短編
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公園の中の滑り台の上に鎮座する不審な人物。
鼻歌混じりに一心不乱に譜面に音符を書き殴る。
ひらりひらり、とまた一枚譜面が落ちてくる。それを私は拾い上げるとスコアブックに挟んだ。
こうして月永先輩が作曲に没頭すること数時間。
夕暮れ時だった空はすっかりを日が落ち、辺りは暗くなっている。冬の寒さはまだ健在で、雪こそ降る様子はないが肌をつく寒さに身を震わせる。
「月永先輩ー」
返事があるわけない。
呼びかけたところで先輩を刺激する霊感が作曲を辞めさせないでいる。音楽に愛された天才とはまさに先輩のことを言うのだろう。卒業してからも作曲家として生きていける先輩は、ユニットを、knightsをどうするつもりなのだろうか。
かつてジャッジメントをした時のように解散させる、なんて暴挙には出ないと思うが、何を考えているかわからない。
この間はスタフェスに嬉々として参加もしてくれていたし、ショコラフェスも案外乗り気だったのは記憶に新しい。
もうすぐ月永先輩は卒業だ。
月永先輩だけじゃなく、全ての3年生がいなくなってしまう。
みんな、いなくなってしまう。
「お?なんだなんだ?そんな感傷的な表情して!」
いつから見ていたのか、キラキラとした瞳をこちらに向けた月永先輩が私を見つめている。どうやら私が此処にいることか忘れていなかったらしい。
滑り台の上から勢い良く飛び降りると、私の手の中にあるスコアブックを見てご満悦そうに笑う。
「今日も偉大な名作が産まれたな!」
アハハハ、とそれはそれは楽しそうに笑うので私までつられて笑ってしまう。月永先輩が楽しそうだというだけで、こんなにも満たされるような気がしてならない。
こうして先輩の手ずから生み出された曲たちをスコアブックに挟むことを許されているだけでも満足してしまう。
「そうやって笑ってろよ、あんず」
「……何を突然言うんですか」
「んー?お前はそうやって笑ってるのが一番、ってこと!」
いつもの無邪気な笑顔ではなくて、前に一度だけ見たことのある穏やかで寂しそうな笑み。どうしようもなく感じてしまう1年の重さを実感してしまう。
たった1年なのに、先輩はこんなにも遠い。
「だったら、先輩が」
「言わないで」
持っていた譜面を私に押し付けると月永先輩は鞄を持って歩き出してしまった。慌てて後を追いかけようとするが、どうにも足が竦んでしまう。
明らかな拒絶だった。
こんなにも明らかな拒絶は初めてだったから思考がついていかない。寒さではなく、自分の手が震えていることに気がつく。
ああ、そうか。こんなにも私は月永先輩に拒絶されることを恐れているんだ。それがわかっただけでも良しとしなければ。
そう思って竦む足を前に出す。
前を向けば遠ざかったいったものだと思っていた背中は案外近くにいた。公園の外、そこに月永先輩は待っていてくれた。
「勘違いするなよ、あんず」
「はい?」
「さっきの続きはまだ言わなくていいってことだから」
それだけ言うと先輩は笑って私に手を差し伸べてきた。
ずるい、そんな言葉は噛み殺し、冷えたその手を私は取った。
いつか続きを伝えることが出来たら。
きっと伝えられる日はそう遠く無いのかもしれない。
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