ネズユウ

「 ネズさん、あたしたちって似てますね」
少⼥は⽔⾊の瞳を細めて微笑んだ。
場所はおれの家。テー ブルの上にはコー ヒー カップが⼆つ。砂糖もミルクもなし。勝⼿知ったるとばかりにソファでくつろぐユウリが、なんとなしにそう呟いた。
「…… きみの⽬はカラコンですし、無理しないで砂糖を⼊れなさい」
「 ちぇっ」
「 ⼦どもが無理をするものではないですよ」
勝⼿に⾓砂糖を三つ摘んで⼊れてやると、ユウリは唇を尖らせながらコー ヒー をスプー ンでかき混ぜた。それでもコー ヒー に⼝をつける様⼦はないので、これまた勝⼿にポー ションミルクを⼀つテーブルに置くと、ユウリはまだ不機嫌そうな顔のまま「 ふたつください」 なんて⾔うものだから、なんだか愛らしい。要望通りポー ションミルクを⼆つテーブルに転がしてやると、⼩さい指がそれを引き寄せた。
くるくる回るコーヒーが⽩い渦を巻いて、それからユウリはやっとカップに⼝をつける。⾺⿅なやりとりで少し冷めたコーヒーカップに、おれも⼝をつけた。
「 どうしてブラックコーヒーなんて飲んじゃうんですか」
「 ⼤⼈だからですかね」
「 あたしとネズさんのおなじところが減っちゃうから、ネズさんも⽢いコーヒー飲んでくださいよ」
「 おれときみに同じところなんてひとつもねえですよ」
ぴしゃりと⾔うと、ユウリは傷付いたようなふりをして顔を覆った。残念ながら本当に、おれたちに共通点なんて⼀切ない。年齢も離れていれば、性格も真逆。肌の⾊も瞳の⾊も、コーヒーの好みだって重ならない。そう、何⼀つ。似ているところのない⼆⼈。こうやって⼀緒にいるのも不思議なくらいに正反対の⼆⼈。周りからそう思われているのは、おれにだってわかっている。
でも、⾔うじゃないですか。
遠い昔々、⼈は⼆⼈で⼀つだったんだって。それを神様が無理やり引き裂いたから、⼈は産まれた時、⾃分の半⾝がそこにいないことを嘆いて泣くんだって。

そう、ちょっとしたお伽噺。けれど、おれときみが全く違う存在なのは、お互いに無いものを埋めるためだから、とか。ないないだらけの⼆⼈を合わせたらやっと⼀⼈前になるんじゃないか、とか。そんなことを思ったりするわけです。
と、思慮に耽っていると、ユウリは相変わらず不貞腐れていた。
「 そういうところが⼦どもなんですよ」
「 また⼦ども扱いした!」
ユウリはぷいと⽬を閉じてそっぽを向く。その仕草も⼦供そのものだと指摘するのは簡単だが、⾔ってしまえば今度こそ本当に機嫌を損ねてしまうだろう。
だから、その代わりに頬にくちづけを落としてやった。すると少⼥は花が咲くように笑うから、やっぱり⼦どもだな、と、おれは泣きたくなってしまう。
ねえ、おれときみは分かたれて⽣まれた⼀つの存在なんです。おれの半⾝はきみで、きみの半⾝はおれ。だってそうじゃないと、こんなに違うのに惹かれ合った理由がわからない。おれはきみを⾒つけるために⽣まれてきたんです。
けれどおかしなことに、悲しい⼆⼈は⼀つには戻れない。どれだけ唇を重ねても、抱きしめても、そこから溶けて⼀つに戻ったりしないのだ。
でも―― 思うのです。
今度こそ唇に優しくキスを落とすと、ユウリは瞳を熱で溶かしたみたいに揺らがせる。抱きしめると、お揃いで買ったはずの⾹⽔なのに、ユウリの肌の⾹りと混ざったそれは、おれとは全然違う⾹りがする。おれの服に密やかにすがりつく⼩さな指が震えている。
それってきっと、ひとつになったらわからないことだから。
だから今は、⼆⼈であることを享受しよう。指を絡めて、熱を感じて。きみの⽢い⾹りと柔らかい熱を、今はただ感じていたい。

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