ネズユウ

ネズさんの、アイスブルー の瞳に⾒つめられるたびに、あたしは。

もう、何年⽬だろうか。何回⽬だろうか。何度も繰り返した儀式。クリスマスの夜にあなたを呼び出して、⼀⽅的な告⽩をしては返事も聞かずに逃げ出すの。
ネズさんだってもうとっくに呆れているだろうに、なんでわざわざ来てくれるのか。なんであたしは、逃げてしまうのだろうか。

―― 今年も、星が降る⽇が来る。

⽬の前には、いつもの猫背なひと。スパイクタウンの近くの⽊の下で、あたしとあなた、ふたりきり。これから起きることなんてわかっているだろうに、ネズさんは「 コー ヒー でもいります?」 なんて、呑気にスパイクタウンに⼊ったすぐそばにある⾃販機を指差している。氷のような瞳が、じっとあたしを⾒ていた。
耐えられない。
「…… ネズさん、好きです」
本当は、空を⾶ぶみたいに軽々と⾔えたらよかった。春⾵を歌うみたいにあなたの胸元に⾶び込めたらよかった。太陽を求めた⼈の⼦のように、蝋燭でできた翼ででもあなたの⼼に⾶んでいきたかった。でも、できなかった。年齢は積み重なって、体ばかり⼤きくなって。そんなあたしは、あなたの前だと⼤⼈の階段を滑り落ちていく。ただの、駄々をこねる⼦供。
「 っ、さよなら」
こうしてあたしはまた逃げ出すの。ネズさんはあたしの後を追いかけない。声もかけない。⼿を引いてくれもしない。それでいい。あたしは⼦供で、ネズさんは⼤⼈。だから、それでよかった。そうしてくれることを信じていた。
なのに。
「 ユウリ」
くい、と、コー トが引っ張られた。ネズさんの細い指が、あたしのコー トに引っかかっている。突然で、初めてのことに、⼼臓がつきりと痛む。けれど恐る恐る振り向くと、ネズさんの⽬はあたしを⾒てはいなかった。
「 空、⾒てください」
ネズさんが、あたしのコー トを掴んだまま何歩か歩き出した。そうされればあたしも歩かないわけにもいかず、⽊の下から出る。
⾒上げれば、空には砂糖菓⼦のような星が煌めいている。でも星に詳しくないあたしには、ネズさんが何を⾔いたいのか、ぜんぜんわからない。
「…… きれい、ですね」
そんな⾔葉でお茶を濁すことしかできないけれど、ネズさんの横顔はじっと空を⾒ている。
「 東の⽅に、明るい星があるのが⾒えますか?」
⾔われて、そちらに⽬を向ける。すると、⼀際明るい⻘い星が⾒えた。
「…… はい」
「 よかった。カペラっていう星なんです。ねえユウリ、あの星をじっと⾒ててください」
ネズさんに肩を掴まれ、⾔われるがまま星をじっと⾒つめる。 ―― すると、ゆっくりと、だが。ネズさんが指した星が、オレンジ⾊に変わっていくのが⾒えた。⽬の錯覚だろうか。⽬をこすっても、カペラは綺麗なオレンジ⾊だった。
「 不思議でしょう。カペラは、五⾊に変化して⾒える星なんです」
「 へえ…… 素敵ですね」
「 でも、変わってほしくないときも、カペラは⾊を変えちまうんです」
「 星に、変わってほしくない時なんてあるんですか?」
聞くと、やっとネズさんはあたしの⽅を向いた。肩に⼿を置かれているから、距離が近い。
「 毎年のことなんですがね。クリスマスの⽇ばかりは、カペラの⾊が変わっていくのを⾒たくないんです。…… ユウリも、変わっていくと思いたくなかったから」
どういうことだろうか。星とあたしに、なんの関係があるのだろう。疑問符を顔に貼り付けると、ネズさんは⼩さく笑った。
「 おれも怖かったんですよ。いつか、クリスマスの⽇にきみがここに来なくなる⽇がくることが。カペラみたいに、きみの⼼の⾊が変わる⽇が来るのが、怖かった。…… でも」
今⽇は逃げないでいてくれましたね。
そう⾔ってネズさんは、さっきまでのカペラみたいな⻘い瞳であたしに微笑んだ。ああ、そんな⽬で⾒ないで。あたし、どうしたらいいのかわからない。あなたのことがこんなにも好きで、そのくせいつも逃げ続けて。そんなあたしの⼿を握らないで。細くて無⾻な指を、あたしの⼿に絡めないで。
ねえ、ネズさん、あたしってすごく臆病なの。そんなことを⾔われたら、あたしだって、あなたの⼼がカペラみたいに変わるのが怖い。怖いよ。でも、⼤丈夫。今⽇は星が降る⽇だから。星に混ざって、カペラも落ちてしまえばいい、のにね。
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