山田三郎と放課後の共犯者
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「夏祭り??」
部活動中の生徒達の声、夕日の差し込むオレンジ色の窓辺。一つ机を挟んで座っていつも通り僕とゲームで対戦していたそいつは僕の言ったことをオウムのように反復した。とりあえず僕は頷いておく。
「……一緒に、行く人、いないのかって聞いてんの」
「いや二週間も後だしまだ決まって……お??もしかして三郎……俺と一緒に行きたいとか?」
「ばっ……」
思わずバカ、と言いかけてやめた。
なぜやめたのかといえば、まあ、図星だったからだ。言い訳を重ねても見苦しいしここは正直に言ってしまおう。僕は一瞬迷って、震える唇を動かす。
「……いちにい、いや、兄は夏祭りの実行委員になったみたいで夏祭り一日目しか一緒に回れないんだ。折角だし、二日目はお前と行きたいな、って思って」
二郎も二日目、複数の友達と夜まで遊び呆けるらしいので──そもそもあんな奴と二人きりで夏祭りを回るなんてごめんだ──二日目は家でゲームでもしていようかと思っていたが、本当にうっかりあいつの顔を思い浮かべてしまったのだ。
しかしあいつは認めなくないが人気者である。
どうせ誰か僕よりもずっと仲のいい友達とでも行くのだろうなとは思っていた。
なので僕はこの二週間前というまだ皆夏祭りなんてイベントを意識していないであろう時期に攻めてみる事にした。だってもしもこいつに予定があったら、無駄に気の利くこいつのことだから多分「三郎はその……俺らと回っても気まずいだろ……」なんて言うはずだ。まあ真実だしとやかく言うことはないけど。あいつはバカだけど友達の変化にはすぐに気付くので、恐らくあいつの取り巻きが僕をあまり好いていないことなんて分かっているだろう。
だから、その気配りを逆手に取ってしまおうと思った。僕が1番に名乗りをあげれば恐らく、いや間違いなくこいつは僕に気を使って……二人で回ろう、そんな提案をする筈だ。
「ん~~……それなら仕方ねえな」
「……いいの?」
「おう!男二人で夏祭りとかむさ苦しいけどな!」
「……それもそうだな」
「でもお前友達いないしな!!い~~ぜ三郎くん俺が一緒に行ってやるよ!」
「友達いないは余計だ」
予測通りの動きをしてくれたこいつに突っ込みを入れて、もう一度目の前の顔を見てみた。僕との会話が終わった途端真面目な顔してスマホ画面を睨んでいる。何とか僕の戦略を覆してやろうと必死になっている様だった。
全く、バカは本当に誘導しやすくて助かるよ。
思わず少し口角が上がってしまってしまった、と思う。どうやら気付いていない様だ。……自分のターンを終えて、こいつはまた僕に話しかけようと口を開く。
「で?お前浴衣着てくる?」
「は?……浴衣?」
「折角だし着ようぜ浴衣!!あたしさぶろ~くんの浴衣みた~~い!!!」
「きもちわる」
「マジレスかよ……」
浴衣、ね。夏らしいそのワードを聞いて僕は浴衣を着たこいつを想像してみた。普通の浴衣か?甚平もあるかもしれない。あと射的にお金つぎ込みそうな気がする。あまりヒートアップしたらきっと喚くだろうからその時は他人のフリしてやろう。
そんなことを考えながら僕は指を動かした。全く、こんなに簡単に作戦にハマってくれるなんて思わなかったね。
これで詰みだ。よし、今日はナゲットを奢ってもらおう。
「……いいよ、着てくる、浴衣」
「おっ、そう来なくちゃな~~!!今年新しいの買おうかな、んん~~~……」
「いいの?ただでさえ毎日の様に僕に奢ってるのに更に財布薄くなるんじゃない」
「さぶろー……お前煽ってんのか……」
「煽ってるんじゃないよ、忠告してあげてるんだろ?」
「くっ……こんの……言い返す言葉が無いのが悔しい!!!ええいくらえ俺のデコピン!!」
人差し指に念を込めるようにふー、と息を吹きかけてから机から身を乗り出して僕に接近する目の前のアホ。そろそろかな、というタイミングでスマートフォンの画面に『Winner,saburo』の文字。そして盛大な音楽が流れた。
「はいまた僕の勝ち」
「あばっ!?おまっ、夏祭りの話で気逸らしたろ!」
「お前が見てなかったのが悪いね」
「てめっ……やっぱ俺のデコピンを受けろ!!」
「いたっ、低能はすぐ暴力に走るね、これだから……」
「っるせ!!オラ行くぞ!今日は何奢れってんだ!」
目を三角にして僕を睨みながら席を立ってロッカーに向かっていったあいつに、僕も立ち上がりつつ要望を言う。
「今日は……ナゲットが食べたい」
「はぁ~~~~俺の金!!」
リュックを背負ったこいつの背を追いかけて僕は教室を後にした。
……夏祭り、浴衣はいち兄か二郎に借りようかな。
僕は何故だかまだまだ先の予定である夏祭りが待ち遠しくて仕方がなかった。
─────────
学校が終わって、あいつとゲームせずに素早く帰宅して浴衣に着替えた。教室で話さなくても今日は二人きりで居られる日だった。
「さぶろ~~!!ここだここ!!」
「分かってるって、大声で呼ぶなよ……!」
人混みの中、待ち合わせした場所で見つけたそいつは紺色に白の縞模様の入った浴衣を着ていつもより崩した髪型をしていた。普段とは違うそいつはなんだか新鮮だった。
「どこ行く?俺りんご飴食いたい、あと唐揚げ」
「僕、は……お前についてくよ」
特に行きたいところが思い浮かばなくて僕はそう返しておいた。そいつは僕を見て仕方ないな、とでも言いたげに笑って前を向く。そして
「おう、はぐれんなよ人多いし……手つなぐ?」
なんて冗談を言ってきた。
「結構だ」
「ちぇ、つれないヤツ」
──ふつう繋ぎたいなんて返せないだろ。
僕だって男に冗談で誘っただけなのによし繋ごう!なんて言われたら引くさ。お前はその、よく分からないところで優しい、から……もしかしたら繋ぐかもしれないけど、僕なら顔を顰めて「は?」の一言だね。
ほら、断って正解だ。こいつは笑って前を向く。僕はその後ろをついていく。それだけでいい。
そんな変な期待なんて……してない。
僕は特に理由も無く、なにも持ってない空いたあいつの手が気になってそこに目をやる。よくゲームする時にも見ていたけどそれは僕よりも骨ばっていて、ちょっと大きかった。
「んがーーー!!!なんで当たんねえんだ!!お兄さんもっかい!!!」
「おう!いいかもっと上を狙うんだ!真ん中は重石があって倒れねえからな、バランスを崩して徐々に落としてけ」
「はい!!さすが三郎の兄ちゃんだな、的確だ!……でも俺の腕が全然ダメだ!!!」
「バカ……これ以上お金使ったらお前帰れないぞ」
「やべえ!!1500円も使ってなにも取れねえとかやべえぞ俺!!」
あぁーーとかうわーーとか奇声をあげながら崩れ落ちるこいつを見て僕は他人のフリを決め込んだ。まさか本当にこうなるとは……。
時は少し前に遡る、僕はいち兄が射的の屋台を切り盛りしている男性と会話しているのを見つけ、こいつを連れて話しかけに行ったのだがなんということかこいつが俺の腕を見せてやるとかなんとか言って、下の段の駄菓子を2つ程落とし、調子に乗って上の段のゲームソフトを取ろうとしたのだ。しかし案の定何度撃っても本当にダンボール製のパッケージなのかと思うほどの謎の耐久を誇るソフトは落ちず、結局1500円近く使って取れたのはミルク味のソフトキャンディと素朴な見た目を有するボンタンアメのみだった。
「三郎……あれが俺の戦利品だ……!!がんばったぞ!」
「スーパーで買ったら5分の一くらいの値段で買えるけどね」
「寂しいこと言うなよ!!!くそ!!悔しいじゃねえか!!」
「頑張ってた方だぜ?ほら、二人で食べろよ」
「ありがとうございますいち兄!」
「あざーっす三郎の兄ちゃん!」
仲良くな、とタオルを首に掛け、赤色の目立つTシャツを着ているいち兄が僕達の頭を力強く撫でた。やはり大好きな兄の手は優しくて思わず笑みがこぼれた。
夕日はもう沈んでしまって、提灯がオレンジ色の光を放ち、屋台にも電気がついた。夜の闇の中ではさっき取った駄菓子を頬張りながら僕の隣を歩くこいつの顔もよく見えなかった。
「……へへ、お前の兄ちゃんほんといい人だな」
「そうだろ、いち兄は優しくてなんでも出来て凄いんだ」
「お菓子おまけにって増やしてくれたし」
「ところでお前もうお金無いだろ……どうするんだ」
「……どうしようもねえな!」
暗闇の中、いっそ清々しいほどの笑顔でこちらを見たそいつのアホ面にデコピンをかましてやった。
その時、眩しい光と、時間差で訪れた大きな音が僕らを驚かせた。
ドン、ともう一度大きな音。更に地鳴り。屋台の間を歩いていた人達が沸き立った。
「……あっ、花火」
空を見上げればすっかり暗くなった夜空に、大きな花火が打ち上げられていた。
橙色、緑色、白色、次々に夜空を彩るそれらに僕は圧倒されてしまってしばし呆然としていた。
「三郎、こっち」
「……え?」
だから僕の手を引くこいつに、すぐ反応することが出来なかった。
状況を理解した時には僕の体温はもう制御不可能だった。
あ、え、なんて間抜けな声を自分が出してしまっている事よりも、手。さっきまでほんの少しだけ気になっていたあいつの、僕よりも大きい手が、僕の手を、握っている。どうしようもなく握られた右手が熱かった。
心拍数が上がる、たぶん走っているせいだ。
体が熱い、きっと人混みの中にいたから。
手が、震える。……こいつに握られてるから。
なんで走ってるのかもわからないしこいつがどこに向かっているのかも考える余裕がなかった。人の数はだんだんまばらになって、祭りの開催地の近くの丘の上まで来てしまった。そこまでの距離ではなかったとはいえ息が切れてしまった。
どうやら連れてこられたのは丘の上の小さな神社だった。少し下を見ればさっき登ってきた階段と、さっきまでいた人混みが見えた。
「……っおい、なに急に、はしって」
「ごめんごめん、これ、見せたくて」
「は?…………あ」
ドン、とさっきも聞いた大きな音が鳴った。
人混みと提灯のあかりが眩しくてよく見えなかった花火が今はよく見えた。綺麗で、先程見たものよりも大きく見えた。
「よくクラスの奴らと来んだよ、ここ。俺ら以外はあんまり知らないし静かだし、よく見えるだろ」
「……うん、綺麗、だ」
「な?お前にも見せたくて。ごめんな走って」
少し見蕩れて、その後すぐに正気に戻った。
僕は突然手なんか繋いで走ってきたこいつに悪態をつくべく頭をしっかり覚醒させた。それですぐ横にいるこいつに向き直る。
「全く、一言くらい言えばよかったのに……あ」
そこまで言って手を繋いだままだったことに気がついた。
あ、なんて言った時にはもう遅くて、今更こいつの手の感触が嫌ってくらい伝わってきた。初めてこんな風に触った気がする、案外指は細くて、でもしっかりしてて、あったかくて……いや、そんなことを考えている場合じゃないだろ!
「ご、めん」
「いや、悪ぃな手なんか繋いで……」
「……別にいいよ」
「そか」
怒る気力も失せてしまって、夜空に咲く花火を見ていた。あいつも同じように空を見て、綺麗だな、なんて呟いていた。
「でもお前の方が綺麗だぜ」
「はっ……!?気味悪い冗談やめろよな」
「え~ノリ悪いな」
一瞬本気かと戸惑ってしまったのが恥ずかしい。
こんなの冗談に決まってるだろ、なに真に受けてんだよ、というか本当にこいつってバカで………
「な、来年も来ようぜ、ここ」
そいつは花火を見ながらそんなことを言った。
息を飲んだ。
せいぜい何週間か先の予定どころかこいつは僕との来年のことまで考えていた。……いや。そんなこと言ったって来年にはもう高校生だし会うこともきっと無くなる。どうせ軽い気持ちで言ったんだろう。そのくらい分かっていた。
でも、頭の隅で期待している自分がいた。
「いいけど、今度はあんまり散財しないでよね」
「わーってるって!」
そいつは僕の気持ちも知らずにこちらを見て笑う。
──あ、もう駄目かもしれない。
こいつの目に僕の少し赤い顔と、両方で色の違う目が映っていた。花火じゃなくて、今は僕だけを見ていた。僕も目の前のこいつだけを見ていた。
早鐘を打つ心臓、もう目をそらさないとこのままでは危ないと脳がサイレンを鳴らしていた。
でも言うことを聞かない体が、もう熱くて仕方がなかった。
僕は少し背伸びをして、そいつの頬に口付けた。
「……え」
「……あ」
しまった、と思った時にはもう遅かったようでそいつは目を丸くして僕を見ていた。
僕らの『次』が、消えていくのを感じた。