ネズユウ
窓の外には、⻘空が広がっている。⽩い浮雲がゆらゆらと⼼地良いばかりの陽気。夏前のぬるい⾵が草⽊を揺らすそんな⽇。けれど、そんな空の様⼦に似つかわしくない⾳が、地⾯を叩いていた。 ―― 天気⾬だ。
「 わぁ、不思議」
能天気な声を上げるのは、ユウリであった。最初は遠慮がちにこの家に上がってはマリィと慎ましくお茶を飲むなどしていた彼⼥だが、今ではマリィが不在でも我が家に堂々と上がっていくし、今⽇に⾄っては⾏儀悪くソファの上に乗り上がって窓の外を⾒ている始末である。
キッチンで茶菓⼦と飲み物の準備をしているおれの⽬にすら、ゆらゆら揺れる帽⼦のポンポンが⾒えた。
「 ⾏儀が悪いですよ」
「 あ、ごめんなさい。でも、晴れてるのに⾬が降ってるだなんて、不思議で」
「 はあ、そうですか」
確かに、中々⾒ない天気ではある。⿊い⾬雲など無いのに、⾬⾳が草⽊を撫でている。⾃分もこのような天気を⾒るのは久々だった。
ダイニングテー ブルの上には、いつの間にか⾷器棚に⼊っていたユウリ専⽤のマグカップ。
それにティーパックと湯を注ぎ、⼩⽫に⾓砂糖を⼆つ乗せてやる。おれのカップにも同じく湯を注ぎ、適当な⽫に安いビスケットと、申し訳程度に少し値の張るチョコレートを⼆粒乗せてリビングに持っていく。リビングに戻ると、相変わらずユウリはソファの背もたれに⼿をかけて外を⾒ていたが、テーブルに茶を置くとゆるりとこちらを⾒た。
「 ありがとうございます、ネズさん」
少⼥は両⼿を合わせて微笑んだ。それからはっとしたように⼆⼈がけのソファの端に座り直したので、カウチに座ろうとしていたおれは、なんとなく彼⼥の隣に腰を下ろした。それと同時に彼⼥はティーパックが⼊ったままのマグカップに⼝をつけてニコニコしていた。
「 きみはどうして安物やインスタントを喜ぶんでしょうね」
「 ネズさんが⽤意してくれたものは何だって特別です」
そう⾔ってユウリは両⼿でマグカップを持ったまま、笑顔でこちらの顔を覗き込む。アーモンド⾊の瞳にはおれしか映っていなくて、ゆるく微笑む少⼥は今おれしか⾒ていない。それが⼼地良いから、おれは何度だって彼⼥を⽢やかしてしまう。たとえば、さっき靴を履いたままソファに乗り上がっていたことだって、もう咎める気もない。
ああ、このままでいられたらなぁ。理由なんかなくても。ただ⼆⼈でいたいだけ、それだけで、いつまでもこの瞳がおれだけを⾒ていてくれたらなぁ。
と思っても、⼀瞬は永遠ではないから、いつの間にかユウリは茶菓⼦に夢中だ。
「 あ、リンツのチョコ」
「…… まったく⽬敏いですね、召し上がれ」
⼤粒のホワイトチョコを⼀つ⼝に放り込めば、アーモンド⾊は痺れてとろけた。包み紙を握った⼿のひらがソファに沈んでいる。
早々と⼆つ⽬のチョコレー トを⼝に⼊れては背筋を痺れさせているユウリの⼿に、⾃分の⼿を重ねた。シャリ、とビニールの包み紙が⾳を⽴てる。するとユウリは⼝にチョコレートを詰めたまま、またこちらの顔を覗き込んだ。
⻘い空から降る⽔銀⾊のせいだ。愛しくて、泣きそうになる。⾬粒が反射した光がユウリの瞳を⾊とりどりに染めて、悲しいくらい綺麗だった。
「 ネズさん?」
やっとチョコレー トを飲み込んだ⼝が、⽢い息づかいで⾔葉を紡ぐ。⼿を振り解こうともせず、ただ不思議そうにこちらを⾒つめる、きらめいた丸い⽬。ああ、そんな⽬で⾒られたら、⼼臓が⾺⿅みたいに騒ぐ。
「 ゆう、り」
重ねた⼿の下で、チョコレー トの包み紙が鳴った。いつも輝かしい未来を握っている⼩さな⼿。それに重ねたおれの⼿は、ただの冷えた指先だけれど。
「 ネズさんの⼿ってあったかいなぁ。いっつも、すごく安⼼するあったかさです」
おれの⼿の甲に、ユウリのもう⽚⽅の⼿が重なった。ちがうよ。いつもあったかいのはきみの⽅だよ。きみが太陽みたいにあったかいから、きみの熱がおれにうつって、おれは微熱に浮かされる。
⽔銀の乱反射がつくった魔法にかけられているだけでもいい。この微熱はどうかさめないでいて。理由なんかなくても、きみの⼿を離したくはない。
「 わぁ、不思議」
能天気な声を上げるのは、ユウリであった。最初は遠慮がちにこの家に上がってはマリィと慎ましくお茶を飲むなどしていた彼⼥だが、今ではマリィが不在でも我が家に堂々と上がっていくし、今⽇に⾄っては⾏儀悪くソファの上に乗り上がって窓の外を⾒ている始末である。
キッチンで茶菓⼦と飲み物の準備をしているおれの⽬にすら、ゆらゆら揺れる帽⼦のポンポンが⾒えた。
「 ⾏儀が悪いですよ」
「 あ、ごめんなさい。でも、晴れてるのに⾬が降ってるだなんて、不思議で」
「 はあ、そうですか」
確かに、中々⾒ない天気ではある。⿊い⾬雲など無いのに、⾬⾳が草⽊を撫でている。⾃分もこのような天気を⾒るのは久々だった。
ダイニングテー ブルの上には、いつの間にか⾷器棚に⼊っていたユウリ専⽤のマグカップ。
それにティーパックと湯を注ぎ、⼩⽫に⾓砂糖を⼆つ乗せてやる。おれのカップにも同じく湯を注ぎ、適当な⽫に安いビスケットと、申し訳程度に少し値の張るチョコレートを⼆粒乗せてリビングに持っていく。リビングに戻ると、相変わらずユウリはソファの背もたれに⼿をかけて外を⾒ていたが、テーブルに茶を置くとゆるりとこちらを⾒た。
「 ありがとうございます、ネズさん」
少⼥は両⼿を合わせて微笑んだ。それからはっとしたように⼆⼈がけのソファの端に座り直したので、カウチに座ろうとしていたおれは、なんとなく彼⼥の隣に腰を下ろした。それと同時に彼⼥はティーパックが⼊ったままのマグカップに⼝をつけてニコニコしていた。
「 きみはどうして安物やインスタントを喜ぶんでしょうね」
「 ネズさんが⽤意してくれたものは何だって特別です」
そう⾔ってユウリは両⼿でマグカップを持ったまま、笑顔でこちらの顔を覗き込む。アーモンド⾊の瞳にはおれしか映っていなくて、ゆるく微笑む少⼥は今おれしか⾒ていない。それが⼼地良いから、おれは何度だって彼⼥を⽢やかしてしまう。たとえば、さっき靴を履いたままソファに乗り上がっていたことだって、もう咎める気もない。
ああ、このままでいられたらなぁ。理由なんかなくても。ただ⼆⼈でいたいだけ、それだけで、いつまでもこの瞳がおれだけを⾒ていてくれたらなぁ。
と思っても、⼀瞬は永遠ではないから、いつの間にかユウリは茶菓⼦に夢中だ。
「 あ、リンツのチョコ」
「…… まったく⽬敏いですね、召し上がれ」
⼤粒のホワイトチョコを⼀つ⼝に放り込めば、アーモンド⾊は痺れてとろけた。包み紙を握った⼿のひらがソファに沈んでいる。
早々と⼆つ⽬のチョコレー トを⼝に⼊れては背筋を痺れさせているユウリの⼿に、⾃分の⼿を重ねた。シャリ、とビニールの包み紙が⾳を⽴てる。するとユウリは⼝にチョコレートを詰めたまま、またこちらの顔を覗き込んだ。
⻘い空から降る⽔銀⾊のせいだ。愛しくて、泣きそうになる。⾬粒が反射した光がユウリの瞳を⾊とりどりに染めて、悲しいくらい綺麗だった。
「 ネズさん?」
やっとチョコレー トを飲み込んだ⼝が、⽢い息づかいで⾔葉を紡ぐ。⼿を振り解こうともせず、ただ不思議そうにこちらを⾒つめる、きらめいた丸い⽬。ああ、そんな⽬で⾒られたら、⼼臓が⾺⿅みたいに騒ぐ。
「 ゆう、り」
重ねた⼿の下で、チョコレー トの包み紙が鳴った。いつも輝かしい未来を握っている⼩さな⼿。それに重ねたおれの⼿は、ただの冷えた指先だけれど。
「 ネズさんの⼿ってあったかいなぁ。いっつも、すごく安⼼するあったかさです」
おれの⼿の甲に、ユウリのもう⽚⽅の⼿が重なった。ちがうよ。いつもあったかいのはきみの⽅だよ。きみが太陽みたいにあったかいから、きみの熱がおれにうつって、おれは微熱に浮かされる。
⽔銀の乱反射がつくった魔法にかけられているだけでもいい。この微熱はどうかさめないでいて。理由なんかなくても、きみの⼿を離したくはない。