ネズユウ

知ってます?深海⿂って、引き揚げると臓腑が内側から破裂して死ぬんですって。
そう、⾔ってしまえば孤独は深い海。つめたくて、誰もいなくて、真っ暗だ。そんなところを選り好んでいるおれは、きっと深海⿂なのでしょう。もう、冷たさには慣れた。苦しさも感じない。痛みは通り過ぎた。そう思っていた。 ―― きみに出会うまでは。
「…… ネズさん?」
「 あ、すみません。何でしたっけ」
「 もう、ネズさんってば」
思案を、ユウリの声が引き裂いた。おれの家で、次のガラルスター トー ナメントでどのポケモンを使うかの相談をしているところだった。テー ブルの上にはそれぞれの選⼿の⼿持ちポケモンを書き出した紙とペンが転がっている。
「 どうしてもキバナさんのジュラルドンに打点がないので、あたし、マンムーを連れて⾏こうかなって話ですよ」
「……いいんじゃないですか?おれの⼿持ちでは確かに、そもそもキバナに打点がないんですよね。ダンデのドラパルトも対策できますし」
「 やっぱりそう思います?」
ユウリは花が咲くように笑う。おれなんかに褒められて何が嬉しいのだろうと思うし、そもそもおれと組むことも何が楽しいのかと思う。おれはあの⽇、彼⼥を傷付けたのに。
おれは逃げたのだ。きみは⾯倒ごとを起こすから、きみとおれはただマリィを介した関係でしかないから。あの時は、きみに惹かれそうになる⾃分を⾃分で傷付けるつもりで必死に喋ってしまったので、他に何と⾔ったかは忘れてしまったけれど、思い返せばただの暴⾔だ。あんなことを⾔われて、なぜユウリはまだおれを兄のように慕ってくれるのだろうか。
気持ちは、少し落ち着いた。あの時はランナー ズハイのようなものだったのだ。ユウリに対する思いを⾔葉にせずに堰き⽌めておくことは容易になった。―― けれど、あれから数年経ってなお、まだあの⽇のことを謝ることはできていない。
おれの⽬の前で笑ってくれているきみに、今更謝れたとしたら、きみは許してくれるのだろうか。きみに惹かれていた⾃分がいたことを告⽩すれば、困ってくれるだろうか。⾺⿅みたいな⼆律背反。許されたくて、許されたくない。笑ってほしくて、困ってほしい。
きみのせいだ。きみがおれを⽔底から引っ張り出すから、破裂した内臓から感情がぐちゃぐちゃに漏れ出してしまう。まるで⾎のように。
「 ネズさん、どうしたんですか?具合でも悪いんですか?」
またぼんやりとしていたおれを⼼配するように、アー モンド⾊の瞳がじっとおれの顔を覗きこんだ。

ああ、恋しい、苦しい、愛しい、悲しい、嬉しい、可笑しい。

こんな思いをするくらいなら、深海⿂のままでいられたらよかった。でも、あたたかさを知ってしまった⼼は、もう冷たい⽔底には戻れない。
ねえ、ユウリ。きみのことが好きです。そんな⾃分が嫌いです。この想いを知ってほしい。知られたくない。破裂した中⾝からどろどろとした思いが溢れ出す。
もしも、いつかきみにこの想いを伝えられる⽇が来るとしたら、きみはどうするだろうか。拒絶する?それとも受け⼊れてくれる?
それすらきみに投げ出したおれは、ただの、⽫の上の深海⿂。きみに⾷べられる⽇を待っているだけの、泳ぎもしない愚かな⿂。
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