ネズユウ
ああ、不貞に耽る。日がな一日色狂い。
朝起きて、なんだか隣で伸びをしているきみのパジャマから鎖骨や腹がちらりと覗いたからそんな気になって、嫌がらないきみだってそんな気分なんだなって思ったから、冷蔵庫から持ってきた水のペットボトルを口に含むのと、タバコを吸う以外は、ずっと。
闇を孕んだ西日が香って、やっと今日はまだ一回も食事をしていないことに気付いた。
「カレーの匂いがする」
ユウリがベッドに横たわりながら、小さく呟いた。言われてみれば香る匂いはカレーのような気がする。部屋中タバコとお互いの体液と汗のにおいでいっぱいだったから、鼻が少し馬鹿になってしまった。
途中でゴムが無くなってしまったから、昼を過ぎたころからは生だった。だから尚更青臭いし、ベッドサイドのティッシュ箱だって中身が寂しい。それでも太腿を白く濡らしている彼女の姿を見ると、まだごくりと喉が鳴るから、なんだかおかしいな。
「夜ご飯はカレーにしようかなぁ。にんじんあったかなぁ」
「一日くらい食わなくても死にやしませんよ」
だから、ね、もう一回。窓から差し込む斜陽がきみの白い体を彩るから、ねえ、どうか。レースのカーテンが作る影が、ゆらゆらりときみを溶かしてしまうみたいで、なんだか不安だからさ。
世界の起源を白ペンキで汚して遊ぶ。云わば愛玩です。
手探りできみのこころに触れていたい。ただの哀願です。
ねえ、結婚って、きみを優しく束縛していいって法が保証してくれるみたいなものじゃないですか。でもね、結婚してから、なんだかおれは余計に苦しいよ。
結婚する前は、会えない日があるのは普通のことだったのに、一緒に暮らし始めてからはきみがいない日のほうが珍しいんだけれど。そんな珍しい日が時々あるのも、二人分作った食事にラップをして冷蔵庫に閉じるのも、ねえ、苦しくて仕方ないんです。だからねえ、時々こうしてきみに祈るのを許してほしいだなんて思うけれど、おれの祈りはカンバスの上に高潔に完璧に描かれた女王様を汚すばっかりだ。
ねえ、誰が思うだろう。高潔なきみを、おれが堕落させるだなんて。あるいは背徳の栄え。あるいはポルノ。あるいはエロチカ。どれだって構わない。結局どれだって同じ行為だ。だからねえ、今日もおれと一緒に堕落してよ。そう言うと、きみは困ったみたいに笑う。
「じゃああたしに冷たい紅茶をください」
「そんな時間も惜しいって言ったら?」
「クーラーを効かせてください」
「暑いんだね。ちょっと待ってなさい」
部屋を出てキッチンに向かうと、やっぱり外からカレーの匂いがした。ねえ、想ったんだけれど、きみはカレーなら一日三食食べるから、カレーを作ってさえおけば、食事はちょっとコンロに火をつけて数分で、カップヌードルと同じくらい簡単だ。そうしたら、明日も今日みたいに日がな一日きみというカンバスに白いペンキを塗れるんじゃないだろうか。ねえ、そうさせて。
ピー、と高い音を鳴らしたヤカンの中身のお湯を、ティーパックを入れたユウリのマグカップに注いで、それから氷で満たしたタンブラーの中に一気に注ぐ。それをもって寝室に戻り、きみに渡すと、シーツにくるまった小さな手がそれを受け取った。
「おいしい」
「それはよかった。……晩ご飯はカレーにしますか?」
「一日くらい何も食べなくても死なないんじゃなかったですか?」
「二日食べないと危ないかもしれませんからね。しかも無睡ですし」
そう言ったらユウリは明日何をするのかがわかったのか、よく冷えた紅茶を飲んでいるというのにほっぺたを夕日より赤くしたから――いや、夕日なんてとっくに沈んで、今は闇の中だから、きっと斜陽なんてどうでもよくて――やっぱり、いとしいのです。
朝起きて、なんだか隣で伸びをしているきみのパジャマから鎖骨や腹がちらりと覗いたからそんな気になって、嫌がらないきみだってそんな気分なんだなって思ったから、冷蔵庫から持ってきた水のペットボトルを口に含むのと、タバコを吸う以外は、ずっと。
闇を孕んだ西日が香って、やっと今日はまだ一回も食事をしていないことに気付いた。
「カレーの匂いがする」
ユウリがベッドに横たわりながら、小さく呟いた。言われてみれば香る匂いはカレーのような気がする。部屋中タバコとお互いの体液と汗のにおいでいっぱいだったから、鼻が少し馬鹿になってしまった。
途中でゴムが無くなってしまったから、昼を過ぎたころからは生だった。だから尚更青臭いし、ベッドサイドのティッシュ箱だって中身が寂しい。それでも太腿を白く濡らしている彼女の姿を見ると、まだごくりと喉が鳴るから、なんだかおかしいな。
「夜ご飯はカレーにしようかなぁ。にんじんあったかなぁ」
「一日くらい食わなくても死にやしませんよ」
だから、ね、もう一回。窓から差し込む斜陽がきみの白い体を彩るから、ねえ、どうか。レースのカーテンが作る影が、ゆらゆらりときみを溶かしてしまうみたいで、なんだか不安だからさ。
世界の起源を白ペンキで汚して遊ぶ。云わば愛玩です。
手探りできみのこころに触れていたい。ただの哀願です。
ねえ、結婚って、きみを優しく束縛していいって法が保証してくれるみたいなものじゃないですか。でもね、結婚してから、なんだかおれは余計に苦しいよ。
結婚する前は、会えない日があるのは普通のことだったのに、一緒に暮らし始めてからはきみがいない日のほうが珍しいんだけれど。そんな珍しい日が時々あるのも、二人分作った食事にラップをして冷蔵庫に閉じるのも、ねえ、苦しくて仕方ないんです。だからねえ、時々こうしてきみに祈るのを許してほしいだなんて思うけれど、おれの祈りはカンバスの上に高潔に完璧に描かれた女王様を汚すばっかりだ。
ねえ、誰が思うだろう。高潔なきみを、おれが堕落させるだなんて。あるいは背徳の栄え。あるいはポルノ。あるいはエロチカ。どれだって構わない。結局どれだって同じ行為だ。だからねえ、今日もおれと一緒に堕落してよ。そう言うと、きみは困ったみたいに笑う。
「じゃああたしに冷たい紅茶をください」
「そんな時間も惜しいって言ったら?」
「クーラーを効かせてください」
「暑いんだね。ちょっと待ってなさい」
部屋を出てキッチンに向かうと、やっぱり外からカレーの匂いがした。ねえ、想ったんだけれど、きみはカレーなら一日三食食べるから、カレーを作ってさえおけば、食事はちょっとコンロに火をつけて数分で、カップヌードルと同じくらい簡単だ。そうしたら、明日も今日みたいに日がな一日きみというカンバスに白いペンキを塗れるんじゃないだろうか。ねえ、そうさせて。
ピー、と高い音を鳴らしたヤカンの中身のお湯を、ティーパックを入れたユウリのマグカップに注いで、それから氷で満たしたタンブラーの中に一気に注ぐ。それをもって寝室に戻り、きみに渡すと、シーツにくるまった小さな手がそれを受け取った。
「おいしい」
「それはよかった。……晩ご飯はカレーにしますか?」
「一日くらい何も食べなくても死なないんじゃなかったですか?」
「二日食べないと危ないかもしれませんからね。しかも無睡ですし」
そう言ったらユウリは明日何をするのかがわかったのか、よく冷えた紅茶を飲んでいるというのにほっぺたを夕日より赤くしたから――いや、夕日なんてとっくに沈んで、今は闇の中だから、きっと斜陽なんてどうでもよくて――やっぱり、いとしいのです。