう日もある。もう、東の空は薄っすら橙色と藍色の混じった、夢のような色に変わっていた。
店を閉めて、掃除をして、自分たちの飯を作り、食し、風呂を沸かして、布団を敷いている間に、唯一の恋が風呂から濡れ髪から水滴を滴らせながらわしの背中に縋りついた。冬である。唯一の恋の髪は冷えていて、わしの頬に冷たさを残した。
「髪をしっかり拭かんかね。風邪をひくぞ」
そう言いながら彼女の髪に手ぬぐいをかけ、水気を切っているうちに……どうにも首に貼りついた細い髪が情欲を誘い、唯一の恋の髪も乾かぬうちに布団に押し倒し、嫌がりもしない若い体に、齢五〇も過ぎた老骨のそれを突き立てて、穿って、腰を打ち付け続けた。そうして彼女が疲れて嬌声も上げなくなった頃にやっとはっとして、未だ萎える気配のない自分のものをそっと抜いた。
全身を震わせながら苦しそうに息を吐く彼女の髪は、当然のことながらもうすっかり乾いていた。雨戸を開けてみれば、もう仕込みを始めるまでに二刻…いや、一刻と半と言ったところだろうか。そんな時間まで、唯一の恋を潰すように抱いてしまった。哀れな娘に布団をかけてやってから、普段は吸わない煙管に刻み葉を詰め込み、燐寸で火をつける。一呼吸すると、薄い朝日に照らされて煙が色付いた。
そのうち彼女の呼吸は穏やかになって、どうやらすっかり眠っているようだ。何回煙管に刻み葉を詰め直したかはわからなくなってしまった。何刻でもいい。このような時間が続けばいい。
この歳になって、自分の名前に意味がつく日が来るだなんて、夢にも思わなかった。ムベ。自分の名が意味する言葉は、「唯一の恋」。
忍びとして生きる以上、色事には無縁だった。親には早く結婚して子を成せ、血を残せと口酸っぱく言われたものだが、そのような相手を見つける前に、親も、故郷も、全て焼き滅ぼされてしまった。それからというものの、何とか生き残った者たちをかき集めて、デンボクを長として立し、ヒスイ地方へと上陸し、デンボクがポケモンを調査するための組織を作ると言いだしたときに、わしはデンボクの懐刀として影に日向にデンボクを守ると心に決めた。この地には、元から住まう人々がいた。それらと争いが起きたときには、この身が路傍に転がり骨となり吹き曝しになろうとも構わない覚悟だった。けれど。
布団で幸せそうに眠る娘を見て思う。ああ――この身があの地獄を味わってなお生き延びてしまったのは。ヒスイ地方に来るまでの長い長い旅で、途中で崩れ落ちずにいられたのは。全て――そう、全て、この恋のためだったのではないかと錯覚するほど。否、これは、錯覚ではない。唯一の恋が、布団の中から小さな声を上げた。
「ムベさん……だいすき……」
夢の中ですら自分を求める少女が、狂おしいほどに愛しかった。
そうだ、これが唯一の恋。もう髪もだいぶ白くなってしまったよ。筋肉も落ちてしまったよ。お前が良い歳になる頃には、わしはもうお前を抱くことはできないだろう。
それでも。どうか、この恋はいつまでも熱を持ったまま、この胸にあり続ける。
唯一の恋よ、どうかこの火を消さないでくれ。
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